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第三回 あたらよ文学賞 一次選考結果発表


【一次選考通過作品について】

あたらよ文学賞選考委員会による厳正な選考の結果、応募作品340作品のうち、下記44作品一次選考通過としました。(到着順・名前はペンネーム、敬称略)
この後、二次選考及び最終選考を行い、受賞作品を決定致します。

※選考過程に関する問い合わせには一切応じられませんのでご承知ください。



Nの追跡 〜井頭ともこの日記〜 / 風丘春稀
水槽の夢 / 佐藤相平
レシピは嘘をつきかねて / ながやまれいこ
雷電爲右エ門vsフランケンシュタインの怪物 / 梧桐彰
あの日のポッピングシャワー / なわしろスピノ
君の嘘に、恋をしたい / 坪井聖
ゾウは嘘つき / ちくわノート
ここから先は、 / 夜市川鞠
天蓋の封 / 蛯原テトラ
カラーズ / 丹路槇
槇原弥助の告白 / 白木楽
真実 / 水瀬文祐
春花爛漫譚  / 守崎京馬
地図のない国 / 我妻許史
幸せな―40 / 夏凪空
二面性彼氏 / けろこ
実践哲学のマルジナリア カントは年下おじさんにどう対処したか / 簓木周
トビウオクロニクル / 瀬川雨読
鵺の可食部 / 葉月氷菓
コイスルジルコニア / 鳥辺野九
真菜ちゃんはかわいそうでかわいい / 曾根崎十三
あの日燦然と悔を / 森山満穂
首吊り男のカーニバル / 飯田太朗
ダブルフェイス・ベトナム / 戸成一翔
母の残り火 / 夏原秋
迫りあがって、極彩 / 新田よう
清算 / 倉海葉音
月にうそぶく / 今福シノ
ノンフィクション / 床井瑞己
犬は吠えているか / 小山征二郎
ある家のタカラ / 木田あゆみ
未完論稿、あるいは、B県J谷村に於ける明治初年の切支丹に就て / 瀬早トキモツ
センチメンタル・ジャーニー / 北原岳
残花 / 星空
XりXり / 自由一花
夜を咲く花 / 橋爪志保
白蛇 / 聖
嘘を飛び越え踊るから / 奥津雨龍
インディペンデンスデイ / 三ツ星みーこ
泥沼 / まか
贋作 / 明日葉啓
秘密主義者たち / 鰐子
求嘘きゅうそ / 青のキカ
そらごと / Celery

【一次選考通過作品・講評】

Nの追跡 〜井頭ともこの日記〜 / 風丘春稀
モキュメンタリー形式で、子どもの失踪事件/福祉施設の闇に鋭く切り込んでいる。
短篇で大きなテーマを取り扱うことは難易度が高いように思えるが、筆致もよく、物語そのものの魅力に加え、展開力にも富んでいた。

モキュメンタリーが最後まで書けている時点で10000点です!!!!
この短さの中で作り込むのは大変だったと思うのですが、上手く構成されていてすごかったです。完全にノンフィクションの書き方に寄せた文章も洗練されており、飽きなく最後まで読まされました。
残された謎(数列など)については上手く考察できませんでしたが、そういった意味でも、もっとたくさんの人に読んでいろいろ楽しんでほしい作品だと思いました。

水槽の夢 / 佐藤相平
水槽の中でしか眠れなくなった友人と、主人公の秘密の関係性。
記憶や状況に齟齬があり、それが呪いとなって友人を苦しめているといった構成だが、主人公自身がどこか信頼できない語り手的な存在でもあり、夢とうつつを行き来している印象があった。仄暗い作品で、百合的な要素も相まって少女文学めいた読み心地。

二人の少女と幻想的で残酷な嘘のお話。
簡潔かつ淡々とした文体が少しずつ作品世界を構築していく様子が読んでいて心地よく、水槽で寝るというありえない行為に重ねられる少女たちの心理もリアルで惹き込まれた。いくつかの小さな謎が残る点も余韻を生み出していて上手いと感じた。

レシピは嘘をつきかねて / ながやまれいこ
英会話のレッスンをテーマに、自己を偽る嘘をつく主人公。だが、嘘の要素はそれだけじゃあなかった。多重に重ねられた嘘が上品で上手く、物語の中にきっちりと落とし込まれている。結末も驚きに満ちていて面白かった。

嘘をついていたことへの心苦しさに耐えられない、という描写は理解しやすい心の動き。それぞれの登場人物がそれぞれに対して優しさをもって接しているのは、作品の柔らかさに繋がる。
ただ、現実社会を舞台にした作品で、聖剣や極楽という名前はほかの単語を連想させがちなので、少々分かりにくさも感じた。

雷電爲右エ門vsフランケンシュタインの怪物 / 梧桐彰
伝説的な力士とフランケンシュタインの怪物をぶつけてしまうという奇想天外な物語。
北方領土を舞台とし、アイヌらが出てきたりと世界観も丁寧。登場人物らは朴訥で寡黙な人物ばかりだが、しっかりと心があって読み手の心にも突き刺さる。vsと書いてあるが、戦いではなくなにかもっと大きな、人間としてのあり方を垣間見た。
嘘の要素がやや薄い点が気に掛かるが、物語そのものが嘘といったところか。完成度も高く、非常に面白かった。

