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【プロローグ】75歳で“もう一度生きる”と決めた──私がいま言葉を綴る理由


2025年1月28日、私はテレビのニュースで、衝撃的な映像を目にしました。
左折してきたトラックが、突然陥没した道路に飲み込まれてしまったのです。

運転していたのは、私と同じ74歳の男性でした。

その翌日、私は75歳の誕生日を迎えました。
あの運転手の方は、74歳のまま、この世を去りました。
私は、たまたま生き延びた──そんな感覚に囚われながら、この一年の幕を開けたのです。

「生きる」ということを、あらためて考えるようになりました。
75歳という年齢は、世間では“終盤”とか“余生”といった言葉で語られがちです。

でも私は、いまこそ“もう一度生きる”と決めました。

このnoteのタイトルを『75歳から生きる』としたのも、その思いからです。
これは記録であると同時に、私自身の“再始動の軌跡”でもあります。
もしかしたら、これが一冊の本になるかもしれません。あるいは、途中で人生を終えるかもしれない。

それでも、いまこの瞬間から「生きることを綴る」──その選択が、私にとって大切なのです。

私は1950年生まれ。
60歳で車を手放し、歩き始め、やがて自転車に乗るようになり、スポーツクラブに通いはじめました。

いまでは毎週4日、歩行プールでアクアエクササイズを続けて、15年になります。この身体の習慣が、自分を支えてくれました。

でも、心にもまた、言葉という運動が必要なのかもしれない──そう感じるようになりました。

私はかつて雑誌編集長として編集の現場に立ち、何冊かの著書も出してきました。けれど2011年、東日本大震災を目の当たりにして以来、長いこと創作への意欲を失っていました。

あのとき感じた無力さや虚しさは、いまも私の内側に残っています。

それでも、今こうして再び「書く」ことを選ぼうと思えた。
それは、この歳になってようやく、「言葉の重み」を引き受ける覚悟が持てたからかもしれません。

私に何が語れるのかは、まだわかりません。
けれど、このnoteという場所に、日々の小さな気づきや、身体と心のこと、そしてこれからの人生への思いを綴っていこうと思います。

同じように“これから”を生きる誰かに、そっと寄り添えたら──それだけで、じゅうぶんです。

このnoteでは、『75歳から生きる』私の習慣、思考、回復の歩みを綴っていきます。きっとどこかで、読んでくださるあなたの歩みと交差する瞬間があると信じて。

マガジン「75歳から生きる」