かわいいは、つくれる!_第5話
第5話:“お嬢”は突然に
金曜日の放課後。
校門を出て、智華とは一旦別れる。今日はバイトがあるとのことで、制服のままそそくさと裏路地の方向へ消えていった。
「じゃ、ナオヤくん。晩ごはんまでには戻るね〜!」
何に戻るんだよ、と思いつつ、手を振って見送る。
心のどこかで、ほっとしていた。
あいつと一緒にいると、正直、気が抜けない。
背筋を正してしまうというか、自分が“見られている”意識が常にある。
それは悪い意味じゃないけど、ちょっと疲れるのも確かだ。
(……久しぶりに、気ままに過ごすか)
スマホをポケットにしまって、ふと目に入った看板。
「G-STATION 24h」
――ゲーセンだ。
小学生のころはカードゲーム目当てで通っていたけど、最近はすっかり足が遠のいていた。
なぜか今日は、その光がやけに眩しく、惹かれるように足を踏み入れていた。
*
店内は、思った以上に混雑していた。
UFOキャッチャー、音ゲー、パチンコもどきのメダルゲームに囲まれたフロアを抜けて、対戦格闘ゲームのコーナーに足を運ぶ。
「お……まだあるんだ、この台」
懐かしい。
かつて通っていた“鉄拳×ファンタジー”という二次元系キャラがリアル系モーションで戦う名作筐体。
そして、何よりその台に座っていた“彼女”が――あまりに、異質だった。
ふわり、と揺れる髪。
長い黒髪をきっちりと結い上げ、先端だけが鮮やかに赤く染められている。
制服は、明らかに暁陽とは別世界のそれだった。品のあるネイビーのブレザー、パールのボタン、膝丈のプリーツスカートに光るバッジ。
名門――それも、お嬢様学校の象徴のようなその姿。なのに、ゲームのプレイスタイルは真逆だった。
「……なにこれ、瞬間反応お化け?」
キャラはロングソードを使う女剣士。
しかしその操作は、“投げ”に偏っていた。
一見、リーチの長さを活かす牽制主体かと思いきや、ダッシュ→掴み→コンボ投げ→起き攻めの鬼畜ループ。
相手が攻撃を出す前に潰し、崩し、倒す。
見た目に反した、“殺意”の塊だった。
やばい、と思いながらも、直哉は見入っていた。
この手のゲームは、昔こそ遊んだが、正直、ここまで洗練されたプレイヤーは見たことがなかった。
「──ふぅ」
決着がついた。相手は、バーチャル上の外国人プレイヤーらしく、“gg(good game)”と表示されている。
彼女は、それを一瞥してから、さりげなくカードをスロットにしまおうとした。
しかし、手元が少し滑って、それは床に滑り落ちた。
(あっ……)
思わず、直哉が屈んで拾い上げる。
「これ、落としましたよ」
差し出すと、彼女はようやくこちらを見た。
ぱっと見て、美少女。
だけど、どこか冷たい。
計算されたまつげ、左右対称の目元、すっと通った鼻筋。
その表情には一分の隙もなく、直哉は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「……ありがとう」
言葉のトーンはやや低めで落ち着いていた。
そして、受け取ると同時に彼女はこう訊ねた。
「そちら、見ていて面白かったかしら?」
一拍の間。
なにかを試すような眼差しが、直哉の目の奥をのぞきこむ。
「あ、あぁ……すげぇ強いなって思って。
投げ……いや、崩しのタイミング、えげつなかった」
言葉を選びながら返すと、彼女の眉がほんのわずかに動いた。
「“崩し”。ふふ、なかなか見込みがあるじゃない。
たいていの観客は“連打すごーい”で終わるのに」
思わず苦笑する直哉。
「昔ちょっとやってたからな。今のは……たぶん、世界レベルでしょ?」
「当然よ。私は、あの世界の女帝だから」
冗談のように言ったのに、なぜか冗談に聞こえなかった。
この人――本当に、自分の世界で生きてるんだ。
「私、木町妃華。あなたは?」
「山本直哉。……普通の男子高校生です」
「へえ、“普通”ね」
妃華は、どこか愉しげに目を細めた。
(なんなんだ、この人……)
直哉は、気づかぬうちに、異世界の扉の前に立っていた。
その場の空気が、ほんの少しだけ変わった。
木町妃華。
彼女が名乗った瞬間、直哉の頭の中で、どこか引っかかるような感覚が走った。
(どっかで聞いたことある……ような?)
