見出し画像

【SESからCTO】炎上案件で感じた「技術より、言語化」という教訓から、500名のエンジニアのキャリアを変えた"伝える力"が目から鱗だった話(インタビュー:増村 大輝)

【プロフィール】
増村 大輝(ますむら だいき)|エンジニア × 人事 × CTO

埼玉県出身、30歳。SESエンジニアとしてスクショ地獄・炎上案件・上司失踪など数々の修羅場を経験後、社内教育制度の立ち上げ、IT上場企業での人事・採用担当、フリーランスエンジニアを経て、現在は非IT企業のCTOとして活躍。エンジニアの「言語化力」を引き出す支援を500名以上に対して行ってきた。

LEADER'S TALKでは、『独自性・人間性・未来像・メッセージ』の4つのポイントを中心にインタビューしていきます!



独自性:なぜ"技術"より"言語化"を軸に置くのか


(取材者)多くのエンジニア出身の経営者は、技術力や開発実績を前面に押し出してキャリアを築きます。しかし増村さんは、技術よりも「言語化力」を最大の武器と位置づけていらっしゃる。なぜその判断を?

(増村さん)これはよく聞かれるんですが、僕自身がSESの現場で「技術だけでは何も解決しない」という現実を骨身に染みて経験してきたからなんです。

たとえば、ある炎上案件では、リーダーが認識合わせを怠っていたせいで、チーム全員が正しいコードを書き続けているのにプロジェクトが崩壊寸前でした。技術的には何ひとつ間違っていない。でも、言葉が足りなかったことで、すべてが空回りしていた。そこで僕が「この仕様の認識、クライアントと確認できていますか?」と一つひとつ丁寧に言語化しながらミーティングを重ねたら、プロジェクトが動き出したんです。

これは偶然じゃないと思っています。スクショ地獄の時代、コードは一行も書けないまま、毎日業務時間外に技術書やQAサイトを読み漁っていた。その過程で「質問の仕方」「伝え方」を必死で研究していたんです。あの時期に染み付いた「伝わる力」が、今の僕の土台になっています。

さらに人事・採用担当として500名以上のエンジニアと面談してきた経験で、確信に変わりました。技術力はある。実績もある。でも、それを自分の言葉で伝えられないエンジニアが圧倒的に多い。職務経歴書を見ると「Java、PHP、設計、実装」の羅列だけ。でも、その経験の中に、どんな課題があって、どう動いて、何を変えたか。

採用側は技術スキルだけを見ているわけじゃないんです。「この人は課題にどう向き合う人なのか」を知りたい。だから、言語化できないエンジニアは、たとえ能力が高くても、その価値が正当に評価されない。これ、本当にもったいないと思っていました。

そして今、生成AIの時代になってその確信はさらに深まっています。ChatGPTやClaudeを使いこなせば、技術的なアウトプットは何倍にも効率化できる。でも、それを活かすためには「何を作りたいか」「どう伝えるか」を言語化する力が絶対に必要です。技術の価値が相対的に下がり、言語化力の価値が上がる。

これはトレンドじゃなく、構造的な変化だと思っています。



人間性:SESの灰色現場で、それでも辞めなかった理由


(取材者)その「言語化」への強いこだわりは、どのような経験から生まれたのでしょうか? 過去に何か大きな出来事があったのでしょうか?

(増村さん)正直に言うと、SES時代の数年間は、本当に灰色でした。

入社初日の研修は2時間だけ。ビジネスマナーと社内説明を聞いたら、すぐにOJTへ放り込まれた。右も左もわからないまま作業していて、社内システムのデータベースを削除してしまったんです。背中に冷や汗が流れて、頭が真っ白になりました。

その後の現場は「スクショ地獄」でした。毎日ひたすらスクリーンショットを撮り続けるだけ。コードは一行も書けない。「俺、本当にエンジニアなのか?」と自問自答する毎日でした。極めつけは広島への長期出張。上位会社の社員が全員断った案件に、新人の僕が派遣されました。毎週月曜、始発で6時間半かけて広島へ行き、金曜は終電間際で埼玉に戻る。現場は携帯禁止で荷物検査も厳重。そして現場でやることは、やっぱりスクリーンショット。心身ともにボロボロでした。

「なんのためにエンジニアになったんだろう」と思う日もありました。

それでも辞めなかった。理由はひとつでした。「まだ何も行動していないから」って。

炎上案件で仕事中に泣いたのも、このキャリアの中で一度だけありました。毎日終電まで残業して、疲労とプレッシャーで限界を超えたとき、自然に涙が出てきた。でもそのとき、クライアントと直接話す機会をもらって、認識のズレをひとつずつ解きほぐしていったら、少しずつプロジェクトが前に進み始めた。その経験が、今の「言語化」への信念の出発点です。

上司が突然失踪した現場もありました。連絡も取れない、音信不通。普通なら崩壊するはずの状況でしたが、残されたメンバーで役割を再定義して、コミュニケーションラインを再構築して、なんと予定通りに納品できた。「最後に頼れるのは人だ」と、身をもって学んだ瞬間でした。

転機になったのは、社長に直談判して社内教育の立ち上げをやらせてもらったことです。前例のない一人部署としてゼロから仕組みを作り、資格取得率を50%から75%に引き上げ、未経験入社の社員を2ヶ月でJava Goldに合格させることができました。

「逃げ」のつもりで動いた行動が、実は転機だった。自分の苦労を「仕組み」に変えることで、後輩たちが同じ苦労をしなくて済む。

これが教育の価値を実感した瞬間でした。あの灰色の時間があったからこそ、今の僕がいると思っています。


未来像:「価値が伝わるエンジニア」を増やす


(取材者)現在、CTOとして活躍しながらエンジニアのキャリア支援にも取り組まれていますが、これからどんな展望をお持ちですか?

