さまざまな読書会に行ってみた感想&読書ってコスパ良くないですか?[2025/02-03]
わくわくすること、興味を持てること、好きなことで攻めてみようと、本や読書にまつわる交流を色々とやっている、ここのところ。
2月と3月で計4つの読書会というものに参加してみた(そのうちひとつは前に記事にした恋愛目的読書会)。全て場所も主催もバラバラで、参加人数も一番少ないもので6人、一番多いので20人ぐらいの参加者がいた。
読書会のやり方もそれぞれ異なっている。
前に記事にした恋愛目的読書会は、「自分に似た登場人物が出てくる本を紹介する」だったけれど、いわゆる普通の読書会とはどんなものだろうか。
これから参加を考えている方の参考にもなれば良いなと思い、紹介してみる。
ケース1 その場で要約、何が書いてあるかを掴む読書会
それぞれ持ち寄った本を時間を決めて読み、1人ずつその場で要約を発表する。もちろん1冊読み切れる時間は与えられない。各々自分の持ってきた本を読んで、順番に要約を発表して1周したら、自分以外の人が持ってきた本を各々が読んで、また要約を発表する。
これは、仕事帰りに行ったのだが、1日フル稼働した後に結構難しい本と2冊格闘したので頭が疲れてしまい、終わったら早々に退散した。さながら、実践的な国語の授業と言ったところか。小説には向かないスタイルだと思うが、新書やブルーバックスで読みにくいものがある人には良さそうだ。本の趣旨が捉えられればOKという考え方のため、目次みたり、あとがき読んだり、パラパラっと読んで内容を掴んでいく。それを別の人もやってくれるので、また別の視点が入る面白さがあった。
読みにくい本大歓迎ということで、普段自分でも読み切れない哲学系の岩波文庫(メルカリで欲しい本を買ったらセットでついてきた。)を持って行った。その結果、要約をするために必死にその場で読むというなかなかプレッシャーのかかる状況に追い込まれた。
他の人が持って来ていた本たちもなかなか曲者揃いだったが、1冊とても良い本との出会いがあった。新刊の新書だったが、タイトルと内容が全く違っていた。中身はとっても私好みの話だったにも関わらず、タイトルが全くそそられない(というか、全く書いている本の中身と違う)ため、書店の店頭に並んでいたとしても、自分では手に取ることはなかったであろう。
ケース2 自由に紹介、複数人の視点で質問を投げかける読書会
それぞれ持ち寄った本の概要や推しポイントなどを自由に発表し、周りから質問を投げかけて、色んな視点の捉え方を模索する。質問する視点の方向性が人によって違うので、発見がある。全体の参加人数も多かったため、1テーブル5~6人で行う。
かなり来ている人の幅が年齢層も性別もバラエティに富んでいて、私が最近ひしひしと感じている「実は読書家はアクティブで好奇心旺盛な人が多い説」が実証されているような場だった。結構リピート参加されている方も多かった。
丁度就活中の大学生の子がいて、私でも少しアドバイスできそうなことがあったので良かった。(本人は自分の進路に不安を抱えているようだったけれど、その段階でそういう視点で探した本を紹介し、その場でも何かを得ようと行動している姿は、十分意識高い子だな~全然大丈夫だよ~と思った。)
ファシリテーターという役目があって、大概は常連さんの方がしてくださっていた。その人のタイムキープ力や仕切る力量も試されるなと感じた。
ケース3 アウトプットを目的とした読書会
こちらは、そのまま本の内容をアウトプットすることに特化した読書会。読んだ人が学んだこと、他の人に伝えたいことをアウトプットする場なので、必ずしも本の中身が分かる形式ではないが、気づきは多かった気がする。ここは勉強好きとか向上心高めな人が多かったかな。
ケース4 今後参加しようと思っている読書会
・事前にその日のお題が提示されていて、それに関する本を持って行き、紹介&ディスカッションするような読書会。
・事前に同じ本が課題本として提示されて、同じ本を読んだ人同士で語り合う読書会。
まだまだバリエーションがありそうだが、また体験できたら、追記なりしてみようと思う。
ここまでの読書会で、私は毎度全て違う本を持って行った。一応それぞれの読書会が求めているニーズを満たすのに適しているかどうかで考えたつもり。ケース1は岩波文庫、ケース2は紀行文エッセイ、ケース3は自己啓発本。恋愛目的読書会は小説だった。
人に紹介しようと思うと、自分も頑張って本に取り組む。今でも満足が行くレベルで読書の時間を捻出できている訳ではないが、日常的に読書している、というぐらいには読めているので、若干達成感があって嬉しい。シェア型書店の棚主を始めた効果もあり、棚に並べたい本、人に伝えたい本をもっと見つけたいという気持ちにもなって来た。元々何冊も並行して読む方だが、今は常に5冊ぐらい読みかけがあって、その時の気分でどの本を開くか決めて読んでいるので、ストレスが無い。
唯一困ったことは、読書会に行く度に読みたい本リストが膨らんでいくことは免れず、次に読む本、開く本はいつも選り取り見取り状態だ。(笑)
なんて豊かなんだろう!
このように本には投資を惜しまない方だけれど、得られるものを考えると、読書って物凄くコスパの良い趣味・習慣だと思う。この間計算してみたのだけれど、例えば大きめの本棚1本には大体300冊収納できる。そこにぎっしり入る数の本の単価が1,500円だとしたら、本を入手するのにかかる費用は45万円だ。
実際に体験することでしか得られない学びの場は沢山あり、セミナー等を決して否定する気はない。(むしろそういう自己投資はする方。)、例えとしては微妙だけれど、300冊分の内容を45万円で身につけることができたら、めちゃくちゃコスパ良いと思うのだ。
そんな日々を過ごしていると、久しぶりに紙の国語辞典が欲しいなと思って、一昨日、少しぶりに大きめの書店に行った。
ついでに、文庫コーナーを吟味していた。
その中で、シュリーマンの「古代への情熱」が何だか気になって、読みたくなって買おうか迷って買わなかったのだが、その後、実家に帰って本棚を整理がてら見ていたら、全く同じ本があった・・・。
保管場所を考えると、恐らく大学生ぐらいのときに買ったんだと思うのだが、10数年経って同じ本に手が伸びている自分に笑ってしまった。
忘れて2冊同じ本を買ってしまうというのは、本を買う人ならあるあるだとも思うが、好みとか興味とか根底にあるものって変わらないのだろうか・・・。
確かに、小さいころ、エジプトとか考古学とか(ミイラとか)に憧れてロマンを感じているときがあった。シュリーマンを手に取ったのは、その延長だと思う。
自分が移動中に本を読むことを意識し始めたからなのか、電車の中で本を読んでいる人が目につくようになった。少し前は、スマホ触っている人ばっかりだなーと思っていたのに。
それとも、本当にデジタルデトックスでせめて移動中は紙の本に触れようと考える人が増えているのだろうか。
書店はどんどん無くなり、紙の本も危機が叫ばれる昨今だけれど、ここnoteも含めて、読書を愛する人がまだまだ沢山いらっしゃるということが純粋に嬉しい。
私は多分、何か変わりたい!と潜在的に追い求めているときに、インプット欲が高まるのだけれど、ここ1年は波なくずーっとインプット欲が高いので、読めるときに読んでおきたい。
