『ブルーピリオド』13巻読んだよ。「ノーマークス」編熱かった。
アート漫画の『ブルーピリオド』13巻を読みました。
以前、前巻から始まっていた「ノーマークス編」がおもしろすぎて、勢い余って感想文を書いていました。
ノーマークス編が終了した本巻を受けまして、今日は満を持して感想を述べていきます。
(以下ネタバレ含みます)
いやー、「罪悪感」の課題。熱かったですね。
罪悪感とは自分の解釈であり、自分自身が覗いているようで自分自身を覗いているようなものと。現実世界で実際に体験してみたい面白いインスタレーションでした。
犬飼教授とフジさんの対比の狭間で悩む八虎の成長をこう昇華してくるとは、全くお見事です。
12巻の時の江草の考察は当たらずも遠からず……と言いたいところですが、悔しいことに漫画の方がやっぱり何枚も上手でしたね。
ノーマークスの弱点はフジさんの受容力が高くて居心地が良すぎるところではないかと江草は前回考察していたわけですが、「『ノーマークスなら本当の自分を理解してくれる』つってくるヤツ大っ嫌い」と久山くんを切り捨てるスーパー辛口女子の鷹田さんの存在で、意外とそうでもなかったというオチに。
ある意味、包容力があるフジさんの「彼女」として辛口の鷹田さんがいてくれるからこそバランスが取れてるとも言えるのかもしれません。
しかも、今巻で八虎も「フジさんの『かわいい』って価値の保留ですよね」と指摘してる通り、実は何にでも優しい声掛けをするフジさんは博愛的でありすぎるがゆえに実質的にはほとんど誰も受容してないと言えるのかもしれません。
つまり「来る者を拒まず去る者を追わず」とも言えそうなノーマークスの平等と自由の精神は、誰にも平等に執着しておらず誰も平等に愛してない。だからこそ立ち去る久山くんの捨て台詞にもフジさんは無反応であったのでしょう。ただただアートへの愛が人間各個人への愛を大幅に凌駕している。
だから一見すると甘々に見えたノーマークスも、その実そんなに甘い場所ではなかったわけですね。
甘い幻想に浸りかけていた八虎も、それに気づいたことで大学での課題に取り組むことに復帰できたのだと言えそうです。
そして「ノーマークス編」を通じて描かれていた「権威vs反権威」のテーマのまとめ方もとても鮮やかで素晴らしかったですね。
「ただ美術がやりたいだけなのにね」と、「自由なアート」への理想を抱きながらも結局は「お金」という浮世の「権威」を頼らなければ組織の運営もままならないジレンマに悩む姿を吐露するフジさん。
他方、「反権威主義組織は権威を証明する存在ですからいていただかなくては困るんですよ」とフジさんをディスってるようでいて、実のところ良き好敵手として認めているとも取れるセリフを残した犬飼教授。
二人の立場や価値観は一見正反対なようでいて、自分の想う理想だけでは現実は成り立たないことを自覚している点、そして努力を決して惜しまないただひたすらにストイックなアートへの強い愛は共通してるように見て取れます。
なにより、本巻の描写により、異質な存在や嫌いな存在とあえて触れ合うことによる成長に犬飼教授が価値をおいていたこともやはり明らかになったと言えるでしょう(前回の江草の考察通り!)。
だからこそ、犬飼教授は「ノーマークス」との異文化交流を経たことにより一皮むけた八虎の成長を鋭く見抜き、課題の高評価につながったわけですね。
つまり、権威と反権威、どちらが正しいというわけではなく、どちらも消えず、どちらも勝たずに、それぞれに矛盾をはらんだまま相互に批判しあうことによって成長しあっていくのがこの世の姿というところでしょうか。
こうした素敵なイメージを言外に浮かび上がらせるこの漫画こそがとてつもなくアートですよね。お見事でした。
あと本巻の後半の「広島編」は、「仲良しグループの過去に本当はもうひとりだれかいた」という、うってかわってのミステリー風味ですね。
いまのところ肝心の情報が隠されまくっているので考察は難しいですが、どういう展開になるのか今後も気になります。
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