星降る夜のセレナーデ 第54話 沈黙の指揮者
10分程経ったので、恐る恐るスタジオを覗いてみる。先生はボールペンをタクトの代わりにして、目を閉じてレンガの壁に向かいまるで指揮者のように振っていた。
俺はリビングへそっと戻って来ると状況を美夜子さんへ報告する。
「そう、じゃあもう少し待ってあげてね」美夜子さんはお茶を出してくれた。
「ただいま〜、おやつ!」志音ちゃんが帰って来る。
「どうしてただいまの後直ぐにおやつなの?」美夜子さんが眉を寄せた。
「だってお腹すくんだもの」志音ちゃんは唇を尖らせた。
志音ちゃんは鞄をソファーに置くと、直ぐに椅子に座りおやつを食べる体制になった。
美夜子さんは呆れた顔をしながらも、直ぐにおやつを出している。
志音ちゃんは食べながら俺を不思議そうに見た。
「モヒくんどうしたの?」
「実は…………」俺は状況を説明する。
「あれはとーたんの癖だよ、心配ないよ」志音ちゃんは笑った。
「そうなんだ……………」俺は考えながらも頷いた。
「目を閉じて指揮をすると、それぞれのオーケストラパートが音を出してくれるんだって、だからとーたんはそこからアレンジのアイデアを貰ってるんだよ」志音ちゃんは説明してくれた。
「そうなんだ、先生はすごいなあ…………やっぱり天才だ」俺は感心する。
「そうかしら、天才ならそんな事をしなくても良い曲がサラサラ書けるんじゃないの?」美夜子さんは少しだけ笑った。
「とーたんは不器用だからねえ」志音ちゃんも笑った。
美夜子さんと志音ちゃんは笑いながらも、先生を理解しその才能をしっかりと認めていることが伺える。俺は素敵な家族だと改めて思った。
俺はもう少し待つ事にして小池さんへ電話をかける。
「すみません、教えていただきたいんですが?」
「私でわかる事なら」受話器の向こうから優しい返事が帰って来る。
俺は音が馴染まない事を聞いてみた。
「そうですか、アナログからデジタルになるとその壁に当たるんですよね。対策で思い当たるのはリバーブ等で空間を作ってしまう事もその一つだと思います。トラックに余裕があるのでリバーブをかけたトラックを別に作ってはいかがですか?ステレオの空間をいくつも作って重ねる感じです」
「なるほど、そんな使い方ができるんですね」俺は感心した。
「それから、真空管シュミレーターを使ってみるのもアイデアの一つです、エフェクターに入ってるので是非使ってみてください」
「はい、解りました、早速試してみます。ありがとうございました」
俺は丁重にお礼を言って電話を切った。
「真人くんはとっても真面目なのね」美夜子さんが微笑んでいる。
俺は頭をかきながらスタジオへ向かう。志音ちゃんがニコニコと手を振ってくれた。
