自分にしか書けない視点は、どうやって見つけるのか。小川哲さんの「物語のつくりかた」聞き手:志賀玲太さん
『地図と拳』で直木賞を受賞し、『君のクイズ』の映画化でも話題の小説家・小川哲さんを迎え、創作大賞2026の関連トークイベント「物語のつくりかた」を開催しました。聞き手は、創作大賞2025受賞者でQuizKnockライターの志賀玲太さんです。
イベントでは、①アイデアの着想法、②取材・構成の進め方、③執筆・表現の工夫 という3つのテーマを軸に、創作について幅広く語っていただきました。『君のクイズ』の創作プロセスを中心に、創作のヒントをお届けします。
題材選びは、自分だけの視点があるかどうか
志賀玲太さん(以下、志賀) 『君のクイズ』は、クイズ番組や競技クイズを題材にした作品ですよね。なぜクイズを題材に選んだのでしょうか?
小川哲さん(以下、小川) もともとは、スポーツに関する小説を書きたいと思っていました。ただ、スポーツのいちばん魅力的な部分って、なかなか小説で表現しにくいんですよね。
たとえば僕はサッカーが好きなのですが、すごいシュートが決まる瞬間の「映像」と、それを文字で説明した「文章」では、感動の差があまりにも大きい。文章だけでは映像の迫力に太刀打ちできないので、視点を変えてみる必要がありました。
そこで、「クイズをスポーツとして捉えたらどうか」と考えました。問題文や答えは文章なので、小説でも表現しやすい。クイズに注目した大きな理由の1つはそこですね。

志賀 作中では、クイズプレイヤーの思考が描写されていますよね?クイズの現場が、そのまま小説になっている印象がありました。
小川 文章の魅力は時間を止められる点です。実際の早押しクイズでは、プレイヤーがその瞬間になにを考えていたかまでは、表現しきれない。でも小説なら表現できるので、そこにも大きな可能性を感じました。
志賀 クイズを題材にした小説の前例はあまりないですよね。前例のない題材を扱うときは抵抗を感じたり、逆に「やってやるぞ」と思ったりするんですか?
小川 あまり気にしなかったですね。クイズを扱った創作がどれくらいあるのかも、そんなに調べていなくて。むしろ気にしていたのは、どれくらいのひとが読んでくれるかという需要の部分です。
前例があるかないかって、あった場合は需要があった証拠だし、ない場合は自分が最初に飛び込めるだけで。どちらでもOKなんです。
むしろ大事なのは、自分がどういった切り口や武器で作品と向き合うのか。今回の場合は、クイズをスポーツとしてみなすことが、僕のなかで「いける」と思うきっかけでした。
とはいえ、前例がない場合は、需要がなかったり、むずかしかったりと、気をつけたほうがいいサインであることも多い。だれもやっていない場合は、自分なりにその理由を考えたほうがいいかもしれません。

志賀 「いけそう」と思いながらも、結局小説にしなかったアイデアってあるんですか?
小川 題材にすると決めてから、没にしたことはあまりないです。そもそも僕の発想自体が、「小説にできそうだ」というものしかアイデアとみなしていない可能性があります。
志賀 小説に「できるもの」と「できないもの」の境界線は、どこにあるのでしょうか?
小川 自分だけの視点があるかどうかですね。小説にしろエッセイにしろ、おもしろいものは、そのひとならではの新しい視点があると思っています。
たとえば僕はサッカーに関しては、小説にしようと検討したことはないんです。戦術を語ってもだれかの受け売りになってしまい、そこに自分だけの視点が生まれないからです。
志賀 独自の視点でいうと、私が『君のクイズ』で驚いたのが、やはり「ゼロ文字正答」です。問題文が一文字も読まれていないのに正解するあの場面は、小川さんならではの視点だと思いました。
小川 これは、クイズに興味がないひとに最後まで読んでもらうために考えただけなんです。そのヒントになったのが僕の好きな麻雀でした。麻雀をやるひとの夢の1つに「天和(テンホー)」というものがあって。配られた時点でアガっている、めったに出ない役ですね。
志賀 出したらちょっと、その後の命が危ないとか言われているやつですよね(笑)。
小川 そうです(笑)。天文学的にありえない確率で、僕もずっと麻雀をやってきて一度も経験したことがありません。それで、クイズにおける天和ってなんだろう、と考えました。一文字押しの正解なら、たまにある。でもゼロ文字だったら、天和に近いんじゃないかなと思ったんです。

