かわいいは、つくれる!_第9話
第9話:ミニスカとトークンとカジノ
「文化祭まで、あと七日。各クラスの出し物を、今日中に決めて提出してください」
朝のHR。担任の柏木先生が、やや面倒そうな口調でそう言うと、クラス中がざわめいた。
「また出たよ、この時期恒例の混沌タイム……」 「去年の『たこ焼き迷路』よりマシなら何でもいい……」 「っていうか姫に決めてもらえばよくね?」
軽口が飛び交う中、クラスの視線は自然と一人の人物に集まる。
霧島智華――
中性的な美貌、整った制服の着こなし、そして誰よりも明るく堂々とした振る舞いで“姫”と呼ばれる存在。
「……あれ? ボクが決める感じになってる?」
智華は、笑顔を浮かべつつも、どこか含みのある視線で後方を振り返る。
その視線の先、ドアのそばの窓際席。そこにいるのは、直哉。
「俺に振られてもな……」
視線を受けた直哉は、苦笑しながら肩をすくめる。
だが、智華の隣の席から、もうひとつの声が響いた。
「霧島さん、どうせなら少し面白い提案をしても?」
静かな口調。だがその声には、品と圧がある。
――木町妃華。
名門・白楊女学院の代表にして、格闘センスとゲームセンスを併せ持つ“お嬢様系ファイター”。
「おもしろいって……たとえば?」
智華が小首をかしげる。
妃華は一拍おいてから、胸元のタブレットを取り出した。
「――“カジノ風遊技場”。
ただし、リアルタイムDEX(分散型取引所)とAIによる動線分析、トークン流通を利用した、実践型エンタメよ」
ざわっ。
教室内の空気が一気に変わる。
「な、なに言ってんのこの人……」「トークン? DEX? 仮想通貨の話?」「映画の中の話じゃねぇの?」
騒がしくなるクラスをよそに、妃華は淡々とプレゼンを続けた。
「使用するのはSolidityとOpenAI APIを組み合わせた学内限定システム。“CJトークン”を発行し、ゲームごとにレートを設定。来場者はプレイに応じて報酬やレア演出を得られる……そういう仕組みよ」
「ちょ、ちょっと待って。文化祭ってそんなにガチなイベントだったっけ!?」
直哉がついに悲鳴をあげた。
「……面白いね、それ」
けれど、智華の反応は違った。唇の端をゆっくりと吊り上げて、ワクワクがにじみ出るような声でそう言った。
「AIでカジノを制御して、トークン経済を構築して……ボクたちだけの遊技場を作る、ってこと?」
「ええ。もちろん、装飾・衣装も含めて、世界観は完璧に統一するつもり」
「そっか。じゃあ、やるしかないね」
智華は勢いよく立ち上がり、黒板に向かってマーカーを走らせる。
【文化祭出し物:AI×DEX×暗号資産カジノ】
「ボクたちのブース名は――《カジノ・ソラリス》。太陽の名を持つ、光の遊技場。どう?」
「……決まりだな」
直哉はため息をつきつつも、心のどこかで楽しさを感じていた。
クラスの空気は熱を帯び、拍手と歓声が広がっていく。
「先生、今のって……大丈夫なんですか?」
放課後、直哉は職員室で柏木先生にそう尋ねた。
「ああ……まぁ、普通の高校なら却下だろうけどな。うちは“実験校”って位置づけだから、一定の枠を守れば生徒の企画は尊重する方針だ」
「でも、暗号資産ってさすがに……」
「ちゃんと内部で完結して、換金性がなければ“模擬通貨”として扱える。
そして何より――君が霧島と木町に巻き込まれたときの顔が、実にいい顔してた」
「え……?」
「青春って、無茶に乗っかることから始まるんだよ。応援してるぞ」
柏木はそれだけ言うと、湯気の立つコーヒーをすする。
直哉は思わず笑ってしまった。
確かに、智華と妃華の並んだ姿には、何か巻き込まれたくなる引力がある。
気づけば手伝う気満々になっている自分に、苦笑しつつも――
(……よし、やるか)
心の中でひとつ、決意のピースがはまった。
夜、智華からグループチャットに大量の仕様案が送られてくる。
DEX設計、ガチャ演出、AI接客モデル、衣装アイデア、さらにはカジノ用BGMの選定まで。
「これ、……一週間でできるのか?」
直哉は頭を抱えるが、画面の端で笑う智華のアイコンを見て、ふっと笑ってしまう。
“今のボクらなら、できる気がするでしょ?”
