かわいいは、つくれる!_第2話
第2話:姫、俺に惚れる
朝の光が差し込むキッチンで、湯気の立つ味噌汁を前にしながら、俺は箸を持ったまま止まっていた。
「……地雷、踏んだなぁ」
ぽつりと呟いた言葉に、母親が新聞をめくる手を止める。
「え? なに? 学校、早くも爆破でもされた?」
「そういう意味じゃないよ……いや、ある意味、精神的には爆破されたかもだけど……」
母は「また中二病か」とでも言いたげな顔をしながら、味噌汁のおかわりをしていた。
昨日の出来事が、まだ頭の中で反響している。
“暁陽高校の姫”と呼ばれている存在、霧島智華。
まるで少女漫画のヒロインのような容姿と雰囲気を纏った彼は――れっきとした男子だった。
ふわふわのピンク色のウェーブヘア。
細い手首。柔らかそうな声。仕草は上品で、どこを取っても“女の子らしい”。
けれど彼は、あの購買前で、不良どもを黙らせた。
俺の“男子像”を粉々に壊してくれた存在。
そして、間違いなく“昨日の俺”にとって、衝撃だった存在。
いや――惚れかけた存在。
靴を履いて家を出る。
駅へ向かう道。少し早足になる自分を、どこかで客観視していた。
まさか、今日も来てるなんてことないよな……と、思った矢先。
「ナオヤくん、おはよーっ!」
いた。
今日もまた、完璧に“風景の中に浮かび上がる”存在感。
朝の光を受けて、ふわふわと髪が揺れていた。
制服のスカートじゃなくて、当然ながらスラックスを履いてる。
けど、それ以外はどう見ても女の子の風貌なのに、そこに“違和感がない”のが不思議だった。
「……お、おはよう」
「今日はちょっとだけ早めに来てみたんだ。ナオヤくん、ちゃんと家出てくるか不安だったし」
「なにその不信感……」
「だって、昨日あんな顔して帰ってったから」
「……どんな顔だったよ」
「“恋に落ちる五秒前”みたいな顔」
思わず足が止まった。
「いや、落ちてないから。落ちてねぇから!」
「ふふふ、わかってるって。まだね」
「“まだ”ってなんだよ、“まだ”って!」
からかわれてる。完全に遊ばれてる。けど、悪い気はしていない。
それが余計に腹立たしいというか、悔しいというか、――でも、確かに、ちょっと楽しいというか。
自分の感情がどっちを向いてるのか、わからなくなりそうになる。
学校に着いても、昨日とは空気が少し違っていた。
廊下で俺たちを見かけた不良たちが、少しだけ距離を取る。
まるで、“姫の隣にいる男”には簡単に手を出しちゃいけない、みたいな空気ができてるように思えた。
それが心地よくもあり、怖くもあった。
教室に入ると、智華は当然のように隣の席に座った。
そして、当たり前のように机を引き寄せてくる。
その距離感は、昨日よりもさらに“近い”。
「ねぇねぇ、ナオヤくんってさ、女の子と喋るの苦手でしょ?」
「……急に何言ってんの?」
「反応がまさにそれって感じだよね。ぎこちなくて、目を逸らして、言葉が追いついてない」
図星すぎて、何も返せなかった。
「そういうとこ、かわいいなって思う」
「いや、やめて。男に“かわいい”って言われるの、まだ慣れてないから」
「“まだ”なんだ?」
「違う! そうじゃない!」
顔が熱い。隣の視線が気になる。
でも、それよりもっと気になるのは――
智華の声のトーンと、表情と、距離感。
それらがすべて、“自然”なんだ。
あざとくない。媚びてもない。計算してる感じもない。
けど、意識しないほうが無理ってくらい、“ドキッとさせる”。
「……ナオヤくん」
「な、なんだよ」
「ボク、惚れたかも」
「――ッ!!」
突然の宣言に、心臓が喉まで跳ね上がった。
「じょ、冗談だよな!? なぁ!?」
「ふふっ、どうだろ。ボク、冗談と本気の境目、よくわかんなくなるタイプなんだよね」
「わかれよ! そこ一番大事なとこだろ!!」