アウトプットすることで、自分の偏りに気づく
志賀 独自の視点って、なかなか自分では気づきにくいですが、どうやって自覚していますか?
小川 むずかしいですね。でも、noteやSNSでアウトプットすることは大事かなと。自分にとって当たり前なことも、書いてみると意外に「だれかにとっては新しい視点なんだ」と気づくことがあります。
僕は、小説を書くなかで自分の視点を掴んでいきました。なんの気なしに書いた文章でも、「おもしろい」と言ってもらえたり、感動してもらえたりします。大きなアウトプットでなくても、家族や友達との会話でもいいんです。たとえば、友達と映画の感想を話して、着眼点が全然違うことがある。そのようなかけらを大事に集めて、自分を理解することは結構大事かもしれません。
志賀 SNSを見ていると、映画の感想は人それぞれ違うはずなのに、なぜか同じところに寄っていく印象はありますよね。
小川 僕はそれを「岡田斗司夫現象」と呼んでいます(笑)。映画やアニメなどをYouTubeで評論されている岡田さんに取り上げられた作品は、世間の感想が岡田さんの解釈に寄っていく現象が起こるなと。
独自の視点でおもしろいことを言っている方の解釈には、どうしても惹きつけられるんですよ。勉強のために、いろんな方の感想に触れるのはいいことですが、発信や創作をしたい方ならば、自分の視点や解釈も大事にしたほうがいいと思います。

書く前に調べすぎない。書いてからわからないことを聞く
志賀 次にお聞きしたいのが、取材や構成の進め方についてです。小川さんのすごいところは、多岐にわたる世界を小説で書かれていること。『君のクイズ』はクイズ番組、『地図と拳』は満州、『ゲームの王国』はカンボジアと、作品ごとに舞台もまったく違いますよね。
『君のクイズ』の場合は、クイズ業界をそんなに知らないところからスタートしたと思いますが、どのようにリサーチを進めていったのでしょうか?
小川 幸いなことに、クイズは文献がめちゃくちゃ少なくて。
志賀 それって幸いなんですか(笑)?

小川 幸いです。どの文献を読むか選ばなくていいので、ほぼ全部読めるからです。まずは競技クイズ関連の本を読んで、基礎知識などをある程度知った状態で、baton(QuizKnockの運営会社)の田村(正資)さんと徳久(倫康)さんに、ふわっとお話を聞きに行きました。
僕は書く前にあまり調べすぎないようにしています。取材も資料を調べるのも、書いてからのほうがいい。内容が決まってないまま取材をしても、なにを聞けばいいかわからないんです。
志賀 わからないことを見つけるために、書いていくという感覚ですか?
小川 そうですね。書きながら進めると、取材でも具体的に聞けるようになります。「クイズプレイヤーだったら、ここでどうしますか」というふうに。調べるときも同じで、「クイズ番組」を漠然と探すより、「90年代にあったクイズ番組」と絞ったほうが、必要な情報にたどり着きやすいんです。
志賀 一方で初めて小説を書くとき、自分の身近なことを題材にする方も多いですよね?
小川 そういう方たちは、自分がよく知るコミュニティを、客観的に見る力があるんだと思います。それがむずかしい場合は、知らないものを調べてみてもいいかもしれません。
たとえば『君のクイズ』の取材でも、田村さんと徳久さんが当たり前に話していたことが、クイズを知らない僕からすると「それって相当変だぞ」とおもしろく感じる話がたくさんあるわけです。知らない題材のほうが、その仕事やコミュニティのおもしろさが生でわかる気がします。
志賀 小川さんの『言語化するための小説思考』を読んで印象的だったのが、会社を存続する話と小説家として存続する話を並べて書かれている点でした。「実はビジネスのことは全然知らなくて」と言っているのに、知らないはずの世界とも重ねて書かれていて、すごいなと思ったんです。
小川 ひとつのジャンルを深く考えた経験があると、そこで起きていることって、別のジャンルでも起きていると気づくんですよね。だから知らない世界を書きたいなら、知っている世界の深い部分まで考えてみる。
僕の場合は、小説で考えていることを、ほかのジャンルに勝手に応用しているんです。それが大きくずれていないから、作品として成立しているのだと思います。なにかを極めることが、いちばんの近道なのではないでしょうか。
とはいえ、わからないことを書くのが不安な場合は、一回書いてからくわしい方にチェックしてもらうのがおすすめです。まずは思い切って書いてみてください。