派生作品として、フランケンシュタインを題材とした映画や舞台は多く存在するが、こちらもそのひとつと見て良いだろう。
アイヌの地に移った元相撲取りの大男と怪物の交流を描く。物語の起伏はしっかりしており、破綻もない。王道の展開だが、アイヌの地にドイツ生まれの怪物がどのように流れ着いたのか、読者の想像を掻き立てるだけの奥行きがある。原典の隙間をついたのだろうか。面白く読んだ。

あの日のポッピングシャワー / なわしろスピノ
子ども目線から捉えた嘘をうまく描いている。
人前で喋らなくなってしまった主人公の女の子と、右手の指がない男の子のふたりの関係性や、男の子の父親の優しい目線が心に刺さった。

6歳の女の子の成長が、嘘のとらえ方の変化を通して情感豊かに描かれている作品。大人の事情は嘘ばかりで受け入れられない。そんな鬱屈が、友達との弾むようなピアノとポッピングシャワーというアイテムの効果的な取り合わせでパチパチと溶け去るシーンが出色。彼女の世界が広がる瞬間が、映像美を伴って脳裏に浮かんだ。

君の嘘に、恋をしたい / 坪井聖
がんの宣告から始まる物語。視点人物が交互に入れ替わることによって、互いの気持ちがひしひしと伝わってくる。病床につく彼女の、苦しい心を押し殺すように、辛い気持ちを隠すようについた優しい嘘が心に刺さった。

喪われつつある命に真っ向から向き合っている。病に向き合うことはいつだって辛く、苦しい。泣き喚いても絶望しても、結果として乗り越えることは難しい。
成人していない人間の命を題材にした作品は心に堪えますね。出来れば少年がこの死をどう乗り越えたのか、という様子も見てみたかった。

ゾウは嘘つき / ちくわノート
嘘をつくと鼻が伸びる、をモチーフとした物語。
嘘を見抜くことに長け、伸びた鼻を蒐集して飾ったりしている女性が主人公。そんな彼女の前に現れる、嘘を決してつかない男との駆け引きが面白い。伸びた鼻が実際に存在しているかのような、不明瞭で奇妙な状況を描いているにもかかわらず、しっかりとリアリティがあった。

嘘をついた人の鼻が伸びるのが主人公にだけ見える、という設定がユニーク。決して嘘をつかない同僚の鼻に執着する心理に、説得力があった。
彼に嘘をつかせるためだけに主人公がとんでもない嘘をついたこと、全く理解したくないのにちょっと共感してしまった。人の業を感じるお話だった。

ここから先は、 / 夜市川鞠
かたくなに信号を守るほどに善良な市民である主人公が、地獄に堕ちてひとを殺めたと言われてしまう。地獄の描写が細かく、状況や心理状態が手に取るようにわかる。非常に手が込んでいるが、少しだけくどい印象も。
終盤に救いにも似た種明かしがされると、一気に読み心地が変わる。一粒で二度おいしい読書体験だった。

すごく面白かったです!!!!
地獄の研究をしているというのがユニークだったし、それに対する理由付けに納得感がありました。わりと自己内省的で哲学的な結論に至るのですが、書き手のエゴの押し付けにならず、うまく共感を引き出しています。自己肯定感の低い人間なら、このお話がめちゃくちゃ刺さると思います。
嘘の使い方もよかった。主人公のついているであろう嘘とはなにか? 誰を殺したのか? と気になってぐいぐい引き込まれました!

天蓋の封 / 蛯原テトラ
旅の僧、覚慧が出会った西瓜を持った奇妙な女。豊満な肉体に色気をまとった彼女に取り憑かれたかのように、僧は彼女に惹かれてゆく。
彼女の傍にいた男から土地神の話を聞いたとき、事態は静かに、しかし確かに展開する。悲哀と狂気に満ちた物語。露悪的ではあったが、独自のケレン味がある文章が魅力的。

虚無僧が旅の途中でひとりの女性と出会い、徐々に狂っていく姿が、どろどろとした文体で綴られている。特に後半では、人間の欲深さ、醜悪さがストレートに表現されていたように思う。
どこまでが現実で、どこからが非現実なのかが曖昧になるような、不思議な読後感だった。

カラーズ / 丹路槇
シンプルなタイトルにそぐわない、冒頭から流れ込むような情報量。精緻な設定と確かな筆力を感じさせる。
クリアとカラーズというタイプの違う人間同士の、人種差別と戦争を模した構造。色を使った暗号や、ネーミングセンスもいい。長篇のワンシーンを切り取ったようだったが、うまくまとまっていた。