「でも、ナオヤくんの“戸惑い顔”見るの、わりと好きかも」
「この……悪魔……!」
思わず机に額をぶつけた俺の隣で、智華は楽しそうに笑っていた。
くそ……こいつ、わかってやってるな。
完全にペースを握られてる。
でも、なぜだろう。
心のどこかで――“これが続いたら、面白いかも”って思ってる自分がいた。
わかってる。俺は、もう。
この“姫”の一挙手一投足に、振り回される未来を、うすうす察してる。
けど――嫌じゃない。
たぶん俺は、この人に出会って、何かを崩された。
そして今日も、それが少しずつ――“楽しい”に変わっていく。そんな予感がした。
放課後。
下校チャイムが鳴ると同時に、智華が俺の袖をつまんだ。
「ねぇ、ちょっと寄り道しない?」
「……いや、今日も? 俺、もう一回心臓止まる気がするんだけど」
「ふふ、じゃあ二回止まって生きてたら、不死身認定だね」
「冗談になってねえ!」
笑いながら引っ張られるまま、俺は制服のまま校門を出た。
周囲の不良連中がチラ見してくるけど、智華がいると誰も何も言わない。
そう――この人、ほんとに“この学校のてっぺん”なんだ。
それが日常の空気の中で、だんだん実感に変わってきてる。
歩いて10分ほど、智華に連れられてたどり着いたのは、駅前のビルの一角にある小さなカフェだった。
木目調の看板とドライフラワーが吊るされた外観が、おしゃれで落ち着いていて、俺にはちょっと場違い感すらある。
「え、こんなとこ来るの?」
「ボク、けっこう常連なんだよね。制服のままだと店員さんが微笑むの」
「そりゃ、こんな外見で来られたら笑顔にもなるわ……」
呟いた俺の言葉に、智華がクスクスと笑う。
「その言い方、ちょっと嬉しいかも」
軽く手を引かれて、二人がけのソファ席に通された。
店内には数組の客がいたけど、俺たちが座った途端、いくつかの視線がこちらに集中したのがわかる。
たぶん、智華の“ビジュアル”のせいだ。
俺は隣の席の女子大生風の2人組からの視線が気になって、そわそわとメニューを開いた。
「ナオヤくんって、目が泳ぎやすいよね」
「……気にすんなってほうが無理だろ……」
「じゃあ、もっと堂々としてれば? “かわいい男子とカフェに来るのが日常”って顔してさ」
「無理だわ!」
「ふふふ、まぁ今日が初回だしね」
メニューを閉じた智華が、急に真面目な表情になる。
「ねぇ、ナオヤくん。ボクのどこが“女子っぽい”と思った?」
その問いに、言葉が詰まる。
「どこ、って……全部?」
「全部、って?」
「髪とか、声とか、肌とか……その、動きとか。表情も、なんか……柔らかいし」
俺の答えに、智華は「うんうん」と頷きながら笑う。
「正解。全部、ボクが“作った”やつだから」
「……作った?」
「うん。“かわいく見えるにはどうすればいいか”って、ちゃんと考えて、試して、練習して、選んできたの。髪の巻き方も、シャンプーも、発声も、表情筋の動かし方も」
淡々と語るその姿に、俺は少しだけ目を見張った。
冗談でも飾りでもなく、本気の“努力”の匂いがしたからだ。
「ボク、小さい頃はただの男の子だったよ。むしろ、無口で、女の子にもビビってばかりだった」
「……マジかよ。想像できねえ……」
「でしょ? でもね、あるとき気づいたんだ。“かわいいって、作れるんじゃないか”って」
「……」
「それからかな。お姉ちゃんたちとか、家族にも影響受けて、“自分のなりたい自分”をつくるって、めちゃくちゃ楽しいんだって思った」
智華は、ストローでアイスティーをくるくる回しながら、カップの中を覗いていた。
「男だから、とか、女だから、とか――そういうの、全部いらない。
“自分をどう見せたいか”が一番大事だと思ってる」
そう言って、ふいに視線を俺に向けた。
その目は、真っ直ぐだった。
「だからね。ナオヤくんがボクを“女の子だと思った”のって、ボクの勝ちだなって思った」
