有賀薫さん×長谷川あかりさん対談。レシピがあふれる時代に「料理家の個性」はどう生まれるのか
数あるレシピのなかから、「作ってみたい」と心を動かされるもの。そのレシピには、料理家それぞれの「その人らしさ」が滲んでいるのかもしれません。かつて師弟関係にあった有賀薫さんと長谷川あかりさんをお迎えし、レシピを考えること、届けることについて縦横無尽に語っていただきました。
創作大賞2026の「#フード部門」で、レシピやフードエッセイの応募を考えている方にもヒントになる内容が詰まったイベントレポートです。ぜひご覧ください。
味以外の情報――色や香りの記憶もレシピの発想につながる
――長谷川さんが料理家を志したときにはじめてアシスタントについたのは、有賀さんだったそうですね。
長谷川さん(以下、長谷川) そうなんです。管理栄養士の資格を取るために大学へ通っていたころ、有賀先生がSNSでアシスタントを募集されているのを見て応募しました。
有賀さん(以下、有賀) たくさんの方と面談しましたが、長谷川さんは最初からエネルギーがすごかった。すぐに「この方にお願いしよう!」と思いましたね。

――そんなおふたりは、日頃からどのようにレシピを考えているのでしょうか。
有賀 仕事でレシピを考えるときは、基本的に先にお題をいただくんです。「夏野菜をつかって、15分で作れるレシピを20品お願いします」とか。ある程度「枠」が決まったなかで発想していくことが多いですね。
そこから媒体の読者層にあわせて、読者の方々がつかいそうな食材などを組み合わせていきます。たとえば料理好きな方たちが読む雑誌だったら、スパイスやハーブをつかう。料理以外のことに関心のある読者が多いファッション誌だったら、基本調味料で整える。そのような流れで考えていくことが多いですが、長谷川さんはどうですか?
長谷川 私も同じです。お仕事のご依頼をいただく時点で届け先、つまりペルソナが雑誌の読者になるので年齢やライフスタイルなども見えてくるんです。そこからはほぼ大喜利みたいな感じで、ハマるものを探していく感じですよね(笑)。意外とシステマチックなんですよ。
有賀 では、ある雑誌からお題がきました、となったらどういう順番で考えてますか?レシピとか書き出しますか?
長谷川 私は、先にメニュー名を書きますね。食材、調理法、テイスト、その料理がもたらすよろこびまで含めたプレゼン資料のようなものを作ってレシピを考えていく。方向性が決まったら、あとは料理していくしかないみたいな。
有賀 わかります、私も作り方としては全く同じですね。やっぱり媒体ごとに伝えたいポイントがあるので。「パンチの効いたものがいい」「背徳感の味がほしい」とか。そのポイントを、どう尖らせていくかを考えていきます。
それにしても長谷川さんはハーブやスパイスなど、食材のつかい方に個性がありますよね。事前にいただいた長谷川さんへの質問のなかにも、「食材や調味料の組み合わせが個性的ですよね。インスピレーションの源はどこにあるんですか?」というものがあるのですが、ご自身ではどう考えていますか?
長谷川 最近、自分は味を味だけで捉えていない可能性があると思っていて。色や香り、切り方による食感といった味以外の情報を、頭のなかで抽象化して記憶しておく。そうして集めたたくさんのカケラを、必要なときに取り出して、組み合わせながら新しいレシピにしていく感覚があるなと。
有賀 みなさん、これをセンスと呼びます……!でも長谷川さんって本当に勉強家。ジャンルを問わずよく食べて、よく見てる。一流レストランからコンビニのお菓子まで、分け隔てなく口にしているのも特徴的です。その積み重ねが、レシピにつながってるんだと思います。