管理され、迫害されるカラーズと、それを管理するクリアの側。少々観念的で曖昧な描写が多いように感じたが、カラーズの少年が安住の地を求めて彷徨う様は心を打った。

槇原弥助の告白 / 白木楽
庭師の息子として生まれた主人公が、お屋敷の旦那様の息子と心を通わせる。彼の手から現れる謎の糸や、桜の神木、奇妙な大蜘蛛の存在が物語の雰囲気を高めている。不可思議な空気感が漂うミステリ。

少年の嘘が、友人の未来を喪わしめた。そうなった原因も、結果も、混乱も納得のいくもの。彼がこの物語の後に歩んだであろう悔恨の日々も、容易に想像できるつくりだった。実に面白かった。

真実 / 水瀬文祐
身体の八割が作り物の真実や、明日亡ぶ国。なにが本当でなにが嘘かわからない世界の中で、虚構と真実の狭間でしたたかに生きる主人公を描く。
終盤、郷愁に引っ張られそうになる彼が、あくまでも前を向いて進んでゆく姿に胸を打たれた。

夢のように美しく切ない物語だった。
作り物の体を持つ真実の心や言葉、静かな語り口から滲み出てくる主人公の感情は確かに本物だ。時を経て、主人公は過去の別れの記憶を痛みとともに解放する。
彼の新たな人生の幕開けを祝福せずにはいられないラストだった。

春花爛漫譚  / 守崎京馬
権力者が亡くなったあとに遺された未亡人と付き人の悲しき運命を緻密に描き出す。オーソドックスな物語ではあるが、美しい文章が小説のクオリティを底上げしている。特徴的な慣用句遣いが光っていた。

大正末の東北。春の花の絢爛、女性の陰のある優美、虐げられるもの同士の辛苦が、震えが来るほどの周密さで描写されています。
桜の下に鬼がいる、という設定なのですが、情念に満ちた悲しみの中に現れる鬼とはこういうものか、と納得感がありました。文章表現のある種の極致を見た気分。

地図のない国 / 我妻許史
地に足のつかない物語。不条理文学というか、文学の概念だけ抽出したというか……あたかも神話のような読み心地。
正直なところ、意味はあまりよく掴み取れなかったものの、奇妙な引力があって強く惹きつけられた。

不条理SF。無職になってから「身の回りでおかしなことが増えた」という始まり。SFならではの面白さを、センスのあるモチーフが底上げしてくれる。
「おかしなこと」として冒頭にあげられるいくつかの違和感(ハリー・フーディーニのポスターについてとか)が好み過ぎて期待が高まる。そのまま一気に読了。
作者自身が設定を存分に堪能し、愉しんでいるとわかるし、読者を喜ばせたいという気概も感じられる。高い評価をつけた。

幸せな―40 / 夏凪空
嘘をつくと自分だけに見えるカウントが減っていってしまう血筋に生まれた主人公。主人公が物心ついたころに、彼の父はマイナス40だと聞かされる。正直に生き続ける主人公と、やがてあらわになる彼が子どもを授かったころの事実。仕掛けが面白く、アイロニーに満ちた作品だった。

「嘘を吐いた回数分だけマイナスカウントが進み、その年数分の寿命が縮む遺伝性の体質」という設定が素晴らしく生きていた。
嘘を吐かないよう心がけていた主人公が、それでも大切な人の笑顔を守りたい一心で嘘を吐いたことに、好感を抱いた。家系にまつわる「もう一つの秘密」を知ってから、我が子と向き合おうとする彼の姿がまた良かった。
父が余命宣告より一年早く亡くなった理由が最後に分かる仕掛けも見事だった。

二面性彼氏 / けろこ
女装が趣味だが、性自認は男性の主人公が、電車で痴漢にあったときに助けてくれた男性に惹かれてゆく。発想はユニークだが、文章や台詞回しは落ち着いており、突飛な印象はなく地に足のついた物語に仕上がっていた。終盤〜顛末もいい塩梅で好印象。

このお題でこうくるかと思わず唸った作品でした。
主人公は男性だけど女装が趣味。話運びも文体もテンポよく、キャラクターもそれぞれ好感を持てます。中盤の変質者に対する主人公の「可愛いを侮辱するな!」という叫びにこちらまで胸が熱くなりました。女性読者の多くに刺さる作品ではないでしょうか。

実践哲学のマルジナリア カントは年下おじさんにどう対処したか / 簓木周
哲学者カントと教え子のひとりで哲学/文学者のヘルダーとの会話劇。
難解になりそうなテーマを軽妙なタッチで描いており読みやすい。当時の風景や生活習慣なども自然と描写しており、思想や学術のくだりも含めて学びになった。

1786年ケーニヒスベルクが舞台。年下の謎の男に追われるカント。
序盤から緊迫感とおかしみがあり、話に引き込む力が強い。やや情報量過多の印象があるものの、一方で、それらはこのユーモアあふれる世界観の構築に必要なものであるとも感じられる。カントとヘルダーの年相応のかわいげがいかんなく表現された、西洋史に対する「好き」があふれる労作。

