やる気は“出すもの”じゃなく“減らさないもの”だった【50代】
やる気が出ない。
最近、同世代と話していると、この言葉を本当によく聞く。
昔は、もう少し気合で何とかなっていた気がする。
徹夜もできた。
無理もきいた。
多少の疲れは、週末でリセットできた。
いまは違う。
50代に入って、体力は落ちる。
集中力も落ちる。
新しいことへの興味も、正直、昔ほど勝手には湧いてこない。
気づけば、何もしないまま一日が終わる。
こんな人が多いように感じる。
スマホを眺めて、動画を流して、ゲームを少し触って、もう夜。
「今日は何をしたんだろう」と思いながら、布団に入る。
こういう日が、たまにじゃなく、普通に増えてくる。
そんな人が増えていませんか?
多くの人が、同じ場所に立っていると思う。
ここでよく出てくるのが、
「どうやったら、やる気を出せますか?」
という問いだ。
でも、最近、私は少し違うことを考えるようになった。
やる気は、出すものじゃない。
減らさないものなんじゃないか、と。
やる気がゼロになる瞬間なんて、実はそんなに多くない。
問題は、毎日、少しずつ削られていくことだ。
睡眠不足。
微妙に合わない人間関係。
先延ばしにした小さなタスク。
散らかった机。
開きっぱなしの通知。
決めなくていいことを、毎日決め続けている生活。
こういうものが、静かに、確実に、やる気を削っていく。
私自身、仕事と介護とnote執筆を並行する生活の中で、
「今日は気合が足りないな」と思う日が何度もあった。
でも、よくよく振り返ると、気合の問題じゃないことのほうが多い。
ただ、疲れている。
ただ、考えることが多すぎる。
ただ、始めるまでの摩擦が大きい。
それだけだ。
たとえば、note。
毎日書けるかどうかは、モチベーションの高さで決まっているわけじゃない。
「書くのがしんどくなる要素」を、どれだけ減らしているかで決まる。
書き始めるまでのハードルを下げる。
ネタはメモしておく。
完璧を狙わない。
疲れている日は短くてもいいと決める。
投稿の時間帯を固定する。
考えなくていいことは、最初から考えない。

これは全部、「やる気を出す工夫」じゃない。
「やる気を削る要因」を一つずつ消しているだけだ。
仕事も同じだ。
介護も同じだ。
気合で乗り切ろうとすると、必ずどこかで折れる。
50代になると、それはもう、はっきり体に出る。
だから私は、
「頑張る」より先に
「削らない」ことを考えるようになった。
疲れを溜めすぎない。
予定を詰め込みすぎない。
判断の回数を減らす。
気持ちをすり減らす場所に、長く居座らない。
これだけで、やる気は「出さなくても」残る。
続いている人たちは、
特別にモチベーションが高いわけじゃない。
ただ、モチベーションが減る環境を、少しずつ片付けているだけだ。
継続力について書いた過去の記事でも、
結局、同じところに行き着いている。
続ける人は、意志が強いんじゃない。
続けられる形を、先に作っている。
やる気は、ガソリンじゃない。
アクセルを踏む前に、穴の空いたタンクを塞ぐ作業のほうが大事だ。
50代になると、気合で押し切る日は続かない。
でも、削らなければ、意外と続く。
派手な自己啓発みたいに、人生は変わらない。
ただ、静かに、確実に、前には進める。
やる気は、出すものじゃない。
減らさないものだった。
いまは、そう思っている。

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