ハンバーグ=家庭料理?小さな違和感から生まれた大人気レシピ
有賀 さまざまな情報や記憶を組み合わせて生まれたレシピでいうと、もう1万回ぐらい聞かれていると思いますが(笑)、酒蒸しハンバーグの話は外せないですよね。
ずっと出張に行っていた夫がやっと帰ってきたので、バター酒蒸しハンバーグをつくりました。フライパンひとつ、ヘラで混ぜるだけだから、包丁も手も使わずに20分で完成します。酒蒸しにした汁をそのままソースにするのもポイント。牛乳をたっぷり入れると、ふっくらとして美味しいんです。 pic.twitter.com/40y94vZvHv
— 長谷川あかり (@akari_hasegawa) January 13, 2023
※SNSを中心に大きな反響を呼んだ「酒蒸しハンバーグ」のレシピ投稿(閲覧数は2.9億回を超えている)
長谷川 これはもう何回も話しすぎて、落語みたいにスラスラと話せますよ(笑)。
当時は、1冊目の本を出したあとで、2冊目の本の表紙になるキャッチーなレシピが必要だった背景があって。そこでインパクトがあって、馴染みのあるメニューとしてハンバーグを作ろうと思ったんです。というのも、以前から「あんなに手間がかかるハンバーグが、当たり前のように家庭料理のジャンルに入っている」ことがずっと引っかかっていて……(笑)。
私はそもそも、家庭料理とされているものに多少不満があったから料理家を目指した人間なんです。最初から「やりたいこと」と「やりたくないこと」が比較的はっきりしていた。ハンバーグのレシピを作るときにもその2点を整理して、今回は「ソースは作らない」と決めました。ただ試作してみたところ、食べた夫が「ハンバーグの定義ってなんだと思う?」と聞いてきたんです。やはりソース的なものがないとハンバーグではないのでは、と。それでソースの代わりになるものを考えたときに、NYのステーキハウスでの「肉汁をソースのようにつかう」というアイデアを思い出しました。そこに酒蒸しという要素を足してできたのが、酒蒸しハンバーグです。
有賀 私、このエピソード大好き(笑)。でもその料理らしさがなんなのかを考えるのってすごく大切で、想像していたものと実際の料理にギャップがあると、受け手はがっかりしてしまう気がします。
長谷川 とくにSNSでは「期待値コントロール」が大事ですよね。どれだけおいしくても、言葉から受ける期待感とできあがったものがズレると、受け入れてもらえない。レシピそのものだけじゃなく、その期待値まで考えることが重要かもしれないですね。
バズるためにがんばりすぎない。自分から自然に出てくるものを届けたい
――おふたりはさまざまな媒体でレシピを発信されていますが、発信するうえで意識していることはありますか。
有賀 発信スタイルは、媒体によって変えています。note、X、Instagram、それぞれ届く相手が少しずつ違うので、文章も同じにはしていなかったかなと。長谷川さんはどうですか?
長谷川 私も、媒体ごとに意図的に「出すもの」「出さないもの」は決めています。
ただレシピにおいては、結局は自分の内側から出てくるものだから、届けたい相手を考えても、最後は「自分」に向かってくる気がしているんです。
人気者になりたいとか、マーケットが大きいからという理由で作っても、自分の思想や生き方とズレていると、どこかで無理が出る。ナチュラルに自分のなかから出てくるものを、誠実に伝えること。それが一番大事だと思っています。
有賀 意外と「この人は誠実か」「ちゃんと(発信を)続けているか」というところも見られている気がします。だから私は、バズることを目指さなくていいと思っていて。100%の力でがんばるより、60%くらいの力で続けられるものを優先したほうがよいなと。