トビウオクロニクル / 瀬川雨読
バンドマンの歌う、本気を出せばトビウオは東京タワーを飛び越えられる、という歌詞がバタフライエフェクトのように人びとに影響を与えてゆく物語。小さなトビウオの羽ばたきが、さまざまな状況を好転させてゆく様が見事だった。

複数のストーリーが円環構造になっている点そのものは目新しくはないかもしれないが、「嘘」というテーマの巧みな扱い方が作品を一段高いところへと昇華させている。文章力も高く、登場人物たちすべてに血が通っていて嘘がない。とても良かった。

鵺の可食部 / 葉月氷菓
転校してきたクラスメイトは角が生えた女の子だった。どうやら彼女は鬼らしい。
出オチのような始まり方だが、特別な存在に憧れを抱く主人公の精神構造がありありと描かれており、物語の構造も丁寧でリアリティがあった。文章も非常に綺麗で好み。

少女たちの痛々しくも美しい友情の物語。
読み始めた当初は小学生の一人称にしては随分大人びていると違和感を覚えたが、読み進めるごとに胸を抉られるような濃密な描写にずぶずぶと引き込まれていった。傑作。

コイスルジルコニア / 鳥辺野九
電子人格との婚姻が可能となった都市。人気絶頂のヴァーチャルアイドルに婚姻を申し込んだのは、環境制御AIだった。
AIに関する種々の情報や、存在しないのにそこにあるかのように描かれた電脳空間など、世界観の作り込みがよい。終盤の展開も、ここまで描いてきたことが集結し、派手な演出も相まって面白かった。

完成度が非常に高いです。仮想空間の中の光景が色鮮やかに私の脳内で再生され、そこで生きる(?)存在たちの生命の息吹を感じました。
哲学的なラブストーリーで、理屈っぽさの中に青春があります。ラストも大団円ハッピーエンドで、みんなが望むものを見た、という素敵な終わり方でした。

真菜ちゃんはかわいそうでかわいい / 曾根崎十三
ふたりの女による共依存的な関係性。可哀想な貴女と一緒にいるわたしって可哀想だよね、的な空気感をねっとりとした文章で表していた。
中盤以降、真菜ちゃんとの関係が判明して以降、物語は気持ち悪さを加速させる。相手を可哀想と称することで相手より少しでも優位に立とうとする醜悪さや、それでいて変わらない、ままならない現実を見事に表現していた。

最初読み始めた時は、女の子同士のヤバい共依存の話なのかな、と思ったのですが、読み進めていくともっとヤバい共依存の話が展開してびっくりしました。
改行が少なすぎるのも、真菜ちゃんと菜々美ちゃんの狂気を表現するためには必要な表現だったのかも。この先どうなるのか、気になってたまりません。

あの日燦然と悔を / 森山満穂
体調不良のために会社をしばしば休む同僚。彼女が長期休み中に買い物をしているところを目撃した主人公は、嘘を吐いていると確信する。
信頼から疑惑へと主人公のきもちが傾いてゆく様が見事に表されている。終盤以降の展開も面白く、意外な結末まで興味深く読めた。

病気で休んでいるはずの同僚が買い物をしているところを目撃した主人公の複雑な気持ちが描かれた作品。
誰もが多少は持っているような黒い部分が上手く可視化されている。丁寧で繊細な文体ということもあり、主人公の目線で物語に没入できたため、ラストで突きつけられる結末が、より絶望的に感じられた。

首吊り男のカーニバル / 飯田太朗
図書館の本が人格を持つ世界。
本たちが楽しくお喋りをする中、そのうちの一冊である『首吊り男のカーニバル』が落っこちて死んでしまう。状況からすると自殺のようで……彼の死を調査する過程で出てくるさまざまな本や歴史などから、筆者の知識の幅を感じられる。
オチや大オチも奇想天外ではあるが腑に落ちる。非常に面白かった。

私設図書館を舞台に、主人公と意思を持った本たちが繰り広げるファンタジー色の強いミステリー。とある本が自殺をした謎を追う話で、その真相が主人公の苦悩と重なってくる仕掛けが素晴らしい。
設定や状況を詳しく説明しすぎないことで、物語の雰囲気が上手く作られている点も好印象。

ダブルフェイス・ベトナム / 戸成一翔
ベトナム、サイゴンにてジャーナリストに就いていた主人公は、虚構をしたためることに怒りと苦しみを覚えていた。工作員に転身しハノイに潜入した彼は、思い描いたものとは違う現実に懊悩する。その過程で幾重にも重なってゆく仮面。
歴史のはざまで確かにいたであろう人物に光を当てて、ベトナムの光と闇と、主人公の多面性を鮮やかに描き出していた。

ベトナム戦争下のスパイ、という題材で「嘘」に真正面から挑んでいることに好感を持った。理知的な文章で、非常に真摯に描かれた完成度の高い作品。時を経て主人公が悟った真相も大変美しい。

母の残り火 / 夏原秋
爆発、ということばを何よりも恐れる主人公とその母。ふたりを見つめるやさしげな父。一見ふつうの家庭だが、どこか危うい雰囲気を感じさせる。
後半、恐れていた爆発が起こったあとに展開してゆく物語が面白かった。