チャットに添えられたその一言に、自然と頷いていた。
文化祭まで、あと五日。
「ちょっと、妃華ちゃん。ここのアルゴリズム、演出制御と被ってるよ?」
「そうじゃなくて、“被せてる”のよ。客層データに基づく心理的誘導のシミュレーションで、あえて重複させてるの」
放課後の教室には、電子音とタイピング音、そして“ふたりの姫”の議論が響いていた。
智華は、自作したSolidityコードをノートパソコン上に展開。妃華は、その隣でAIベースの演出制御システムをブラッシュアップしていた。
直哉はといえば、手元のモバイル端末で各ゲームブースの配置やワークフローを確認していたが――
「……高校の文化祭って、こんなに高度だったっけ?」
こめかみを押さえながら、思わず小声で呟いた。
それもそのはずだ。
彼らが今やろうとしているのは、ただの“遊技場”ではない。
**カジトークン(CJ)**と名付けられたERC-20トークンを中核に、各ゲームでの支払いや報酬を管理し、ブロックチェーン上で透明性と不正防止を担保。
さらに妃華が開発したAIが、プレイヤーの行動履歴や視線、ボディランゲージを元に、最適な演出や音響をリアルタイム生成――
そう、それはまるで**現代の“バベルの塔”**を高校の一教室で再現するようなものだった。
「できた! チュートリアルUIの分岐完成!」
智華が声を上げると、妃華も満足げに頷く。
「よし、では次は仮想通貨ウォレットの接続検証。直哉くん、スマホ貸して」
「え、あ、はい」
手渡したスマホを操作する妃華の指が、信じられない速度で踊る。
「ふふ、しっかりローカル限定にしてあるから安心してね。個人情報も漏れないし、NFTは“萌え”仕様にしておいたわ」
「萌え仕様……?」
「ええ。ガチャで出てくるキャラは全部、ボクと妃華ちゃんをモデルにしたミニキャラなの。描いたのは、うちの姉だけど♪」
智華が悪戯っぽく笑う。
「それ……生徒会にバレたら怒られないか?」
「大丈夫、“自主制作”って書いてあるもん」
まったく悪びれる様子もない智華に、直哉はもう何も言えなかった。
しかしこの時点で、すでに予想を超える“波紋”が広がり始めていた。
「……おい、聞いたか? 2年B組、トークンで遊技場やるらしいぞ」
「え、それマジ? じゃあうちも、なんか仮想通貨っぽいの作らね?」
情報は瞬く間に他クラスに伝播し、**“トークン模倣ムーブメント”**が始まる。
3年A組では「王道屋台Token」、1年C組では「たこやCoin」、2年D組では「ラブレターNFT」なる交換システムまで構築され――
校内は一気にDEXカオスの様相を呈した。
さらに、火に油を注いだのは――
「よぉ、姫の友達。お前んとこ、トークンやってんだってな」
突然現れたのは、学校でも有名な不良グループのリーダー格。モヒカン頭に金チェーン。名前は――
「虎鉄(こてつ)っス。で、相談なんスけど……」
彼らは“自分たちでも何かやりたい”と申し出てきた。
最初は直哉も警戒していたが、智華は案外あっさりと了承した。
「いいよ? その代わり、ちゃんと学べば、だけど」
数時間後。体育館裏の空き教室。
「えーっと、Solidityの基本構文は……はい、ここ試験出ます」
「姫、マジで優しい……ってか教え方ガチすぎる」
不良たちはボヤきながらも、真剣にノートを取っていた。
そして誕生したのが――
ナオヤコイン
男気Token
筋肉ガチャNFT
など、やたら男臭い仮想通貨群である。
「これでオレらも、立派な経済人ってヤツっスね!」
虎鉄が胸を張ると、智華はクスリと笑う。
「でしょ? 暴力より、経済の方が、ずっと強いからね」
