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竜騎士ですが、竜に乗らず剣で撃ちます

リューネハルド──王国の財布と胃袋を一手に握る交易都市だ。
東西を結ぶ大街道と、北から伸びる川の交易路が交差するおかげで、物も人も情報もごった返す。石畳の広場では朝から晩まで商人たちの声が飛び交い、値切りと口上の応酬で耳が鍛えられるより先に財布が薄くなる街、と誰もが評する。

だが、石壁や兵士よりもこの街を守ってきたものがある。
王国の文化財にして魔術的防衛装置の核──「竜の宝玉」。
数百年にわたり大聖堂の地下に安置され、街全体を覆う結界を支えてきた。

その宝玉が、ある日忽然と消えた。

──盗まれた、というにはあまりに完璧な失踪。

知らせは瞬く間に王都へ届き、宮廷の空気を一変させた。宝玉はただの展示品ではない。結界の核を失えば、街は外敵や魔獣に裸同然になる。
王国はすぐさま事態を重く見、王立アカデミーの特任騎士に調査を命じた。

「……また面倒な仕事を押し付けられたものね」

馬車の窓辺でため息をつくのは、銀に近い淡金色の髪を揺らす若き騎士、リナ。
鮮やかな青と金の意匠を纏った制服に、腰の剣は儀礼用の煌びやかさと実戦的な鋭さを兼ね備えている。竜と契約する者にのみ許される証──その肩書きは「竜騎士」。

「はーい。僕、水晶竜! ほな、いきまひょ。リナはん!」

明るく間の抜けた声が響く。姿は人間の青年に擬態しているが、正体はリナの契約竜、水晶竜である。人の姿を取っては街をうろつき、飴玉を頬張って世間話をするのが日常。
「竜騎士」という言葉から人々が思い描く「竜に跨り槍を構え、空を駆ける英雄像」とは真逆で、見た者は必ず落胆する。

「……軽いノリ、やめてくれないかしら」
「いやいや、重い竜なんて見た目ほどおもろないで。孤高気取ってても、ほんまは寂しがりや。わいなんか、一人やと三日で飴三袋なくなるで?」
「竜騎士の肩書きが泣いてるわ」
「泣かせといてええねん。その分、笑かすのはわいの役目やろ?」

リナは額に手を当てて小さくため息をついた。水晶竜に悪意はなく、むしろ人間臭い軽口が場を和ませることも多い。苛立たされる一方で、頼れる相棒であるのも事実だった。

やがて馬車が市門を抜けると、広場の喧噪が一気に流れ込んできた。
人々の表情には不安の影。結界の光が弱まりつつあるのを肌で感じているのだろう。露店の商人たちでさえ声を潜め、「宝玉が消えた」「結界が崩れるのでは」と囁き合っている。

「リナ殿、こちらへ!」

出迎えたのは大聖堂の司祭。宝玉の管理を担う人物だが、額の皺は深く、徹夜の疲れを隠しきれない。彼はリナを保管庫へ案内し、必死に事情を説明する。

「扉は施錠されたままでした。鍵は私と補佐の二人だけ……にもかかわらず、宝玉が」
「鍵を壊された痕跡は?」
「ございません。錠前も魔術封印も無傷です」

リナは扉を検分した。確かに物理的にも魔術的にも傷はない。
横で水晶竜が鼻を鳴らす。

「こりゃ密室トリックやな。怪盗紳士の出番やろか」
「そんな洒落たものじゃないわ。内部の人間じゃなきゃ不可能よ」

保管庫の奥。宝玉が据えられていた台座の周囲だけが綺麗に拭い取られ、結界の魔術はまだ稼働したままなのに、中心だけが空洞のように消えていた。

「普通に考えたら、中の人間の仕業やな」
「ええ。司祭や補佐……それから──」
「技術ギルドやな?」

リナは小さく頷いた。街では最近、古代遺跡の発掘品が闇取引されているという噂が絶えない。技術ギルドの発明家たちは、王国に自分たちを認めさせようと焦っていた。もしや宝玉を動力源に利用するつもりでは。