「勝ちって……お前な……」
俺は頭を掻きながら、笑うしかなかった。
「でもさ。……ほんとに、性別とかって、関係ないのか?」
「うん、関係ない。大事なのは、“どうなりたいか”でしょ?」
智華の声は、優しくて、でも芯があって。
さっきまでの茶化す感じとはまったく違っていた。
それが、逆に俺の心に刺さった。
「……なんか、すげぇな。お前」
「ん?」
「俺はずっと“モテたい”ばっかで、“どうなりたいか”なんて、ちゃんと考えたことなかったかも」
「ふふ。それ、第一歩じゃん」
そう言って、智華はふいに、口元を手で覆ってニヤリと笑った。
「ねぇ、ナオヤくん。いま、ボクのこと“かっこいい”って思ったでしょ?」
「……えっ」
ドキッとした。まじで、図星すぎて。
言葉が出なかった俺に、智華がいたずらっぽく続ける。
「つまり、それって――“恋の予感”?」
「ち、ちげーし!!」
「照れた~♪」
「照れてねぇ!! というか、全部お前のペースじゃねーか!!」
「うん、それはもう、仕様だから」
得意げに言い切る智華に、俺はとうとう笑いながら頭を抱えた。
本当に、すごいやつだと思う。
“かわいい”の裏に、これだけの意志と努力と、自己表現が詰まってるなんて。
俺は――昨日まで、完全にナメてた。
見た目に騙されて、“ただの美形男子”とか思ってた。
でも。
この人は、自分の“かわいさ”を戦略に変えて、生きてる。
俺が憧れた“モテるやつ”とは、まったく別の――本物だった。
「ねぇ、ナオヤくん」
智華が、カップの縁を指でなぞりながら言った。
「次、ウチ来てみる?」
「……え?」
「ちょうど姉ちゃんたちも全員そろってるし。ナオヤくんに、紹介したいなって思って」
「いや、ちょ、待て! 心の準備ってもんが……!」
「大丈夫大丈夫。ナオヤくんなら気に入られるって」
「それが一番怖えんだってば!」
笑いながら、俺たちは席を立った。
扉の向こうには、春の夕方の空気が流れていた。
「じゃーん、ここがボクの家!」
夕焼けが街をオレンジに染める頃、智華に連れられてたどり着いたのは、閑静な住宅街の奥に建つ――一見、普通の一軒家だった。
でも、俺の目にはどこか“異質”に映った。
塀の上には忍者映画でしか見ないような瓦の意匠があり、門の木製表札には「霧島家」と、まるで道場のような筆文字。
庭先に並ぶ植木が、どれも手入れが行き届きすぎていて、“生活感”より“気配遮断”を優先しているようにすら感じる。
「なぁ……これ、ほんとに“家”か?」
「うん、ボクが育った家。たぶん、直哉くんの想像より“ちょっとだけ特濃”かも」
智華はケロッと笑いながら、インターホンも押さずに門を開けた。
「ただいまー!」
玄関の引き戸が音を立てて開く。
その直後、まず最初に出てきたのは――メガネをかけた、長身の女性だった。
腰まである黒髪をまとめて、スーツにも白衣にも見えるようなグレーのシャツワンピ。
表情は硬く、目元にクマ、手にはタブレットと数式びっしりのノート。
「……遅い。夕方の5時47分。指定された時刻から37分遅延。想定外要因:男子連れ」
「ただいま、姉さん。こちら、ナオヤくん。転校生で、昨日助けた子」
「ふむ。つまり、本命の新規サンプルと判断してよろしいか?」
「違う!!」
俺の叫びに、彼女はピクリともせず、小さく頷いた。
「山本直哉。年齢17。身長180センチ。顔つき整ってる。将来的には受けでも攻めでも可。……いい素材だ」
「なに!? いま、何の評価が行われた!?」
「紹介するね、長女の凛花(りんか)。大学院生で数学の博士課程。ちなみに、BLは研究対象でもあるよ」
「研究対象に俺を巻き込まないでくれ……!」
凛花さんは俺の混乱を意にも介さず、俺の肩幅を計測するようにチラチラ見ながら奥へ引っ込んでいった。
「この家、やっぱ何かおかしいって……」