手元のカードをふと見た。
プレイヤーネームはアルファベットで「HIKAHIME」。
その後ろに、“JP-R2”というタグが付いていた。
(……R2って、ランクか?)
思わずスマホで調べてしまう。
格ゲー情報掲示板によれば、「HIKAHIME」は、全国でもトップ20に入る実力者。
そして、トレードマークは“美しき破壊と投げループ”。
対戦動画には、“紅き姫君”“投げ美学の狂姫”など、やたらと中二っぽい異名がずらり。
(まさか……この人?)
「調べた?」
妃華が、画面を見ていた直哉の様子に気づいて、片眉を上げる。
「え、あ、いや……ちょっとだけ」
「ふふ、よくいるのよ。強いプレイヤーだと気づいた途端、態度が変わる男」
「お、俺はそういうつもりじゃ──」
「いいのよ。別に責めてるわけじゃないわ。ただ、強さに惹かれる気持ちは、理解できるもの」
妃華は静かに言った。
さきほどまでの対戦中の攻撃的な雰囲気とは裏腹に、声のトーンはどこまでも冷静で品があった。
まるで、すべてを見透かしているような眼差し。
「私は、強さというより、“美しさ”に惹かれてこの世界に来たのよ」
「美しさ?」
「ええ。格闘ゲームって、最終的には“読み”と“判断”の芸術なの。
間合い、フレーム、起き攻め、崩し。
全部、積み重ねて――最後に勝つ。それが、美しいのよ」
その言葉に、直哉は思わず聞き返す。
「じゃあ、“勝つこと”が目的じゃないのか?」
「もちろん、勝つのは前提。でも、ただ勝てばいいわけじゃない」
妃華の目が細くなる。
「“泥臭く”は、私の美学じゃない。私が選ぶのは、最小限の操作で最大の効果を出す戦い方。
力じゃなく、流れを制すること。
相手が動く前に、動きを封じること。
それが、私の“勝ち方”」
直哉は、改めて彼女を見た。
小柄な体。繊細な指先。清楚な制服姿。
そのどれもが、彼女の語る“強さ”とはあまりにもギャップがあった。
(でも……かっけえな)
口に出したのは、それだった。
「すげーな。女の子でここまで強い人、初めて見たかも」
「……女の子、ね」
妃華のまつげが、一瞬だけぴくりと動いた。
「あのね。私、女って言葉、別に恥じてないけど――それが強さを驚かれる理由になるのは、好きじゃないの」
「あっ、ご、ごめん。そういうつもりじゃ──」
「いいのよ、謝らなくて」
言葉とは裏腹に、妃華の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「むしろ、正直な感想。だから、許す」
その笑顔があまりに唐突で、直哉は戸惑いながらも、ようやくひと息ついた。
「あなた、面白いわね」
そう言って、妃華はふいに直哉の肩を軽く叩いた。
それはどこか、“気に入った”という印のようだった。
「今どき、素直に褒める男子って、絶滅危惧種よ。そういうの、大切にしなさいな」
「え? なにを?」
「自分自身の“感じたこと”。
空気じゃなく、マナーでもなく。
“直哉”って人が感じた、率直な心の動き。それを、ね」
直哉は少し目を丸くする。
この人は、誰よりも理詰めで、誰よりも“人”を見ている。
それでいて、話すとふいに柔らかくなる瞬間がある。
それが妙に印象に残った。
(……不思議な人だな)
「でもまあ、今日の勝ち逃げは許さないよ。俺にも一回ぐらいチャンスくれって」
「ふふ。やっぱり、面白いわね。
……でも、残念。今夜はここまで。これからレッスンがあるの」
「え、音楽?」
「違うわ。投げ技研究会。バーチャルとリアルの融合、ね」
直哉は、その言葉の意味を、その時点ではまだ理解していなかった。