数日後には、校内の掲示板に“為替レート”が張り出され、各トークンの価値を比較する生徒たちでごった返すようになった。
誰かがつぶやいた。
「……ここ、ほんとに高校だよな?」
まさに、文化祭前にして**“経済戦争”**の火蓋が切られたのだった――。
「……で、こっちが“ディーラー仕様A”、こっちが“バニー風B”。どっちが好み?」
放課後の教室。黒板には市場グラフの残滓がまだ残るというのに、前方の机にずらりと並んだのは、ミニスカート中心の衣装パネルだった。煌びやかで、華やかで、そしてどれも“目に毒”なほどの完成度。
「なにこれ……ゲームショウのブースコンパニオンですか?」
直哉がぽつりと呟くと、妃華が笑う。
「その通り。AIと暗号資産で遊ぶ場にふさわしい“演出”が必要でしょ? つまり“衣装”も戦略の一部よ」
さも当然と言わんばかりに説明する彼女の横で、智華はといえば――
「……ちょ、待って。ボクがこれ着るの?」
眉間に皺を寄せつつ、胸元の開いたバニースーツに視線を落とす。その目には明らかに戸惑いと羞恥が浮かんでいた。
「いや無理無理無理! ボク、一応男子だしっ!」
「だからこそ価値があるのよ」
妃華はサラリと返した。
「女子が着る可愛さより、男子が着て可愛い“ギャップ”の方が、はるかに経済効果があるのよ。“裏切りの魅力”、ってやつね」
「経済効果って何の話……!?」
直哉はツッコミを挟みたくなるのを堪えながら、そっと視線を逸らす。が、その先にあったのは、鏡の前で試着用の制服風ミニスカを手に持っている智華の姿だった。
「……はあ、仕方ないなぁ。どうせ誰かが着せるなら、自分で選んだ方がマシか」
智華がぽつりと呟き、脱衣カーテンの裏へと消えていく。その背中を見送る空気が、何故か妙に緊張感を帯びていた。
数分後。
カーテンの向こうから、かすかな足音と衣擦れの音が聞こえる。
「……見ないでね?」
そう前置きしてから、そろりと現れた智華の姿に――
「っ……!」
直哉は思わず、息を呑んだ。
――そこにいたのは、まぎれもない“美少女”だった。
白と黒のシンプルな制服風デザイン。ミニスカートの下から伸びるすらりとした脚。
ふわりと揺れるピンクの髪と、頬をわずかに染めた表情。
どこをどう見ても「男の娘」とは思えない完成度。
「……似合ってる、よな?」
気まずそうに視線を泳がせながら呟く智華。
直哉は言葉を探すように唇を動かし、そして正直に、言った。
「……マジで、似合ってる」
沈黙。
一瞬、時が止まったように思えた。
そして――
「ふふっ、やっぱり」
割って入ったのは、妃華の楽しげな声だった。
「ナオヤくん、素直でよろしい。男の娘でも女の子でも、“可愛い”って、それだけで最強なのよ?」
「……う、うるせぇよ」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向く直哉に、智華も照れ笑いを浮かべる。
「まぁ……喜んでもらえたなら、いいけどさ」
頬をかく姿は、完全に“普通の女の子”だった。
数時間後。衣装合わせと調整が一段落し、教室にはふたりきり。
智華は衣装をたたみながら、ふと呟いた。
「……ねぇ、ナオヤくん。ボクって、さ。見た目ばっかり派手だけど、本当はこういうの、苦手なんだよ」
「え?」
「ほら、カッコよく戦ったり、経済語ったり、ミニスカ着たり……そういうのって、ほんとは全部“努力”で作ってるもので」
しばらく黙った後、智華は静かに続けた。
「だから、ナオヤくんが“似合ってる”って言ってくれたの、すごく……救われた」
その言葉に、直哉の胸が不思議と締め付けられる。