「まだ玄関だからね?」
智華に笑われながら、俺は靴を脱いでリビングへ。
中に入ると、まず目に飛び込んできたのは――床に腕立て伏せの姿勢で固定された女だった。
「ちょっと姉さん、リビングで筋トレしないでって言ったでしょ!」
「ん? だって今日、体育館使えなかったし。ついでに妹の恋路を見届けるつもりだったんだけど?」
彼女は、日焼けした健康的な肌にスポーツブラ、短パン姿。
汗が光る腕と引き締まった腹筋を持ち上げ、軽く跳ねるように立ち上がる。
「初めまして、直哉くん。あたし、次女の翔(かける)。バレー部の主将してる。ちなみに、女の恋人がいるけど、弟の恋も全力応援するから!」
「いや、だから違うってば!!」
「ほんとぉ? 弟って意外と乙女系に弱いからなぁ〜?」
「お前は何をどこまで見抜いてんだよ!?」
翔さんはさっさとタオルで汗を拭きながら、「ナイス体格。育て甲斐あるわ」と、さっきの姉とはまた別の意味で怖いことを言ってきた。
完全にペースを乱されている。いや、もう波に飲まれてる。
智華の家族、みんなこんな感じなのか――。
「まぁまぁ、気にしないで。母もいるから紹介するね」
智華に導かれてキッチンへ向かうと、そこにいたのは――
白い割烹着、腰に手裏剣ポーチを装備した美人だった。
「おかえり、智華。お客様? じゃあ“忍法・焼き手裏剣の術”を出すわね」
そう言って、オーブンから取り出したのは――手裏剣の形をしたクッキーだった。
香ばしい甘い匂いと、明らかに“手裏剣を模した鋭角”。どっちにリアクションすべきかわからない。
「えーっと……これは……?」
「うちの母、“現代忍者”なの。主に防犯・諜報・家庭教育担当」
「どんな家庭教育だよ!? それ本気で言ってんの!?」
「お茶どうぞ。隠し味に集中力向上のハーブを混ぜてあるわ。効くわよ」
「怖っ!! 優しさの裏に諜報技術入ってるのやめて!!」
そして、極めつけは――リビングの隅。
ノートパソコンを3台同時に操作しながら、静かにカチャカチャと打鍵している男性。
「……BTCペア、逆張り指値……OK。DEX側は自動化継続。ん、智華か?」
「うん、ただいま。父さん、こっち直哉くん」
父親は眼鏡をずらしてこちらを見て、穏やかに微笑んだ。
「お、噂の“未来の共犯者”か。よろしく」
「だから! なんの共犯だよっ!!」
「ふふ、すまんすまん。暗号資産とブロックチェーンで自由に生きるには、少し変わった発想が必要でね。智華にも教えてるんだ」
父親は、仮想通貨系のエンジニア。なるほど、智華の“変さ”に理論的裏付けがあった。
リビングの中央に戻ると、智華がソファに座ってこちらを見ていた。
「ね、直哉くん。どうだった? うちの家族」
「……なんていうか、**全員が“主役級”**って感じ。まともな奴がいねえ……」
「ボクは、そんな家で育って、こうなった」
智華がソファの肘掛けに腕を乗せて、笑う。
「全員、自分のやりたいこと貫いてる。
それがボクの誇りだし、ボクも“自分らしく”生きてたいって思う理由なんだ」
その言葉には、ふざけたトーンが一切なかった。
まっすぐで、誇らしげで――少しだけ、羨ましいと思った。
「……なるほどな。すげえわ、お前」
「でしょ?」
智華が笑ったその瞬間――リビングの照明が夕焼けに照らされ、ふとその横顔がきらめいた。
“かわいい”って、こういうときに言うんだな、と――
思った自分に気づき、すぐさま首を振って打ち消した。
「……ってことで、お茶でも飲んで落ち着こっか」
「え、いや……ここ、お前の部屋?」
「うん。歓迎、ナオヤくん」
智華の部屋は、まるで異空間だった。
最初の印象は、“可愛い”と“機能美”の両立。
ベッドカバーはパステル系の淡いピンク。
壁際にはぬいぐるみが並び、間接照明がふわりと部屋を照らしている。