「やることは決まったな。聞き込みや。わいは擬態して街を歩くわ」
水晶竜は青年姿に変わり、にやりと笑った。

「……甘いものに釣られすぎないで」
「心配無用や。おばちゃんから飴をもらうんは最高の信頼証明やで」

リナは頭を抱えた。だが止めなかった。軽薄に見えるその行動が、何度も思わぬ形で真実を引き寄せてきたからだ。

こうして王国特任騎士と水晶竜のコンビは、交易都市リューネハルドを揺るがす不可解な盗難事件の真相を追い始めるのであった。


リューネハルドの石畳を踏みしめながら、リナは街路を進んだ。
石造りの建物は肩を寄せ合い、屋台からは香辛料と甘い菓子の匂いが入り混じる。表面上はいつもの賑やかさだが、耳を澄ませばあちこちでひそひそ声が走る。
「結界が弱まってる」「夜に魔獣が入ったらどうする」──どこの市場も噂好きだが、今回は笑えない。

横を歩く青年姿の水晶竜は、例によって棒付き飴を頬に突っ込みながらキョロキョロしていた。
「ふぅん、この飴、粒が細かい。しゃりしゃりしてええ歯触りや」
「……情報収集に集中してくれる?」
「飴も情報のひとつやで。あめ玉くれる関係性があれば、人は口も開く。ほら、あのおばちゃん」

路地角の菓子屋の老婆が水晶竜を見るなり笑顔で手を振り、新しい飴を差し出す。
「ほら、言うたやろ」
「……ほんと、何者なのよ、あんた」

リナはため息をついたが止めなかった。調子者の裏で、人に懐に入る術を持っている。案外、飴こそ最高の聞き込み道具なのかもしれない。


聞き込みの末、浮かび上がった名前は「技術ギルド」だった。
街の発展を担う一方で、古代遺跡の発掘品を勝手にいじり、しょっちゅうトラブルを招く連中である。

「宝玉を動力に研究してた連中がいるらしい」
「ふむふむ。つまり犯人は“才あるけど認められん若者”パターンやな」
「軽くまとめないで」

リナは工房へ向かう。油と鉄の匂いが渦巻き、工具の打撃音が響く。奥には、どう見ても街の灯りに使うには過剰すぎる鉄の枠組みが組まれていた。

「これは……古代兵器の部品?」
「おや、騎士殿がどうしてここに?」

茶髪をぼさぼさに伸ばした青年──エルドリヒが現れる。図面で手を汚し、瞳には焦燥と野心が混ざっていた。

「竜の宝玉を知らない?」
「さぁ、何のことだか」
「錠前も魔術封印も無傷。内部に通じる者でなければ不可能」

一瞬、彼の目が泳いだ。リナは見逃さない。

「リナはん、臭うなぁ」
「ええ、確定ね」

青年は顔を歪め、叫んだ。
「王国は僕を無視し続けた! 誰も認めない! だったら証明してやる、僕の機械が竜を超えるってな!」

床下が震え、工房の奥で金属が立ち上がる。

「ちょ、ほんまにスイッチ押しよった!」
水晶竜が目を剥く。

エルドリヒは制御装置を握りしめ、竜の宝玉を埋め込んだ動力炉が眩く光る。
「古代兵器《ゴーレム・アーク》──これが僕の証明だ!」


街は騒然となった。人々は逃げ惑い、巨像は地面を揺らしながら進む。
青白いシールドが全身を覆い、矢も魔法も弾かれる。

「結界の応用か……厄介ね」リナは剣に手をかけた。
「リナはん、正面突破は無理や。どないする?」
「決まってるわ。一緒にやる」

リナの瞳が決意に染まる。剣を掲げ、水晶竜の名を呼んだ。
「来なさい、水晶竜!」

青年の姿は透け、光の奔流となって剣に宿る。柄から刃、さらに砲身へと変形し、青白く輝く結晶が砲口を形作る。

「おお、また派手なやつやな!」
「この街を守るのが、私の役目だから!」

水晶竜の笑い声と共に、剣から竜の咆哮のような光が迸った。


巨像《ゴーレム・アーク》が完全に目を覚ました。
街外れの工房から地鳴りが伝わり、石畳がビリビリ揺れる。窓ガラスは震え、人々の悲鳴が夜明け前の冷たい空気を裂いた。巨大な兵器はのっそりと腕を持ち上げ、再びシールドを展開。青白い膜が巨体を包み込む。

