「過飽和社会2 燃やされた御殿」(9)これは現代におけるピカレスクロマンであり、ハードボイルド小説である。
第9話 波紋
投稿から三日。
俺は何もしていない。ただ、観ていた。
SNSの反応、まとめサイトの動き、動画のミラー投稿。
それらがじわじわと都市の皮膚をひび割らせる様子を、静かに観察していた。
まず反応したのは、炎上を専門に扱う匿名のまとめアカウントだった。
「ヤバすぎる動画が来た」と、動画の一部キャプチャとともに投稿。
制服、顔、炎。
「これ、演出じゃないよね?」
「マジのやつだ……」
「死んでる……よな、これ」
SNSは一気に騒がしくなった。
タグは並列に増殖していった。
#ブルーシートの王
#河川敷殺人
#制服で火をつけた少年たち
#スマホの遺言
そして、やがて“特定班”が動き始めた。
制服の校章、コンビニのレジ台、回転寿司の皿の配色、ピザ店のロゴ――
断片的な情報が、継ぎ目のないパズルのように繋がっていく。
「この学校、俺の近くだ」
「この制服、〇〇高校。間違いない」
「この寿司チェーン、昨日ニュースで謝罪してたぞ」
企業が動き出したのは、投稿から72時間後だった。
「当社の制服が映像に映っていた件につきまして」
「現在、関係各所と事実関係を確認中です」
「誠に遺憾に思います」
「誠に遺憾」――何度も見た言葉。
でもそれは、炎を消す水にはならなかった。
ニュースサイトにも載った。
「焼かれたホームレス」「高校生の暴走か」「自動投稿の衝撃」
匿名のまま語られる“投稿主”に、メディアは怯えていた。
「これは誰が投稿したのか?」
「なぜ、警察は動かないのか?」
「なぜ、この事件は今まで報道されてこなかったのか?」
報道は、明言を避けた。
だが、街はもう黙っていなかった。
◆
そして――
高校の校門に、花束が置かれはじめた。
「ごめんなさい」
「あなたの声、届きました」
その意味を、ほとんどの生徒はわかっていなかった。
でも、一部は理解していた。
「動画の中の声」を知っていた。
炎の中で消えた「ありがとね」の意味を、感じていた。
やがて、3人の名前がネット上に流れた。
未成年だという盾は、匿名の連鎖の前ではもう機能しなかった。
佐伯涼太、宮下純、日比野優翔。
3人の家庭、学校、バイト先。
保護者の声明、学校の釈明、店舗の謝罪。
すべてが、「投稿された記録」に追いかけられていた。
俺は、観ていた。
まるで映画のエンドロールのように、
社会がゆっくりと“罪”を呑み込んでいく様子を。
◆
夜。
久しぶりにサイクリングロードに出た。
御殿の跡地には、今も焦げた地面が残っていた。
誰かが置いたのか、小さな缶コーヒーが一本、ベンチの脇にあった。
俺は何も言わなかった。
ただ、それを見て、頭を下げた。
声にはしなかったが、心の中で言った。
記録を通じて世界に届いたこと。
それだけで、もう十分だった。