(増村さん)やりたいことは明確で、「価値が伝わるエンジニアを増やすこと」です。

500名以上のエンジニアと向き合ってきた経験の中で、一番もったいないと感じたのは、自分の市場価値を正確に把握できていないエンジニアが本当に多いということでした。技術力もある、人柄も良い、実績もある。でも、それをどう言語化して、どう伝えるかがわからない。

フリーランスエージェントのNさんに出会って、自分のスキルシートを一緒に磨いてもらったとき、添削前と添削後でまったく別の資料になったんです。自分でも感動しました。それまでJavaやPHPのWeb開発案件ばかりだったのが、Pythonを使ったRAG開発という新領域の案件に入れるようになり、収入も大きく変わった。あの経験が、今の活動の原点でもあります。

だから今度は、僕が同じことをやっていきたいんです。転職やフリーランスへの独立に迷っているエンジニアに対して、自社開発・受託開発・SES企業の違いや、フリーランスとしての働き方の具体的な選択肢を、経験者として伝えていく。職務経歴書やスキルシートの言語化サポート、面談でのプレゼン指導など、「あなたの価値が正しく伝わる状態」を一緒に作っていきたい。

もうひとつ、CTO視点でのビジョンがあります。僕が受託案件で積み上げてきたのは、技術力だけじゃなくて「クライアントの頭の中に物語を描く」というスキルです。ディズニーが大好きで、「知らなくても楽しい、知るともっと楽しい」という精神をずっと大切にしてきた。プロダクトに取り組む前から、提供後の景色を言語化してクライアントに伝える。すると没入感が生まれ、共創の関係が築けるんです。

この感覚を、非ITの企業にITの力として届けていきたい。DXという言葉だけが先行して、現場には何も変化が生まれていない会社が日本中にある。そこに「言語化」と「物語設計」を持ち込むことで、テクノロジーが本当に人の役に立つ状態を作りたいと思っています。

5年後のイメージは、気の合うエンジニアたちとチームを組んで、大きな仕事を一緒にやっていることです。今はまだひとりで動いているフェーズが多いけれど、これからは「ワクワクを分かち合える仲間」と一緒に働いていきたい。そのために、今は発信活動を続けながら、自分の経験を独り占めしないように動いています。




メッセージ:「ワクワクする方を選べ」


(取材者)SESでの苦労を経験し、エンジニアとして、人事として、CTOとしてキャリアを築いてきた増村さんから、今まさに現場で苦しんでいるエンジニアや、これからキャリアを変えようとしている方に伝えたいことはありますか?

(増村さん)ひとつだけ、まず伝えたいことがあります。それは「まだ何も行動していない」という感覚を、大切にしてほしいんです。

僕がスクショ地獄の現場で、広島への往復6時間半の出張を続けながら、それでも辞めなかったのは、この感覚があったからでした。すべての現場が同じわけじゃない。やれることがまだある。その信念だけで踏みとどまり続けた先に、転機が来たんです。

今の現場が灰色に見えているなら、それは本当に「現場のせい」かもしれない。SESの構造上、いい現場に巡り合えないケースは実際に多い。でも同時に、「まだ自分の価値を正しく言語化できていない」という可能性も、ぜひ疑ってみてほしいんです。

僕が人事・採用担当として500人以上と向き合ってきた中で感じたのは、「自分の経験の何が市場で評価されるのかわかっていない」エンジニアが本当に多いということでした。炎上案件を鎮火させた経験も、上司が失踪した現場を立て直した経験も、それ自体が大きな価値になる。でも、それを「当たり前のことをやっただけ」と思って、職務経歴書に一行も書いていないエンジニアがたくさんいる。

あなたが「たいしたことない」と思っている経験が、実は誰かにとって最高の差別化要素になっている。
そういうことが、本当によくあります。

そしてもう一つ、キャリアを選ぶときに「ワクワクする方を選べ」というのが、僕からのメッセージです。安定を取るか、挑戦を取るかという二項対立じゃなくて、「自分が月曜の朝に嫌じゃない仕事をしているか」というシンプルな問いです。

僕がフリーランスエンジニアとして独立したとき、会社員の安定は手放しました。でも、自分で案件を取ってきて、クライアントに直接価値を届けて、喜んでもらえる。その手応えは、サラリーをもらっていた会社員時代には味わえなかったものでした。収入も変わりましたが、それ以上に「自分で人生を選択している感覚」が増した。それが今の自信につながっています。

もし今、ひとりで悩みを抱えているなら、ぜひ話しかけてください。僕は"近くの先輩"として、そばにいます。転職で心が折れそうな夜も、独立に不安で手が震える瞬間も、一緒に考えます。あなたのキャリアには、必ず小さな勝利が隠れている。それを一緒に見つけて、言語化していきましょう。

「二度と、あなたをひとりにしない。」

これが、僕の約束です。



取材後記

増村さんとの対話を通じて最も印象的だったのは、「技術より先に、伝わる力」という言葉。

この言葉は、数えきれないほどの現場で試行錯誤してきた人間だけが持つ説得力がある。500名以上のエンジニアのキャリアに向き合い、自分の苦労を「仕組み」に変え続けてきた増村さんの姿は、まさに「近くの先輩」という言葉そのものだった。

今日も、どこかで増村さんの言葉に勇気をもらったエンジニアが、自分のキャリアを言語化する一歩を踏み出しているに違いない。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集