けどその横には、デスクトップPCが三台並び、姿勢矯正チェアが置かれ、鏡付きの壁一面にはスキンケア製品やプロ用メイク道具がずらり。
奥の棚には格闘ゲームのアーケードスティックや、プロ仕様の音響モニターまである。
「な、なんだこの部屋……情報量、多すぎる……」
「よく言われる。でも、ボクにとっては全部“かわいくあるため”のツール」
智華はあぐらをかいて、ベッドの上でほほえんでいた。
足元にはブランケットが巻かれていて、見た目は完全に女の子――なのに、堂々とした居住まいが不思議な説得力を持っていた。
俺は借りた椅子にそっと座り、湯気の立つハーブティーを受け取る。
「これ、母さんが淹れてくれた。集中力上がるやつらしいよ。……忍術の一種らしいけど」
「“らしいけど”って軽すぎるだろ……」
口に運ぶと、ほのかなレモングラスとカモミールの香り。
妙に落ち着くのが悔しい。
しばらく沈黙が流れる。けど、それが不思議と苦じゃない。
部屋の空気そのものが、自然と心を緩ませてくる。
「ねぇ、ナオヤくん」
「ん?」
「……キミ、“モテたくて”この高校に来たんだよね?」
いきなりの直球。
茶を吹きそうになって、慌てて口を押さえた。
「え、ええ!? なんで……って、そりゃ、言ったか……」
「昨日の購買で絡まれてるとき、顔に書いてあったよ。“こんなはずじゃ”って」
「うわ……見られてたのか、俺の“ダサい目的”……」
「ダサくなんかないよ」
智華は、まっすぐな声で言った。
「“誰かに見てほしい”って気持ちは、全部“生きてる証拠”だから。
ボクもそうだったよ。“可愛くなれば、みんなボクを好きになってくれる”って思ったし、今でもそう思ってる」
「……お前、ほんと、ブレないな」
「うん。自分で決めたからね、“自分を好きでいよう”って」
俺は、手元のカップを見つめながら、小さく息をついた。
「……実はさ、今まで“モテたい”って誰にも言えなかった。
なんか恥ずかしくてさ。“チャラい”とか“下心丸出し”とか思われる気がして」
「うん。わかるよ、それ」
「けど、お前と話してて……なんか、初めて“口にしていいのかな”って思った」
「それ、すごくうれしい」
智華の顔が、ふわっと柔らかくなる。
そして――
「よしっ、それなら!」
声のトーンが一段上がった。
「ボクが、ナオヤくんをプロデュースしてあげる!」
「は……?」
「“かわいさ”は作れるんでしょ? だったら“モテ”だって作れる!
ボクと一緒に、最強の“モテ男子”を目指そう!」
「ちょ、ちょっと待て! 話が飛躍してるって!!」
「えー、なにその反応? こんなに美の伝道師が隣にいるのに?」
「伝道師!?」
「ボクのプロデュース受けたら、確実に人生変わるよ?」
「詐欺師みたいな言い方すんな!」
「ふふ。詐欺じゃないよ、革命だよ」
智華が笑う。
その笑顔が、やけにキラキラして見えた。
なんだよこいつ――ほんとに、男なのか? いや、もうどうでもいいか。
だって、今この瞬間。
“この人と何かやったら、面白くなる”って直感が、全力で警鐘――いや、ワクワクを鳴らしてる。
「……仕方ねえな。やるなら、ちゃんと最後まで付き合えよ?」
「当然でしょ! ナオヤくんの変身、楽しみにしてるんだから!」
その言葉と一緒に、智華が右手を差し出してくる。
俺も、ゆっくりとその手を取った。
“かわいい”なんて、今まで自分には縁のない言葉だと思ってた。
でも、こいつとなら――ちょっとだけ、覗いてみてもいいかもしれない。
そう、思った。
朝の光が、まだ眠たげな通学路を静かに照らしていた。
制服にまだ慣れきらない俺は、ネクタイを緩めながら歩く。けど、やっぱりちょっと早起きしすぎたかもしれない。
そして、その角を曲がった先――
「おはよ、ナオヤくん! 遅いよー!」
そこに立っていたのは、まるで小動物のように元気なピンクヘアの“姫”――霧島智華だった。