「リナはん、やばいで。あれ、本気で街ぶっ壊す気や!」
水晶竜の声が剣を通じて響く。リナは息を詰め、胸部の竜の宝玉を睨んだ。あれこそ動力、同時に盾。

「……あそこを破らない限り、止められない」
「せやけど正面突破は無理や。王都式の結界やぞ? 攻撃吸うて拡散する、いわば“魔力の胃袋”や」
「なら、腹一杯どころか喉詰まるまで流し込むだけよ」

リナは深呼吸し、緊張を意識的にほどいた。文化財を壊さず街を守る──難題だが逃げ場はない。

「……この街を壊させはしない」
「おお、決め顔や。派手にいこか!」
水晶竜の声が少し弾んだ。

巨像の背から砲身が展開する。古代文明と若造の執念が組み合わされ、街ごと吹き飛ばす規模の光が収束。空気が焦げる匂い。人々の叫び。

「市民を退避させろ! 私が止める!」
リナの声に鐘の音が応じ、兵士たちが駆け回る。


砲口が閃光に満ち、次の瞬間──轟く光線。

「うわっ……!」

リナは咄嗟に剣を振るい、即席の障壁を展開。水晶竜の力で補強された壁が光を受け止め、広場をかろうじて守る。だが足元の石畳は砕け、建物が軋む。

「いやいや容赦なさすぎや! あの若造、頭ネジ飛んどるんか?」
「正気だからこそ厄介なのよ。才能を証明するために街ごと実験台にしてる!」

光が収まり、巨像は二射目の充填を開始。リナは剣を胸の前に掲げる。

「水晶竜。もっと力を借りるわ」
「ほな、わいの真打ち見せたるで!」

剣身が眩く脈動し、刃は砲身へ変質。金属ではなく光と結晶の砲。リナの腕は震えるが、その震えを意志で押さえ込む。

「これが……竜騎士の力」

街の人々が固唾を飲む。竜に跨らずとも、槍を持たずとも、竜と共に戦う姿に。


「リナはん、限界近いで。撃つか?」
「まだ。兵士たちが退避しきるまで待つ」
「お人好しやなぁ……でも、そこがリナはんや」

水晶竜の声に温かみが滲む。

巨像が二射目の照準を街へ。リナは全身の力を抜き、剣に魔力を注ぐ。砲が脈動し、水晶竜の咆哮が重なる。

「撃てぇっ!」

青白い閃光が放たれ、シールドに激突。眩暈するほどの閃光が広場を覆う。膜は波紋のように揺れる──だが砲撃は止まらない。

「もっといけぇ! 飲み込ませろ!」

リナが魔力を注ぎ込み、水晶竜が笑って加速する。奔流は濃度を増し、シールドを削る。

「ば、馬鹿な……!」

制御席のエルドリヒが悲鳴を上げる。必死に術式を強化するが、光は突破した。

シールドが裂け、砲撃が胸部を抉る。爆音、巨像はよろめき片膝をついた。

「よし、効いてる!」

リナは剣を下ろし、息を荒げた。だが動力炉はまだ稼働中。

「もう一発や!」
「……そのようね」

剣を再び構える。


瓦礫の中、エルドリヒは制御盤に縋る。
「まだだ……僕の機械は竜を超える! ここで負けたら、僕は……僕はただの夢想家に逆戻りだ!」

狂気と焦燥が瞳に渦巻く。

リナはその姿に眉をひそめた。
「……本当は、認められたかっただけでしょうに」
「黙れぇ! 笑うなぁ!」

巨像が最後の砲撃を準備。街の命運は次の一撃に。

リナは深く息を吸い、剣を掲げる。水晶竜の声が重なった。
「ほな、トドメや! リナはん!」

光が集い、剣は再び砲身に変わる。
街全体が呼吸を止め、一点へと視線を注ぐ。


巨像《ゴーレム・アーク》は、なおも立ち上がろうと足掻いていた。
胸の亀裂から光が洩れ、軋み音を響かせながら巨体を支える。だが動きは鈍く、シールドも点滅する安物ランタンみたいに不安定だ。