プロットを書かないのは偶然や奇跡を拾いたいから
志賀 もうひとつお聞きしたかったのが、プロットについてです。小川さんはプロットを書かないと聞いていて。リサーチに関しては、かなりされるほうだと思うのですが、プロットを書かずにどうやって書き進めていますか?
小川 チェックポイントのようなものは、頭のなかでイメージしています。でも実際に書きはじめると、自分が想定していたものとは違う道や可能性が出てくるんです。
志賀 書くと、予想していなかった道が見えてくると。
小川 そうです。書いているうちに最初に考えていたものよりも、どんどん飛距離が出てくる。それが創作のおもしろさだと思います。
プロットを書くひとは、設計図をつくったうえで、ちゃんと拾えるから書いているのだと思います。僕は自分のなかで生まれた発想を、プロットのせいで却下するのがいやなんです。書きはじめたことで起きた偶然や奇跡をどう活かせるか。そのなかで自分にしか書けない視点や文章をいかに出せるかのほうが、本質だと考えています。

書き出しは、初対面の相手と交わす一言目のようなもの
志賀 ここからは最後のテーマ「執筆や表現の工夫」についてお聞きしていきます。事前に視聴者の方からこんな質問が届いています。
「小川さんの作品は書き出しの文章がいつもお上手で、視点人物の内面や状況が直感的に伝わってきて、続きを読みたくなります。書き出しの文章を書くときに意識されていることはありますか」
小川 書き出しは初対面の相手としゃべる瞬間のような感覚なんですよね。そこで「つまんないな」と思われるか、「このひとの話をもう少し聞いてみようかな」と思われるかが決まる。
たとえばメールの書き出しの「いつもお世話になっております」って、「はいはいテンプレね」と読み流すじゃないですか。業務上のメールならそれでいいんです。でも、noteや小説でも、テンプレからはじまる文章だったら、もったいない。だって、読者はテンプレを読みたいわけではないですよね。
いつも意識しているのは、自分の文章を読んでくれるひとの多くは、僕のことを知らないということ。とくに冒頭では、僕を知らない方たちが、「このひとの話をもっと聞きたい」と思ってくれるかを、かなり基準にしています。
テクニカルな部分でいうと、いま多くの読者は「この電車の行き先が、自分の目的地と合っているか」を気にしています。だから書き出しで、どこに向かう文章なのかを伝えたほうがいいですね。
志賀 小説もSF、純文学、ミステリーと、それぞれに期待することがありますよね。
小川 そうですね。ミステリー小説を期待しているひとには、「こういう感じで殺人事件が起きます」「主人公は警察官です」と、ある程度序盤で示しておくほうが得なことが多いです。やはり、行き先が明確なほうが、最後まで読んでくれる確率が高くなると思います。
読者に気づかれないように情報を出す
志賀 続いてこのような質問が来ていますが、執筆面でなにか工夫できることはありますか?
「情報を詰め込みすぎだという感想をもらったことがあります。説明しすぎず、そのような状態を解消するために頭に置いていることはありますか」
小川 そもそもどんな小説でも、情報は詰まっているはずです。ただ「情報を詰め込みすぎ」という感想をもらうのは、読者に「情報を詰め込んでいる」とバレてしまっている状態なんですよね。
今度ベンチャー企業を扱った小説を出すのですが、ベンチャー企業には専門用語がたくさんあります。VC、スタートアップなど、専門用語は作中で説明しないと、知らないひとが読んだらわかりません。だからといって、最初に用語一覧をつくったり、主人公が用もないのに急に説明しはじめたりするのはよくない。
志賀 読者も「自分たちに説明されているぞ」と気づいてしまいますよね。