「え、早っ!? ……何時からいたんだよ」
「ボクは待たせるのが嫌いだからね。今朝から本格的に“プロデュース開始”でしょ?」
「……まじでやるんだな、それ」
「もちろん!」
智華は満面の笑みを浮かべながら、ポケットからスマホを取り出した。
「はい、見てこれ。“第一段階:外見と所作の改造プラン”」
表示された画面には、項目がびっしり。
・ヘアスタイルの最適化(毛流れ&ボリューム調整)
・洗顔&保湿ルーチン導入
・制服の“見せ方”調整
・立ち姿、歩き方のライン改善
・目元の印象アップ演習(初級編)
・声のトーンを一段階下げる(“余裕”の演出)
「おいおい……ガチのやつじゃん、これ……。俺、モデルになるつもりなかったんだけど……」
「うん、知ってる。でも“モテたい”って本音はちゃんと聞いたから。だったら、これが最短ルートだよ」
「……これ、男子がやる意味あんのか?」
そう言いながら、俺はスマホの画面をスクロールする指を止められなかった。
そこに書かれていた“改善点”の一つひとつが、妙に的確だったからだ。
「あるよ」
智華は足を止め、俺の前に回り込んで真剣な目で言った。
「女子にモテる男子って、“かわいさ”をわかってる男子なんだよ。
無意識に“余裕”とか“距離感”とか“空気の作り方”を使ってる。
ナオヤくんはそれを“知らない”だけ。素材は、すっごくいいから」
「……は?」
「ナオヤくんの第一印象はね――“ちょっと硬いけど、目が綺麗”。だからまずは目から。
第一段階は、目元の表情を柔らかくすること!」
そう言って、いきなり俺の腕を引いた。
「お、おい!? お前、急に何……!」
「ほらほら、鏡見るよ! 電柱の影、ちょっと反射するでしょ。あそこで顔チェック!」
「いま!? こんなとこで!?」
「いまだからいいんだよ! “意識してない表情”が一番クセ出るんだから!」
智華に腕を引かれて、俺は渋々電柱の金属板の前に立たされる。
朝の通学中に、電柱に映った自分の顔を真面目に見せられるなんて思ってなかった。
「……うわ、マジで疲れてる顔してるな」
「目の下のクマ、昨日の夜更かしかな? 保湿足りてない。あと眉間にシワ寄りすぎ。
ちょっと目を細めて、笑う時の目の形、覚えて」
「いや、そんなの自然にできねーよ……」
「じゃあ、訓練あるのみ!」
言うが早いか、智華が俺の肩をポンポンと叩く。
「よし、ちょっと歩いてごらん。“余裕ある男子”のイメージで!」
「……何それ、恥ずっ」
「恥ずかしがってると余裕がなく見えるよ?」
「クソ……わかったよ、やるよ……」
俺は背筋を伸ばし、意識的にゆっくりと歩いてみた。
いつもの俺とは違う、“誰かに見られているつもり”の歩き方。
肩の力を抜いて、けど前を見据えるように。
「お、いいじゃん。10点中、6点ってとこかな」
「低っ!!」
「初日でそれなら合格! あとで動画で確認しよ」
「録ってんのかよ!?」
「ふふふ、記録は進歩のために不可欠です!」
そんなふうにふざけたやりとりをしながら歩いていると、自然と学校が近づいてくる。
ふと、目の前に校内でも名の知れた不良グループの一人――片眉を剃った赤髪の男が現れた。
「……よう、姫じゃねぇか。最近、連れ増えたな?」
智華は一歩も引かずに、むしろスッと前に出た。
「この子はボクのプロジェクト中。手出ししたら、後悔するよ?」
男は一瞬たじろぐも、何も言わずにその場を離れていった。
周囲の生徒たちが、それを遠巻きに見ているのがわかる。
俺の隣を歩いているのが智華――“姫”じゃなかったら、たぶん俺はもう絡まれてた。
それを思い知らされた瞬間だった。
「……すげぇな、お前」
「でしょ? ボク、見た目だけじゃないんだよ?」
「うん……なんか、今ちょっと惚れたかもしんね」
「えっ、何? 今“かも”って言った? 言ったよね?」