「――俺、もうとっくに君に救われてるけどな」
ふいにこぼれた本音に、智華が一瞬、目を見開いた。
「……そっか」
そしてふわりと笑い、頬を赤く染めながらこう言った。
「じゃあ、ボクも救ってあげるね。文化祭、本気出すよ?」
その瞳は、まるで光を宿したように輝いていた。
そしてその夜。
文化祭準備の進捗報告が学内掲示板に張り出され、「2年B組:AI×DEX×カジノ×ミニスカ」なる謎の文字列が一躍話題となる。
噂は瞬く間に学内を駆け巡り、生徒たちの期待は頂点へと達しつつあった。
直哉はその盛り上がりを見つめながら、ポツリと呟いた。
「……ほんとにやるんだな、俺たち」
不安もある。でも、それ以上に――
「楽しみだな、文化祭」
その目は、確かに前を向いていた。
文化祭前日。
放課後の教室は、もはや「準備」などという生ぬるい言葉では表現できないほど、熱を帯びていた。
「AI、ルート最適化完了。来場者の導線は3パターンに分岐させて誘導。混雑率20%未満で調整済み」
妃華がタブレットを見つめながら、さらりと告げる。
「演出照明、フェードイン3秒、ボリューム制御反応時間0.7秒、BGMトラック切替完了」
智華がPC前でマウスをクリック。モニターには仮想カジノの見取り図と、AIによる来客シュミレーションのCGアバターが流れていた。
「……お前ら、どこの企業研修受けてきたんだよ」
直哉は半ば呆れながら、ケーブルを手に教室隅のLANハブと格闘している。
「まぁ、楽しいから、いいけどさ……」
そして、教室の空気がガラリと変わるのは、それから数十分後のことだった。
「じゃあ、実際に接客テスト、始めようか?」
妃華が優雅に立ち上がると、智華もそれに続くように、衣装の上からジャケットを脱ぎ、姿勢を正した。
――その瞬間。
「「っ……!?」」
準備作業をしていた男子たち数人が、声もなくフリーズした。
目の前に現れたのは、まさに“現実離れした風景”。
智華は、光沢のある黒のベストに白いシャツ、金の装飾が控えめに施されたウェルカムホスト風の制服。ミニスカートの裾からはスラリと伸びた脚、ふわりとしたピンクの髪にはシルクのリボン。
一方の妃華は、真紅のベストとタイトミニ、左腕にカードディーラーのバンドを巻き、まるで映画の世界から出てきたような完成度を誇っていた。
「こ、これは……やべぇ、マジで店だ……」
「姫がホストで、お嬢がディーラーって……これ夢か?」
「なにあの画面のレート変動、ほんとに仮想通貨使えるん?」
感嘆とも動揺ともつかぬ声が教室中に溢れ始めた。その主は、先行来店組として招待された、近隣クラスの不良たちだった。
直哉は、教室の隅に設けられた制御ブースで、モニターを見つめる。生徒たちの行動パターン、通貨利用の頻度、トラブル兆候の検出――すべてがAIと連携しているが、最後の砦は人間の判断。
(……どんなシステムでも、最終的に守るのは“誰か”なんだよな)
数日前、自分の手で竹刀を振り抜いたあの瞬間が、ふと頭をよぎる。
「ナオヤくーん」
呼び声とともに、智華が手を振っている。小さなトレイを手に、くすくす笑いながら近づいてくる。
「コーヒー、いる?」
「……接客モードって、そういうのも含まれるのかよ」
「もちろん。“おもてなし”は経済の基本だもん」
にっこりと笑う彼女に、直哉は素直にカップを受け取る。そこには、ラテアートで描かれた小さなハートの泡。
「……やっぱすげぇな、お前」
ぽつりと本音が漏れる。智華は、まんざらでもなさそうに微笑んだ。
「すげぇのは、ナオヤくんもでしょ。ずっと裏方でトラブル潰してくれてるの、知ってるからね」