──それが、“あの姫”との激突を招く火種となることも、まだ。
――ぴたり、と空気が止まった。
格ゲー台の前で、「またいつか勝負しようね」とやりとりを交わす直哉と妃華。
会話は穏やかに見えた。
けれど、その静けさを破ったのは、後ろから聞こえた、どこか間延びした声だった。
「ナオヤくん……なにこれ、浮気?」
瞬間、背筋に冷気が走る。
(あ、ヤベ)
振り向くと、そこに立っていたのは――
ピンクのウェーブがかった髪を揺らしながら、制服の袖をそっと指先でつまむようにして立つ、
“暁陽高校の姫”こと、霧島智華。
表情は笑っている。けれどその目は、ぜんぜん笑っていなかった。
「あ、いや、違う違うっ! これは、偶然っていうか、その――」
「ふーん? 偶然で、女の子とふたりきりでゲーセンデートするんだぁ? ナオヤくんって、そういうタイプだったんだぁ?」
「……ちょっ……ちょっと待てって!」
直哉は完全にタジタジ。
一方で、妃華はその様子を見て、首を傾げた。
「この子、あなたの彼女?」
「ちがっ……!」
「ボクはナオヤくんの“恋人ごっこ”の相方かな〜?」
智華は涼しい顔で、妃華に向き直る。
「ていうか、そっちこそ誰? このゲーセンの女王様?」
妃華も負けていない。
表情は変えずに、言葉だけで鋭さを出す。
「“お嬢様”で結構よ。木町妃華。名乗るほどの者ではないけれど、一応、“この界隈では”知られてるわ」
「木町妃華……って、あの“紅の投げ姫”?」
智華の表情が一瞬だけ強ばる。
そして、ふっと笑う。
「わたしも、似たようなあだ名で呼ばれてるんだけどね。……“姫”って」
ふたりのあいだに流れる空気が、一気にピリッと張り詰める。
火花というより、圧が重なるような、そんな緊張。
妃華がゆっくり一歩踏み出す。
「面白いわね。じゃあ、どちらが“本物の姫”か、試してみない?」
「うん、いいよ。……でも、ルールは“わたしルール”でね」
「望むところ」
会話は静かだった。だが、周囲の空気は一変していた。
観戦者がぽつぽつと集まりはじめる。
「あれ、智華じゃね?」「……相手、木町って、あの……?」「やばいやばいやばい」とささやき声が漏れる。
智華は制服の袖をまくり、ゆっくりと格ゲー筐体の前に腰を下ろす。
妃華も無言で反対側のスツールに腰掛けた。
直哉はその場から一歩も動けずにいた。
なにこれ。なんの光景これ。え、どうすんの俺。
筐体にコインが入り、対戦がスタートする。
キャラクターセレクト画面。
智華の選んだキャラは、しなやかな体術の女性忍者。
対する妃華は、例の剣士キャラ。だが“投げ技主体”。
開幕数秒で、観客の口が開いた。
「早っ!」
操作スピードが尋常じゃない。
妃華が掴みに来た瞬間、智華が前転で回避――からの裏手投げ。
反撃しようと振り向いた剣士キャラを、即座に逆関節で地面に叩きつける。
0.7秒。
妃華が、コントローラーをカチリと音を立てて握り直す。
「やるじゃない」
「そっちもね。投げ特化の“間合い”は正直、好き」
戦いは熾烈だった。
お互い一歩も引かず、投げの崩しと読み合い、瞬時の判断と、ピクセル単位の差で勝負が決まる。
息をのむ観戦者たち。
そして最終ラウンド。
両者、体力残り1ミリの状態で――
“投げ”と“裏投げ”が、同時に入力された。
「……ッ!!」
智華のキャラが、ほんのコンマ数秒だけ早く動いた。
最後に決めたのは、お姫様抱っこからの叩き落とし。
勝者、智華。
「やった……勝った〜♡」と、ようやく表情が和らぐ智華。
一方、妃華は少しだけ目を見開いてから――静かに立ち上がる。
「いい試合だったわ。久々に心拍が上がった」