「言ってねぇし!!」
「言った~♪」
からかうように笑いながら、智華は腕を組んで先を歩いていく。
俺はその後ろ姿を見ながら――
改めて、この人と一緒にいる日々が、“普通の男子高校生”じゃ味わえない道だと知った。
そしてそれは、きっと――
“面白くなる”。
それだけは、もう間違いないと感じていた。
靴を履き替えて、下駄箱の扉を閉じたそのときだった。
カサッ、と紙の音がした。
「ん……?」
下駄箱の奥。スニーカーのかかとのすぐ隣に、一枚の折りたたまれた白い紙が置かれていた。
誰かの忘れ物かと思って拾い上げると、そこには――マジックで殴り書きされた文字があった。
「“お姫様”を男が独占するな」
一瞬、意味がわからなかった。
けれど、脳内で何かがつながった瞬間、ゾクリとした。
――これ、俺に向けて書かれたんだ。
智華、“姫”の隣を歩いた俺。
彼と一緒に笑い、会話し、腕を引かれ、プロデュースされてる俺。
それが、誰かの“気に食わなかった”。
「おい、なんだよこれ……」
低く呟いた声は、自分でも驚くほど感情がこもっていた。
腹が立つというよりも、むしろ――冷えた。
これが、智華の言っていた“嫉妬”ってやつか。
俺はまだ、ほんの一歩踏み込んだだけだ。
それなのに、もう“敵意”が降ってくる。
けど。
「――あはは、またか。ちょっとだけ字がきれいになってるね、今回は」
後ろから聞こえた声に、肩の力が抜けた。
振り返れば、智華がこちらを覗き込んでいた。
「あのさ……これ、お前が書かれてんだぞ?」
「うん、知ってる。たぶん、先週も同じ人が書いた。“ボクの隣にいた男は絶対許さない”ってね」
「お前、そんなもんに慣れてるのかよ……」
「そりゃねぇ。中学の頃から、ボクの“見た目”に勝手に夢抱く人とか、“理想の姫像”押し付けてくる人はいたよ」
「……」
「でも、どうせそういう人たちって、ボクの“中身”なんて興味ないんだ。
可愛くて守られそうで、従順な“姫”でいてほしいだけ。
ボクが男子だってわかったとたん、急に“裏切られた”とか言い出すし」
サラッと話す智華の表情には、強がりでも自虐でもない、静かな“慣れ”があった。
それが、妙に胸に刺さる。
「……でもさ、俺は、そういうの全部知った上で、お前の隣にいたいって思ってるんだけど」
その言葉は、驚くほど自然に口から出た。
自分でも、“なんで言ったんだろ”と思うくらいに。
けど、智華は驚きもせず、ただ――にっこりと、いつもの笑顔を見せた。
「ありがと、ナオヤくん。
じゃあ、その覚悟、これからもしっかり育ててあげるね」
「育てるのかよ……」
「うん、かわいくてモテる男子にね!」
「俺、いつから“育成枠”になったんだ……」
呆れたように言いながらも、口元はゆるんでいた。
たぶん、俺は笑っていたと思う。
そして、こうも思った。
もう、戻れないな。
“普通”とか、“無難”とか、“地味”とか――
そういうのが安心だと思っていた俺は、いま、確かに別の道を選び始めてる。
隣にいるのが、誰かの理想の“姫”ではなく、自分の言葉で立つ一人の男子であっても。
……いや、だからこそ。
「だったら、ボクと一緒に“非日常”を楽しも?」
智華が、手に持った紙飛行機――例の手紙を器用に折りたたんで――ぽいっと校庭へ向けて放った。
風に乗ったそれは、春の空に舞い上がり、夕焼けに溶けていった。
朝の光が、廊下の窓から差し込む。
その下を、俺たち二人の影が、並んで伸びていく。
影が少し重なって、ふたつでひとつみたいになった瞬間――
俺の心のどこかが、ふっとあたたかくなった気がした。
“モテるために来た学校で、
俺は今――“かわいくなる”修行を始めた。”
まさか、そんな青春があるなんて、誰が想像しただろう。
でも、ここには“姫”がいて、
その隣で笑う“俺”が、確かにいる。