7000字に満たない短い話だが大変に面白かった。母と娘の関係という日常的な要素と、爆発という非日常がとてもうまく絡み合っており、最初から最後まで熱中して読めた。ラストも最高。強く推します。

迫りあがって、極彩 / 新田よう
這い上がっても這い上がっても奈落の底から追いかけてくる「書きたい」というきもち。結婚をして主婦となり、子どもを授かった主人公と、学生時代に交流のあった天才肌の友人との接点。
書くものと読むもの、普通と普通ではないものの境目を情熱たっぷりに描いていた。

書くことの楽しさ、評価されないことの辛さ、それでも書くことを捨てきれない苦しさ。書く側としては、どうしても感情移入をせずにいられない、そんな作品でした。
自分に嘘をつくことへの苦味。そして自分のふがいなさへの反発と、それでもなお作者としての主人公を愚直に信じ続けた友人との友情。堪能しました。

清算 / 倉海葉音
AIを用いたフェイク動画に巻き込まれる主人公の友人。そこには驚くべき陰謀がかけられていて……
過去は、忘れたつもりでも、綺麗にしたつもりでも追いかけてくる。物語の切り口が鮮やかで、自らを省みる機会を与えてくれる作品だった。

かつて虐められた人間による復讐。一見それは確かに正当性のあることのように見えます。しかし、それは別の角度から見たら新たな被害者を生む別のいじめという側面を持ちます。
虐められた人間が恨みを忘れないのも事実、機会を見て復讐を目論むのも分かる。この形での復讐にはあまり共感できませんでしたが、作品としてはよく出来ていると思いました。
最後に心からの謝罪、と書いてあるのも含めて、誰もが自己満足の中で動いている。嘘というお題に、非常にマッチしていると感じました。

月にうそぶく / 今福シノ
かわいいものが好きな男の子と、かっこいいものが好きな女の子。ふたりはお互いのものを交換することで、所有欲を満たし、自身の心に折り合いをつけていた。
中盤以降、関係性が変わってしまう出来事があり、道を違えることとなったふたり。すきなものを好きと言えない苦しさや、互いのすきを知れる喜びに満ちた物語。

自分の好きなものを好きと言えない小学生の二人。
幼い二人が選択した『自分の本当に欲しいものの交換』が引き起こした事件に、心が屈折するのは当然のことだったのかもしれません。主人公は本当に彼女のことを好きだと思っているのか。嘘とはどこからどこまでなのか。とても考えさせられるラストでした。

ノンフィクション / 床井瑞己
世の中の色々なことの引っ掛かりを文章にしているライター。
自らの普通に生きていきたいという気持ちに嘘を吐いて、皮肉げな文章を綴り続ける彼の姿に惹かれる。ややメタ風の構造も面白かった。

面白い構成の作品。斜に構えた、自分に嘘をつかないスタンスで記事を書く平田の一人称視点が秀逸。麦の一言をきっかけに物の見え方が変わる瞬間の、鮮烈な感覚をリアルに追体験できた。……などと思っていたら、最後に麦こそがこの「フィクション」の作者であることが明かされ、驚いた。
世間の空気に合わせて表面を取り繕い、自分に嘘をつきながら生きることへの疲弊に、深く共感した。最後の1行まで素晴らしい。自分自身を顧みたくなる作品。

犬は吠えているか / 小山征二郎
突如として現れた映画界の巨匠。映画祭の主演男優賞を受賞した俳優を育てたと言われる彼のことを、門下生視点と本人視点から掘り下げる。
前半と後半で空気感ががらりと変わるのが面白い。コミカルさの中に確かな文章力を感じた。

騙されました……! おい! なにを読ましてくれてんねん! おい!
視点の変更が効果的で、前半の演劇への情熱伝わる精緻な描写には引き込まれました。しかし問題は後半。徐々に明かされるとんでもない嘘。えっ、前半までの感動は……? どういう感情したらいいねん。すっかり騙されました。
気持ち良……くはありません。だっておそらくこのラストは応募作品中最低の後味だと思うからです。いや、後臭……と言ったほうが良いでしょうか。
それ以外は文句なしに面白くて、正直、悔しいです。

ある家のタカラ / 木田あゆみ
拾われ猫の視点から、家族の姿を描き出す。再婚をし、信頼を再び築いてゆく過程である家族の、各々の心模様が巧みな筆致でうまく描かれていた。あっと驚くラストがスパイスとして効いている。

わあああん!! か、かわいい……泣 1000000点!!!!
猫さんによる語り口調がコミカルでありながらも優しく、なによりさりげなく丁寧に周囲の人間の心情描写をおこなっているため、読者もこの家族のなかにすっと溶け込んでいくことができました。
作中の家族は、少し複雑な事情は抱えているもののわりとリアル寄り。一方で最後にミナのついていたある嘘はある意味ファンタジックなものでした。そのあっさりとした明かされ方も含めバランス感覚が絶妙で、終始心地良い読み味でした。