リナは剣を掲げ、呼吸を整えた。腕は痺れ、脚は鉛のように重い。それでも膝を折るわけにはいかない。

「……終わらせるわよ、水晶竜」
「よっしゃ、トドメの一発や。ド派手にいくで?」
「構わない。この街を守るためなら」

その言葉に応じるように、剣は変質を始める。刃は膨らみ、透明な水晶の砲身へ。竜の存在そのものが結晶化したように光を脈動させる。

工房の奥、制御台にしがみついたエルドリヒは必死だった。
「負けるものか……! ここで負けたら、僕はただの笑い者だ! 無能な発明家に逆戻りだ!」
汗が滴り、指は震える。幾度も嘲られた記憶が脳裏を過る。だからこそ宝玉を盗み、兵器を蘇らせてまで自分を証明しようとした。

「もうやめろ!」リナは声を張る。
「これ以上は街を巻き込むだけ! 本当に認められたいなら、人を傷つけるんじゃなく、人を救う発明をしなさい!」
「黙れ……! 僕を笑うな!」

巨像の砲口がリナを捉えた。だが、その瞬間はもう遅い。

リナは剣を振り下ろす。
「水晶竜──全力で貫けッ!」

轟音も閃光も、一瞬の饗宴だった。
砲口から放たれたのは純粋魔力の奔流。水晶竜の咆哮が重なり、巨大な光線となって一直線に走る。シールドは紙のように裂け、胸部の動力炉を直撃した。

防御術式は破られ、巨体を覆う魔力の網は断ち切られる。鉄の巨像は膝をつき、轟音と共に崩れ落ちた。

しかしリナは「壊して終わり」にはしなかった。砲撃の余剰エネルギーを分離させ、柔らかな光の膜へと変え、搭乗席を包む。

「……な、なんだ、これは……」

エルドリヒはその光に守られ、無傷で地面へ投げ出された。手から制御装置が砕け落ち、火花を散らす。

「終わりよ」

リナが静かに剣を収めると、水晶竜は青年の姿に戻って伸びをした。
「ふぅー……いやぁ、盛大やったなぁ。にしてもリナはん、きっちり手加減して捕まえるとか、ほんま優等生やで」
「そういう役目だから」
「まあ、わいのしいくがかりやしな」
「誰が動物よ!」

二人の軽口に、周囲の兵士や市民が笑みを漏らす。鐘の音が街に広がり、戻ったのは混乱ではなく安堵だった。


事件後、竜の宝玉は大聖堂へ戻された。
多少の傷はあれど、結界は問題なく機能し、街を再び包む。人々は胸を撫で下ろした。

エルドリヒは鎖に繋がれ、護衛兵に連行される。うなだれた顔には狂気は消え、敗北の悔しさと、どこかほっとしたような影が混じっていた。

リナはその背に声を投げかける。
「……あなたの発明を誰も否定したいわけじゃない。ただ、人を危険に晒す形じゃ、認められない」
「…………」
「本当に認められたいなら、人を守る発明を作りなさい」

返事はなかったが、肩がわずかに揺れた。それで十分だった。


帰路の馬車の中。夕暮れが窓を黄金に染める。リナは深くため息をついた。

「特任騎士って、本当に骨が折れるわね」
「まあまあ、王様直々の頼みやで? 名誉ちゃうか」
「名誉で街が守れるなら楽なのに」
「おっ、皮肉うまなったなぁ。でも結局守ったんはリナはんや」

水晶竜は笑い、飴を口に放り込む。
「やっぱ戦いの後は甘いもんやな」
「……なんでそんなお気楽なの?」
「お気楽やない。竜は孤独なもんや。でも孤独に浸かってばかりじゃ、人と歩けん。せやから笑って、飴食べて、一緒におるんや」

リナは横目で彼を見て、小さく吹き出した。
「……竜騎士の肩書きが泣くわね」
「誉め言葉やろ?」

馬車は王都への街道を進む。遠くでは宝玉が光を放ち、街を再び守っていた。

「竜騎士──竜に跨らずとも、竜と共にある騎士。それで十分よね」

水晶竜はにやりと笑った。
「ほな、次の任務もよろしくなぁ。わいのしいくがかりさん」
「だから誰が飼育係よ!」

馬車の笑い声は、夕焼けに溶けていった。


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written not to own,
but to be consumed by thought.

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