「そっちこそ。“ゲーム”って感じじゃなくて、まるで“武術”だった」
互いに目を合わせ、しばしの沈黙。
そして、ふたりは同時に小さく笑った。
(え、仲良くなるんかい)
と、直哉はツッコむ間もなく。
「次は、リアルでやってみる?」
「受けて立つわ。“つかみ”には自信あるから」
またピリリと空気が震える。
――静かだった。
筐体の明滅、ボタンの音、観戦者の息を呑む音。
そのどれもが、この“戦い”を特別なものにしていた。
智華と妃華。
“姫”と“お嬢”。
ゲーム筐体の前に座った二人は、互いの持つ“技術”と“矜持”を、ただ黙ってぶつけ合っていた。
「前ステ読み……投げ、入らず……くっ」
「起き上がり中段、フェイントか。甘いわね」
直哉は思わず見入っていた。
この空間はまるで戦場だった。ボタンの連打やスティックの音が、剣戟のように鳴り響く。
だが、それ以上に目を惹いたのは、“読み合い”の凄さだった。
ゲームの中だけではない。
“相手がどう動くか”を、二人はまるで呼吸のように把握し、対処している。
仕草、わずかな指の動き、視線――すべてが情報となっているのだ。
「ハァッ!」
智華がキャラに下段スライディングを打たせた。
だが妃華のキャラは、ほぼ同時に後方ジャンプからの空中投げに切り替え――着地。
“投げ”が決まった。
画面上の智華のキャラが吹っ飛び、試合は妃華の勝利で幕を閉じた。
観戦していた男子たちがざわつく。
「姫が……負けた?」
「しかも、投げられまくってたぞ。マジでリアル投げ姫やん」
「てか、あのお嬢様……誰なんだよ……」
けれど、戦いは終わっていなかった。
「ねぇ、ナオヤくん」
智華がふと直哉に話しかけた。
「今さ、ボク、ゲームの中で何度も投げられたじゃん?」
「あ、ああ……いや、でもあれは、ゲームで――」
「……リアルでやられたら、どうなると思う?」
「え、いや、どうって……」
智華はゆっくり立ち上がり、妃華に近づく。
「ちょっと、リアルで投げ合ってみない?」
妃華は目を細めた。
「いいわよ。“操作キャラ”より、“自分”の方が、得意だもの」
「ボクだって、ママ直伝の忍術、なめないでよね」
観客がざわつく中、智華と妃華は向かい合う。
「ルールは?」
「掴み合い、一本勝負。倒れたら負け。それでどう?」
「結構。受けて立つわ」
――始まった。
ふたりの間合いは静かに詰まる。
まず動いたのは智華だった。
スニーカーのつま先がキュッと床を滑る。前へ踏み込み、左手で妃華の肩を抑え――
「甘いわね」
妃華の身体が、まるでダンサーのように半歩スライドする。
次の瞬間、智華の腕を捉えたかと思うと、一瞬で回転。
「うわっ――!」
バランスを崩した智華が、ふわっと宙に浮き――背中から、床に“ふわり”と投げられた。
「……え?」
一拍遅れて、観客たちがざわつき出す。
「姫が……姫が投げられた……!」
「てか、見たか?今の動き。なんだあれ。武道の達人か?」
「ちょ、マジで……!?」
智華は、背中を床にぺたりとくっつけたまま、天井を見つめていた。
「ちょっとぉ……い、今の、本当に……やったの?」
妃華は、整えたスカートの裾を直しながら、淡々と答える。
「実戦に応用して当然でしょ。だって、格闘は“美学”だもの」
「……いやいやいや、ゲームの話だったんじゃないの!?」
「その境界があやふやなのよ。少なくとも、私にとっては」
智華が苦笑する。
「これは……一本取られたなぁ」
「ええ。けれど、一本取ったら満足ってタイプじゃないわよ、私は」
「……わかってる」
二人の間には、確かに火がついた。
リスペクト。競争心。嫉妬。好奇心。