未完論稿、あるいは、B県J谷村に於ける明治初年の切支丹に就て / 瀬早トキモツ
B県など、地名こそ架空ではあるが、九州地方の切支丹をモチーフとしたと思われる物語。
現地調査の模様が描かれており、隠れキリシタンの苦労が偲ばれる。多層的に隠された、歴史の波に翻弄された彼らの悲劇が垣間見えた。ディテールの精緻さに筆者の確かな知識が伺える。

伝奇風ミステリーという分類が正しいかどうかわからないですが……独特な描き方ゆえの硬い文体ではあるものの、細部への配慮と完成度の高さで読みにくさを補っているのが凄かった。
物語にテーマを絡めてるか、という点で言うと、もう少し「嘘」を起点にして起伏がわかりやすかったりキャラクターが立っていても良いのかもと思う反面、でもこの最後まで淡々としたリアリティこそがこの作品の持ち味だとも思い、悩ましいです。

センチメンタル・ジャーニー / 北原岳
沖縄の離島で起こった転落事故。その後、大人となった彼は女性の格好をして過ごしている。
沖縄の空気感や雑多さの中で生きる主人公の心模様を鮮やかに描く。ジェンダーの壁を越えようとしたときに再び立ちはだかる堅牢な壁の存在にハッとさせられた。

LGBTの要素を取り入れつつも、自分に嘘をつきながら生きてきた人間と、その家族や恋人との関わりを描いたヒューマンドラマで、読みやすかった。
同居人男性からのフラットな視点で描かれるところもよかったです。キャラクターに魅力があるので、長尺で掘り下げた物語も読みたいと思いました。台詞回しが良くて、メイが自分についてきた嘘を吐露するシーンにはぐっときました。

残花 / 星空
容姿端麗の兄の隠された素顔に迫る。読み進めるにつれて明らかになってくる、倒錯した性癖や周囲の人びととの関係性。文章も美しく、仄暗い物語にしっかりとマッチしていた。

前半は、良家の長男の事情を胎違いの妹視点から追う。妹の一人称となっているが、三人称とした方がより自然であったかもしれない。犀川家の屋敷の空気感が行間に漂っていてよかった。閑けさのなかに生まれたざらついた小さな音たちが耳に届く。
最後の「決心」は誓いとして美しい。よいタイトルだった。この方は長編を書かれるだろうか。先が楽しみな作家さんです。

XりXり / 自由一花
かつて文芸部だったものたちの、言葉遊びや感情の共有。郷愁と展望を同時にやってのける展開は面白く、登場人物らの描き方もよかった。私自身にも確かにあった気がする、存在しないはずの記憶が呼び起こされた。

大変面白い設定で、導入部から引き込まれる。ネーミングセンスもいい。何気ないやり取りの中に、はっとさせられる言葉が幾度となく重ねられていく構成が巧みだった。くすっと笑える瞬間もあり、何度でも読み返したくなる。すごくいい。
二人の間だけに留まらない、言葉の漂いゆく先が底知れぬ、心高鳴る青春小説だった。

夜を咲く花 / 橋爪志保
大学生の自主制作映画サークル。少し背伸びをしがちな、自意識の高い登場人物の造形がよい。
映画の主演を務める花夜と、脚本を書いた主人公のやわらかな関係は、中盤に起こった出来事により決壊してしまう。身勝手で愚かな若者らをうまく捉えており、後味の悪さも含めてよい物語だった。

大学生もの。美しい女友達への恋情と、自分の創作が世に出るという誘惑との間で、倫理や誠実さを問われ、思い悩む主人公の心理がこまやかに伝わってくる。
夢と恋愛を天秤にかけたとき、恋愛に対してそこまで熱心になれなかったという、いずれ忘れ去っていく学生生活のささやかな一幕が、主人公の淡い虚しさを通じて、品よく心に残る。

白蛇 / 聖
官能的な書き出しから始まる、映像作家と助手との物語。
余命わずかな作家の最後の作品づくりを手伝う助手の苦悩や、作家と診療所の医者との関係性などが薄氷の上で成り立っている。作家が亡くなった後の助手の気づきがどこか虚しく、悲しく、やさしい。

先生とその助手である主人公。死の間際だった先生に主人公がついた嘘は最低で、でもそうさせたのは間違いなく先生自身だった。
先生が主人公をどう思っていたのかを知りたかったと思いつつ、先生の大事にしていた蛇を託したことが答えだったのかもしれないとも思う。毒を持っていないと、先生は嘘をついた。主人公が逃がし噛まれることをわかっていたのか、それとも蛇に怯える主人公についた優しい嘘だったのか。その答えは先生しかしらない。

嘘を飛び越え踊るから / 奥津雨龍
職業ダンサーとなった主人公の前に、高校生の時に亡くなったはずの友人が現れる。そこから、高校生活を思い出す彼女。高い自意識や卑下する気持ち、友人との距離の取り方など、主人公のこころの動きを綿密に表現している。終盤の手紙のくだりもよかった。