不良のひとりが勝手に交換レートをイジろうとしたとき、即座に警告を表示させて追い返したのも直哉だ。
「ナオヤセキュリティ、信頼度SSランクだよ」
「……恥ずかしいからそういう言い方やめろ」
「ふふっ、ごめん。でも頼りにしてるよ」
その言葉に、また少しだけ胸が熱くなる。
時間は流れ、カジノ風ブース内は常にざわめきと熱気に包まれていた。
巨大モニターには、レートの動きと各ゲームブースの混雑状況が表示され、まるで本物の取引所のような緊張感すら漂っている。
妃華は、テーブルゲームのディーラーとして完璧なカードさばきを披露し、生徒たちの歓声をさらっていた。
「レイズ。あなた、度胸はあるけど、読みが甘いわ」
「ひ、ひぇええええ!」
「回収。次の方、どうぞ」
冷静沈着な所作でチップを回収するその姿は、まさに“お嬢”と呼ばれるにふさわしい迫力だった。
一方で智華は、ルーレットやくじ引きなど、カジュアルなゲームエリアで来客と笑顔を交わし続けている。
「当たったら……ボクから特製の“応援券”あげちゃうね!」
「マジで!? 姫の応援券って、いくらの価値あるんだよ!?」
「ナオヤくんに見せたら、何かいいことあるかもね~」
冗談を言いながら、智華はチップを渡し、盛り上がる生徒たちを笑顔で見送っていく。
その後ろ姿を、直哉は制御ブースからそっと見つめていた。
(……なんか、みんなの前に立ってる智華って、いつもより遠く感じるな)
でも、思い出す。
――「だったら俺が甘えさせる」
あの時の言葉。病室で交わした、約束。
(どれだけ華やかに見えても。誰より強く見えても――支えてあげたいって気持ちに、変わりはない)
そう胸の内で呟いたとき。
「直哉」
不意に、妃華が隣に立っていた。
「お疲れ様。想像以上の反響ね。……でも、まだこれは“序章”よ」
「序章?」
「本番で、誰が一番輝くか。“可愛い”も“強さ”も、見せつけるのはこれから」
妃華の視線の先には、華やかに笑う智華の姿があった。
「私ね――あの子に負けっぱなしって、嫌なの」
その瞳は、確かに戦いの炎を宿していた。
その夜。
校内SNSには、「2-Bのブースがすごすぎる」「まるで異世界のカジノ」「姫とお嬢のダブル接客に夢見た」などの投稿が並び始める。
文化祭本番を前にして、最初の“経済バトル”の火蓋はすでに切られていた。
翌朝、HR開始前の教室は、早くも活気に満ちていた。
「昨日の来場者データ、見てみなよ! これ、他のクラス合わせてもトップなんじゃない?」
「チップ換算で6000CJ以上……物販の仕入れも、全部CJでいけそうだって!」
CJ――通称「カジトークン」。智華と妃華が文化祭用に発行した仮想通貨が、想定を遥かに超える勢いで学園内に浸透していた。
それはもはや、**一つの“経済圏”**を作り出していた。
「購買部で売ってたペットボトルも、CJで取引できるようになったらしいよ」
「あと、放送部のチケット抽選も“CJ優先枠”になったって聞いた」
通貨が通貨を呼び、利便性が口コミで広まり――気がつけば、現金よりもCJが使われる機会の方が多くなっていた。
「……これは、やりすぎかもしれないな」
教室の隅で、直哉はモニター越しにトランザクションの増加を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
――それは、生徒たちだけの話ではなかった。
「おい、2年B組の担任呼んでこい」
「話が違うだろ。“カジノ風”って聞いてたのに、実質“仮想通貨企業”じゃないか!」
職員室に怒号が飛び交い始めたのは、昼前のこと。
問題視されたのは以下の3点だった。