長谷川 そういった姿勢も含めて、有賀先生のレシピって、「媒体」として機能していますよね。おいしい料理が生まれて終わりではなく、人の生活や気持ちを動かし、新しい創作にも派生していく力がある。レシピがあふれる時代だからこそ、人の心に残るような消費されない発信じゃないと、続けるのがしんどくなる気がします。
最近ダウ90000の蓮見翔さんのポッドキャストにゲストで呼んでいただいたことで、「レシピは流行ってるけど、料理は流行ってない」という言葉にたどりついたんですけど、これが自分のなかですごく腑に落ちて。
有賀 本当にその通り。料理する人がふえている印象はないのに、ネット上の料理コンテンツはどんどんふえていますよね。
長谷川 だから発信する側は、その現実を忘れちゃいけない。「料理って最高!」だけでも届かないし、逆に料理しない側に寄り添いすぎても料理は流行らない。そのバランスはすごく考えています。
――同じような危機感をお持ちの方から「食に興味がない方に食のたのしさを知ってもらうには、なにが必要だと思いますか」という質問も届いています。
有賀 その「食に興味がない」というのがどの層を指しているのかにもよると思っていて。以前、料理との関わり方を「料理が好きで作る人」「好きだけど作れていない人」「好きじゃないけど作っている人」「好きじゃないし作らない人」の4タイプにマトリックスで整理してみたことがあるんです。基本的に料理本って、「好きで作る人」に向けて作られてきたものなんですよね。
でも置き去りになりやすいのが、料理は好きなのに仕事で作れない人や、好きじゃないけど家族のために作らなきゃいけない人。そういう人たちにこそ、レシピを届けたい。だからまずは、どの層に向けて発信するのかを絞っていく。それによって、届け方や考え方も変わってくるんじゃないかなと思います。
長谷川 本当にその通りで。不特定多数に届けようとすると、結局だれも救えなくなってしまうんですよね。私の場合は「作りたいけど作れない」と「作りたくないけど作らなきゃいけない」の両方を自分のなかに抱えていたので、レシピもその2つの層にいる方向けになることが多いかなと。
ただそのつもりがなくても、目に触れる場所に出す以上、いろいろな方に届きます。だからこそ、なるべく強い言葉はつかわず、丁寧に伝える気持ちで届けることも意識しています。
その人らしさは、「やらないこと」を決めていくことで見えてくる
有賀 あと届け方でいうと、同じレシピでも食材の切り方や火加減は人それぞれで、全く同じ料理にはならないですよね。それが料理のおもしろさでもあるけれど、自分自身のレシピは「だれが作っても、ある程度はおいしくなる」くらいの広い着地点にしています。ほかにもまとめられる作業はまとめたり、洗い物が少なくなる手順にしたりなど、作る人の動線も考えるように心がけていますね。

長谷川 有賀先生のレシピって、こういう細かな気遣いの集合体がぎっしり詰まって「有賀先生らしさ」がすごく出ていますよね。だって私、作者の名前を見なくてもレシピを見ただけで「これは有賀先生だ」ってわかるんですよ。
結局はその人らしさって、人としての一貫性から生まれるもの。「やりたいこと」と「やらないこと」を決めていく作業というか。実は「やりたいこと」以上に、「やらないこと」を決めるほうが大事で、「やらないこと」が明確になると、どんなレシピでも自然と自分らしさが尖ってくる気がしています。だから私も、料理家を目指すとき、まずは自分を理解することからはじめました。
有賀 大谷選手が高校時代に書いたという、目標を細分化していくマンダラチャートもやってたよね。でもその「らしさ」って、意外と意識してないところから滲み出るものなのかも。とことん考えたら、あとは自然体でやるくらいが、ちょうどいいのかなって思いますね。
「野菜を茹でるだけ」でもいい。料理家として大切にしていること
――より中長期的な視点でのお話もお聞きしたいと思います。料理家として、お仕事をたのしく続けていくために意識されていることはありますか?
有賀 料理家って個人戦より、チーム戦のほうがいいんじゃないかなと。バズることに引っ張られて、自分の表現ではない発信をしている方も多い気がしていて。本当はもっとみんなが「自分らしさ」を出したらおもしろくなるはずなのに、レシピもどれも似て見えてしまうことがある。なんとかバズって目立たないと生き残れない、という考えに縛られないためにも、同じ思想を持つ料理家たちが協力しあって知恵を出しあいながら、続けていけたらと思っています。
長谷川 やっぱり人からインストールした価値観だったり、だれかのアイデアを追いかけて作ったりしたものは、意外とそれが伝わってしまいますよね。
だから長く続けるためにも、先ほどもあったように自分の内側から出てくるものを、誠実に届けていくことが大事。だれかになにか言われてもあまり気にしすぎず、のんびりやるくらいが健康的なんじゃないかと思います。