小川 はい。そういう場合、僕は冒頭で起業家志望の学生に授業をするシーンを書いて、必要な説明を入れます。警察もののミステリー小説でも、だいたい新人刑事が出てきて、その子に教えるように説明されますよね。でも、新人刑事が説明を受けるためだけに存在していると、「このキャラをつかって、私たちに説明をしているな」と思われてしまう。
だから、その新人キャラに特殊な設定やおもしろい性格、考え方を付与して、そのひとが作品に能動的に絡んでいく形にする。すると、キャラ紹介自体が、作品に必要な概念や用語の説明になります。みなさんぜひ、プロはどうやって情報をバレずに出しているのかという視点でも、小説を読んでみてください。いろんな手法をつかっているのがわかると思います。
小説を書くと、小説を読むことがたのしくなる
―― 最後にお二人から、創作大賞に応募する方々に向けて、メッセージをいただけますか?
志賀 私は今年本を出したばかりで、これからがんばろうと思っている最中です。それでも、自分で文章を書きはじめて広がった世界はすごく大きかったです。本になったり、今日のように貴重なお話をうかがったり、いろんな機会をいただいています。
創作大賞にはたくさんの部門があります。いま小説を書こうとしている方が、レシピやエッセイに挑戦してみてもいいんです。ぜひいろんな形でみなさんと一緒に創作をたのしめたらうれしいです。
小川 小説を書いている方は、デビューや、小説で生活できるようになることを目指す方も多いと思います。でもそういう目標以前に、小説って自分で書いてみると、小説を読むことそのものがたのしくなるんですよね。いままで気づかなかった小説家の細かい工夫などに目がいくようになるからです。
だから、軽い気持ちでまずは書いてみてほしいです。うまくいかなくても、小説を読むのが確実にうまくなります。みなさん、がんばってください。

▼イベントのくわしい内容が気になる方は、動画のアーカイブをご覧ください。
※敬称略
登壇者プロフィール
小川哲さん

小説家。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2023年に『地図と拳』で第168回直木三十五賞を、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞[長編および連作短編集部門]を受賞。近著に『言語化するための小説思考』など。2026年5月には『君のクイズ』の映画が公開。
志賀玲太さん

東京都出身、東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。クイズ王・伊沢拓司率いる東大発の知識集団「QuizKnock」に2017年6月より加入し、現在は同Webメディアの編集者、ライターとして活動中。他、エッセイや短歌を中心とした文筆活動や、メディア出演など。語ることと書くこと、素敵な洋服に囲まれていることが好きです。
note:https://note.com/shigareita
X:https://x.com/Petzvaled
創作大賞2026について
あらゆるジャンルの作品を対象にした、日本最大級の創作コンテストです。各部門には、34のメディアが選考に参加。大賞受賞作品には担当者がつき、雑誌・メディアへの掲載や、書籍化、連載化、映像化などを目指します。2026年7月8日(水)まで、noteもしくはTALESでエントリーが可能です。

応募受付期間:2026年4月8日(水) 11:00 〜 7月8日(水) 23:59
読者応援期間:2026年4月8日(水) 11:00 〜 7月31日(金) 23:59
中間発表:2026年9月上旬
最終結果発表 & 授賞式:2026年11月上旬
photo by 川本真優 text by 須賀原優希