他クラスの購買・展示物にもCJが使われるようになり、文化祭全体のバランスが崩れ始めたこと。
外部来場者(OBや父兄)にまでCJが流通し、一部保護者から苦情が入ったこと。
実際の金銭が絡む“通貨”とみなされかねない点で、学校のガイドラインと衝突したこと。
そして、2年B組に緊急召集がかかる。
職員室に向かったのは、智華・妃華・直哉の三人。
「正直に言いますと、このままでは“カジトークン”の使用を制限せざるを得ません」
教頭の声は冷静だったが、その背後には明確な“危機感”があった。
「文化祭とは“教育的行事”です。健全な校内活動の範囲でなければ、意味がありません」
智華が口を開く。顔は笑っていたが、瞳はまっすぐだった。
「教頭先生、教育って、“教えて、育てる”って書きますよね。でも、育つためには“経験”が要ると思うんです」
「机の上で“貨幣の流通”を学ぶより、実際に“通貨を生み出して運用する”体験の方が、何倍も価値があるって、ボクは思います」
「それに――」
と、そこに割って入るように妃華が続けた。
「これは単なる遊びではありません。今の社会では、AIもブロックチェーンも“常識”です。私たちは、それを“可視化”しただけ」
「むしろ、“未来の学園祭”のモデルケースとして評価されるべきだと思います」
教頭は深いため息をついた。
「……主張はわかりました。しかし、“学校”という枠組みの中で、やっていいことと悪いことの線引きはあります」
教室内に、緊張が走った。
――このままだと、システムが止められる。
――文化祭の主役になりかけたプロジェクトが、すべて“没”になる。
「……だったら」
その沈黙を破ったのは、直哉だった。
「だったら、“面白さ”と“越えちゃいけない線”の両立を目指せばいいと思います」
「……どういうことかしら?」
妃華が振り返る。
「簡単な話です。俺たちは、稼いだ“利益”を全部自分たちのものにしようとしてた。だから問題になったんです」
「でも、ちゃんと“文化祭”の運営にも貢献するって姿勢を示せば……それって、“教育的意義”になるんじゃないですか?」
智華の目が大きく見開かれる。
「たとえば、“CJ”で得た利益の一部を、文化祭全体の備品費や共通設備に還元するとか。そうすれば、“通貨”じゃなくて、“文化祭内寄付チケット”みたいな扱いにできると思うんです」
「なるほど……」と頷いたのは、教頭だった。
「つまり、トークン経済の中に、“社会貢献”の概念を組み込むということですね」
「はい。その方が“現実の経済”にも、近いんじゃないですか?」
静まり返る会議室に、微かな“理解”の空気が流れた。
妃華が口元を押さえて、にやりと笑う。
「……まさか、ナオヤくんの口からそんな言葉が出るとは思わなかったわ。ちょっと、惚れそう」
「や、やめろよ……冗談でもそういうの」
その後、いくつかの条件を取り決めた上で、「CJトークン」の利用は継続可能となった。
利益の30%は文化祭運営委員会に還元。
クラス内外の通貨使用には制限を設け、換金レートも固定。
最終日に収支報告を行い、教育的意義を共有する。
「――つまり、“好き勝手”はできなくなったけど、“堂々と”楽しめるようになった、ってことだな」
教室に戻った直哉が言うと、智華は満面の笑みでサムズアップを返す。
「うん! ボクらの“経済戦争”、これで正々堂々、開戦ってわけだ!」
その夜、学内SNSには、新たな投稿が並ぶ。
《2-B、CJ使用継続決定!トークンは正義!》《姫とお嬢が経済を動かす日》《ナオヤ、意外とやる男》
――そして、文化祭は次のステージへと突入する。