故郷に帰省した主人公を出迎えたのは、高校時代に死んだはずの友人だった……冒頭からとても引き込まれ、続いて語られていく二人の過去にも惹きつけられた。
「学校にいる時間を過ごすためだけのグループ」などの言い回しからも、本音を語れない場所で過ごす窮屈さが伝わってくる。「嘘」というテーマに対するアプローチも素敵だった。

インディペンデンスデイ / 三ツ星みーこ
仕事を辞めた主人公は、友人を誘ってルート66へ飛ぶ。余裕のない主人公に対し、飄々とした雰囲気の友人だったが、中盤以降に判明する事実が印象をがらりと変える。迷走するふたりの、しかしどこか強かな、明日を感じさせる物語。

実にスタイリッシュな現実からの逃避行、といった雰囲気でした。
男女の友情とはこうあるべきなんじゃないかな……と思わせる一作。彼らはここで充電して、また耐え難い現実に戻るのでしょう。この日々の思い出を胸に。そしてまた疲れ切った時にはきっと互いを誘うのだろうなと。爽やかでした。

泥沼 / まか
役に憑依してしまう俳優の物語。共演者殺しと言われる大御所女優との二人芝居を経て、彼は一皮も二皮も剥ける。周囲の人間も含め、役者揃いといった具合。滑稽さと執念が入り混じった作品だった。

演劇はそもそも嘘からスタートする題材だ、ということを痛切に叩きつけてくる作品であるように感じました。上手い。泥沼という表題も良い。出演者たちのこの先をただただ知りたくなりました。

贋作 / 明日葉啓
早世した芸術家の贋作を描くことを依頼された主人公。大戦後の据えた空気感や、芸術家同士の関係性がまざまざと表現されている。骨太な内容で文章や設定もよかったが、背景をもう少し描写すれば一層よくなったかもしれない。

喪われた才能が遺したものを救うために、贋作つくりに手を出す。過去、贋作作りに手を染めた人の中にはきっとそういう意図を持っていた人もいたに違いない。そう思わせる説得力を確かに持った作品でした。

秘密主義者たち / 鰐子
おばあちゃんの介護をする孫娘。物忘れが多くなり、娘や孫のことを忘れてしまった老人と孫との関係性は、次第に明らかになってゆく真実により不気味な空気を孕んでゆく。
合間に詩を差し込んだ実験的な構成で、夢現となる現実を複層的に描いている。行間を読む必要はあるものの、文章もよく構成もしっかりと練られており、非常に秀逸だった。

詩を綴る少女と、徘徊する老婆の物語。文章がリズム良く配置されていたが、ただ読みやすいだけでなく、独特な言葉選びが不思議な感覚をもたらしている。『優しさ』という言葉の解釈が面白かった。
嘘が二重にも三重にも絡み合う終盤では、思わず最初から読み返したくなるような仕掛けもあり、完成度の高い作品だった。

求嘘きゅうそ / 青のキカ
売れない漫才コンビと親しくなってゆく物語。台詞の掛け合いや構成がよく、面白く読めた。
求められるように嘘を吐いてしまう主人公の愚かさや、それに乗っかってしまう芸人らの哀愁が漂う。

主人公の年齢は明らかにされていませんが、まさしく青春ではないですか!
芸人という特殊な設定でありながら、誰かに注目されたいという普遍的な欲求を表現していて、共感できます。ありそう、と思わせてくれます。嘘というテーマもうまく使いこなせており、非常に完成度が高いです。

そらごと / Celery
SNSで繋がった男性と初めて会う主人公、虚栄心を隠して娘に嘘を吐く母、外で女の人と手を繋ぐ父。それぞれの出来事が重なり合って、家族の絆が少しづつ壊れてゆく様が描かれている。登場人物らの心情や舞台設計にリアリティがあった。

SNSで知り合った男に会いに行く受験生の少女の視点で描かれた物語。
心情描写が細やかで、見ている景色や感情を、主人公の少女と共有しているような感覚になった。たくさんの“嘘”を浴びた彼女が、“本心”を伝えようと一歩を踏み出す爽やかなラストが印象的だった。