様々な感情がないまぜになりながら――二人の関係は、新たなフェーズに入ったのだった。
直哉は、それをただ呆然と見つめていた。
(……どっちがヒロインなんだ、これ)
放課後、陽が少し傾いた頃。
いつものように屋上のベンチに腰掛けた直哉は、隣で髪を風に揺らす智華を見ていた。
白くて細い首筋。ふとした仕草で浮かぶ鎖骨。そして、なにより自然体の笑顔。
……どう考えても、男子には見えない。改めてそう思う。
「……あのお嬢様、マジですげーな……」
直哉がつぶやいた。
「投げたときの動き、見惚れたっつーか。ほら、あの瞬間、スローモーションみたいだったろ?」
智華はしばらく黙っていたが、やがてくるりと顔を向けて、あきれたような微笑を浮かべた。
「なにそれ、浮気じゃん」
「いやいやいやいや! そういう意味じゃねぇって!」
「じゃあ、どういう意味なの?」
「あれだよ、なんていうか……リスペクト? いや、感心? ……んー、えーと、すげーって思ったってだけで――」
必死で弁明する直哉の様子を見て、智華は一拍置いてから吹き出した。
「冗談だよ。ナオヤくん、ほんと焦ると面白いね」
「……マジで心臓止まるかと思った……」
直哉が額を押さえると、智華はその横顔をじっと見つめて、ほんのり目を細める。
その表情は、いつもの“からかい”とは少し違った。
「でもさ」
「ん?」
「“すごかった”って思うのは、わかるよ。だってあの子、動きがちゃんと“戦ってる人”のそれだった」
「だろ? 見抜いてたのか」
「そりゃね。……ゲームのキャラを、リアルで動かせる人って、少ないんだ。しかも、あれだけ自然に」
智華は腕を組み、ふうっと息を吐いた。
「正直、ちょっとムカついた」
「え、マジで?」
「うん。投げられた時、ちょっと“悔しい”って思っちゃったもん」
智華の言葉には、笑いの裏にほんの少し、本音の熱がにじんでいた。
「……じゃあ、次は俺が投げられる番かな」
「なにそれ。自分から言うこと?」
「いや、お前が今、悔しいって言ったからさ。なら俺が受けてやんよ、って」
直哉のそんなセリフに、智華はほんの一瞬、きょとんとした表情を見せた。
けれどすぐにニヤリと笑って、いたずらっぽく言った。
「じゃあ今度――ボクがナオヤくんを投げる!」
「……マジで言ってる!?」
「マジマジ。覚悟しておいてね? ふふ」
そんなやり取りが、夕暮れの屋上にふわりと溶けていった。
西の空がゆっくりと赤く染まり始め、風の匂いが少しずつ夜の気配を運んでくる。
──そのころ。
校舎の外、学園の敷地を少し離れた場所。
自動販売機の影に、ひとり佇む少女がいた。
セーラータイプの上品な制服に身を包み、長い黒髪を風に揺らす。
手に持っているのは、タブレット端末。
画面には、数分前の屋上の映像が――遠隔モニター越しに映し出されている。
少女――木町妃華は、無言のままそれを眺めていた。
映像の中で笑い合う二人。
軽口をたたく“姫”と、それを受け止めようとする“転校生”。
「ふぅん……」
妃華は、小さく鼻で笑った。
口元に浮かんだのは、皮肉ではない。
ただ、静かに自分の中にある“火”を確認するような、淡い微笑み。
「やっぱり……あの子、おもしろい」
画面をスリープモードにして、鞄に仕舞う。
その動作ひとつとっても、彼女の動きには隙がなかった。
彼女の視線は、まっすぐに校舎へと向けられている。
智華という存在。
直哉という存在。
――その中心に、何が生まれるのか。
彼女の胸の内にもまた、明確な“戦い”の気配が芽生えていた。
夕日が地平線に沈む頃。
暁陽高校に、新たな風が吹きはじめていた。