陽が傾き始めた頃、2年B組の教室はすでに「完成」の空気に包まれていた。
文化祭前日。校内ではまだ多くのクラスがパネルの設営や機材の調整に追われるなか、この一室だけは静かで、整然としていた。
「……完璧、ね」
妃華が腕を組み、教室全体を見渡す。高級感を演出する赤黒のカーペット。リアルタイムでチャートが動く大型モニター。トークン利用を視覚的に案内するタブレット群。
端末には「現在のCJレート」「出玉ランキング」「注目ブース」などが整理され、AIの音声アシスタントが時折穏やかに話しかけてくる。
これが、高校の文化祭とは――誰が信じるだろう。
「本当に、全部動いてるのがすげぇよな……」
直哉は手元のタブレットで最終チェックを行いながら、息を吐いた。
「監査ログも通ったし、サーバー負荷も分散してる。……このシステム、普通に商用レベルだよ」
「でしょ?」と智華が得意げに笑う。
「ボクたち、技術だけじゃなくて“体験”を作ったんだ。だから人が動く。トークンも回る」
その横顔は、昨日までの“男の娘”という印象を少し超えていた。
可愛さと知性、熱意と遊び心。その全部を備えた表情。
「CJトークンが、学園内経済に本気で影響与えるなんて思わなかったけどな」
直哉が苦笑気味に続ける。「不良たちまで自分の屋台で『お釣りはCJで』って言い出したときは、もうカオスだと思った」
「混乱の中に秩序を見出すのが、私たちの仕事でしょう?」
妃華は揺らぎない声で言う。「あなたの助言――“線を越えない”というあれ、功を奏したと思うわ」
それは昨日、教師陣からの“指導”を受けた直後のことだった。
「お前たちのやってることは、文化祭の主旨から逸脱してるんじゃないか?」
真顔の教員と、生徒会の真面目代表。
だが、智華は怯まなかった。
「でも先生、“学び”って実践のなかにこそあるんですよ。お金ってなに?価値ってなに?体験する方がずっとわかる」
妃華も続けた。
「私たちは模倣じゃなく、創造をしたいだけ。それが経済の原点でもあるわ」
張り詰めた空気の中――直哉は一歩前に出て言った。
「じゃあ、ルールを作りましょう。“学園のためになる仕組み”にしようって。利益の一部は学年運営費に回して、説明責任も果たす。どうですか?」
しばしの沈黙の後、教師は「……なら、やってみろ」と静かに告げた。
「……ナオヤくんの一言がなかったら、ボクたち、暴走してたかも」
智華がそう言うと、妃華もわずかに頷いた。
「正直、私は勝ち筋しか見えてなかった。でも、“線を引く”っていう選択肢に価値があると、あなたが教えてくれた」
「はは……そんな大したことじゃないって」
直哉が目をそらすと、智華がくすっと笑った。
「でもさ、あたし的には、それが一番かっこいいよ?」
「……うん」
静かに、そして確かに交差する視線。
そのまま3人は、教室の前に設置されたパネルを見上げた。
煌々と照らされるタイトル。
《ようこそ、カジノ・ソラリスへ》
“カジノ”という言葉に反して、教室内にはギャンブルの陰はなかった。
そこにあったのは、創造と好奇心と、青春の混ざった最先端。
ミニスカ姿で並ぶ智華と妃華。カードを片手に、ルーレットの横で笑う2人。
「ねぇ、ナオヤくん」
智華がふと、真顔で尋ねる。
「明日、もしお客さんで来てくれるなら……最初のコイン、ボクからあげるよ。特別枠で」
「は?なにそれ。ずるくない?」
妃華が冗談めいて抗議するが、どこか微笑ましい。
「え、じゃあどっちに賭けようかな。姫か、お嬢か……」
冗談のようで、でも心のどこかで本気な選択肢。
そして、夜の帳が降りる。
祭りの本番は、すぐそこまで来ていた。