有賀 ほかにもいただいた質問のなかに「人を動かすことが苦手で、SNSからのイベントなどの集客が苦手です。どうしたらそのぎこちなさを消せますか?」というものもありますね。
私たちのように、顔や名前を出して発信することだけが正解じゃないとも思うんです。人前で話したり表現したりするのが苦手でも、料理がその人の表現方法になって、すばらしい料理ができることも絶対ある。教室でも、小さなコミュニティでもいい。自分にあったコミュニケーションの仕方で、無理なく続けられることが大事なんじゃないでしょうか。
長谷川 もし私がいまから新しく料理の発信をはじめるのであれば、「レシピソムリエ」をやりたいかも。だって適切なレシピって、人によって違うじゃないですか。
有賀 それは私もすごくやりたい。
この前、文学フリマに行ったときに思ったんですけど、いまって「読む人」より「作る人」のほうが多い時代かもしれないなって。レシピも同じで、発信したい人はふえている。でも、「私を見て!」という発信より、悩みを聞いてくれる人や、ちゃんと受信してくれる人のほうがいまの時代は求められている気がします。
「この料理家さんが好きなら、この人も好きそう」みたいにね。情報を整理して橋渡しする役割って、これから必要になりそうですよね。
――「仕事に追われていると、自炊ができない自分を嫌になってしまうことも。少しでも自分を好きでいられる方法はありますか?」という質問も届いています。
有賀 私たちにもあるよね(笑)。でも本当はなにかができないことと、自分を嫌いになることは別々にしておいたほうがいいんですよね。できるから自分が好き、ではなくて、できない自分でも好きでいられたらいい。でも、それってなかなかむずかしいですよね。
長谷川 私も、理由がないと自分を好きでいられないタイプだから、この気持ちすごくわかります。そういうときに、私がよくやるのは野菜や卵をただ自分好みに「茹でる」ということ。料理ってしんどいときもあるけど、「茹でる」くらいならなんとかできるなと。
自分のために食材に火を通すって、すごく尊い行為じゃないですか。しかも仕事と違ってすぐ結果が返ってくる。自分がほしかったものを、自分の手で生み出して、自分自身を満たしてあげられたという感覚って、ちょっとだけ自分を好きでいる理由につながる気がします。
有賀 あと私は自己肯定感って、なにかができたから上がるだけじゃないと思うんです。自分の本当に好きなものを食べたり、ふかふかの布団で寝たり。生活のなかで「生きてていいんだよ」って、自分に言ってあげることがすごく大事なんじゃないかな。
――本日はありがとうございました。

▼イベントのくわしい内容が気になる方は、動画のアーカイブをご覧ください。
登壇者プロフィール
有賀薫さん

スープ作家
東京生まれ。現代の暮らしに寄り添ったスープのレシピを中心に、キッチン、道具など、食のスタイルを各種メディアで発信中。日本各地の汁物を訪ねる「スープ旅」も定期的に行っている。著書に、レシピ本大賞入賞作の『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)はじめ、『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など多数。最新刊は『スープが作れたら、自炊は半分できたようなもの』(オレンジページ)。
note:https://note.com/kaorun/
X:https://x.com/kaorun6
Instagram:https://www.instagram.com/arigakaoru/
YouTube:https://www.youtube.com/@kaorun6/videos
長谷川あかりさん

料理家・管理栄養士
10歳からタレント・俳優として活動。その後、大学で栄養学を学び、管理栄養士の資格を取得。「なんでもない日を幸せにする、シンプルで豊かなごはん」をテーマにレシピを発信中。忙しい人でも“つい作りたくなる”、明日への活力を養うレシピがSNSなどで多くの人の注目を集める。
著書に『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA)、『わたしが整う、ご自愛ごはん』(集英社)、『時間が足りない私たちの新定番「私、天才かも!」レシピ』 (講談社の実用BOOK)など多数。
最新刊『長谷川あかりの「あたらしい」きほんの料理』(オレンジページ)
X:https://x.com/akari_hasegawa
創作大賞2026について
あらゆるジャンルの作品を対象にした、日本最大級の創作コンテストです。各部門には、34のメディアが選考に参加。大賞受賞作品には担当者がつき、雑誌・メディアへの掲載や、書籍化、連載化、映像化などを目指します。2026年7月8日(水)まで、noteもしくはTALESでエントリーが可能です。
「#フード部門」においては、レシピとフードエッセイ、どちらの応募も可能です。くわしくは、下記のスケジュールや特設サイトをご覧ください。
創作大賞のスケジュール

応募受付期間:2026年4月8日(水) 11:00 〜 7月8日(水) 23:59
読者応援期間:2026年4月8日(水) 11:00 〜 7月31日(金) 23:59
中間発表:2026年9月上旬
最終結果発表 & 授賞式:2026年11月上旬
text by 風間夏実 photo by 平野太一