二次選考の結果発表は9月末ごろを予定しております。

【惜しかった作品について】

一次選考通過はならなかったものの、通過作品と遜色のない作品が多く集まったことから、「惜しかった作品」として39作品の講評を以下に掲載致します。



噓から出た実士準一級 / 山川陽実子
嘘の顔、本当の笑顔 / 木船凜
かなり正直者の弁明 / 唄辺マキ
サルスベリと虚ろな口 / 那木馨
透明な殻を破る / 紫冬湖
猫男と犬女 / 結城熊雄
嘘から出たマコと / 亜咲加奈
それでも空は嘘をつく / 季都英司
忘れ物屋 / 氷堂出雲
今夜は友だちの会話 / 才田リツ
ばいばい、れな姉 / 東城謙太朗
街から来た雨が。 / 入間しゅか
幻花抄 / 白川礼加
嘘と消失 / 蒔田涼
竪琴職人の秘めごと / 紺藤香純
束ねたのはあなたの嘘 / 小鳥遊要
エリシュと噓つきの悪魔 / 月見夕
宇宙のみなしご / 文波遊子
勇者と王冠。 / 豆ははこ
桃と、嘘と、そしてさよならを / きのみやはる
その味は蜜 / 羽涼
Mother / 藤崎千早
わたぬき / 橘花紅月
兄のスマホ / 髙岡しう
ゲット・アップ・ルーシー / 薄倉
ロシアン・カフェ / 冬崎桂
リープイヤーハートビート / 永津わか
#嘘からログアウトしました / 和泉タカユキ
コグボイド / うゆう
ウナギじけん / 乙島紅
赤と白 / 白川慎二
ドクターは生命の重みを知る / はやくもよいち
親殺しのパラドックス / 孫浦一京
さよなら、ソーダくん / 深山都
ムードメーカー / 祐里
真実を喰らうモノ / 瀬古悠太
三月のコオリヒメ / 坂乃水
エマの泡 / 喜多見歩
嘘つきなおんなの子 / 水島窯

【惜しかった作品・講評】

噓から出た実士準一級 / 山川陽実子
噓から出た誠、という誰もが馴染みのあることわざを活かして、嘘を本当にする資格にまつわる荒唐無稽なコメディに仕立て上げている。
発想が面白く、物語に勢いがあった。何が本当で何が嘘かわからないおかしみも感じる。

タイトル、冒頭から引きが強い。最初から最後まで徹底的にトンチキで素晴らしかった。主人公の「おじいちゃんの病気を治したい」という共感を誘う動機に始まり、生き別れの母と再会する?! という謎の感動のオチまで、終始勢いがすごかった。
「嘘を実にする」「嘘でない嘘は実にならない」という、言葉遊びのようなルールも面白かった。

嘘の顔、本当の笑顔 / 木船凜
書き出しがうまく、一気に物語の世界に飛び込める。
脚のリハビリから、新しいセラピストとの出会いを経て、物語は一気に反転する。主人公の懊悩する心模様や、子どもを捨てたときの思いが物語に奥深さを生み出していた。短いながらもしっかりと心を打つ、自らが立ち上がるための物語だった。

筆致が非常に丁寧です。まず最初の場面では、作者さんは当事者か福祉または医療関係者なのかな? と思うほどのリアリティ。続く若かりし頃のエピソードでは、読者の私も同じことを考えて/感じていたのかも、と錯覚するほどの心理描写。賛否両論ありそうですが、私は納得して読み進めました。

かなり正直者の弁明 / 唄辺マキ
立て板に水の如く、嘘を連ねる男子高校生の話。あまりにリアリティのない嘘の連続だったが、結果的に滑稽な結末を迎えることにより、軽妙洒脱で上質なコメディに仕上がっていた。

よくぞここまでと思えるほど、無理のありすぎる遅刻の言い訳の数珠繋ぎ。ほぼ野々田くんのセリフだけで紡がれる話なのに、教室の空気感も伝わってくるようだった。もう少しマシな嘘がつけるんじゃないかと笑いつつ、話がどこへ転がっていくのか、わくわくしながら読み進めた。
ラスト、まさかの不条理展開で最高だった。読了後にタイトルを見返して、確かにそうだな! と深い納得感を得た。

サルスベリと虚ろな口 / 那木馨
子どものときの林間キャンプで起きた肝試しでの事件を振り返るかたちで構成された物語。
登場人物らの様子や性格がありありと目に浮かぶくらいの解像度で描かれており、恐怖体験の中に潜む下心が透けて見える。文章力も十分で、仕掛けもあり面白く読めた。

物語中盤のハラハラ感が良い。構成がうまいと感じた。
語り口調がよく、するすると読み進められる。主人公が最初につく答え(嘘)に共感を持った。二番目につく答えが、本当に「本当」だったのか、はたしてそれも「嘘」だったのか。他にもいくつか、見抜けますかと挑戦を受けているような箇所があり、そういった構成自体にも面白さがあった。
語り口調を用いた真意が伝わる。後半の展開が異なるパターンも読んでみたい。

透明な殻を破る / 紫冬湖
ヒトと鳥の子が見分けがつかなくなるほど今とは遠くなった世界にて、空を飛ぶことに焦がれる子どもたちの物語。
閉ざされた空間で過ごす子どもたちや、彼らを育てる母らの奇妙で粛々とした生活の中、ひとりだけ飛ぶことを許されていない主人公の苦悩をまざまざと描いている。
設定や舞台設計が面白く大いに期待したが、結末が少しだけ雑に感じた。もう少しだけ詰め切ると完成度がより上がると思う。

読み終わって暫く経つまで、テーマが「嘘」であることを忘れていた。
独創的な世界観がしっかりと作者の中にあることが伝わってくる。こういったテーマ回収の仕方は好み。明かされない設定も残るが、描写力が高く、印象派タッチの絵画として切り抜きたいと思わせる情景が数多くあった。残酷で美しい。グリム童話にこういう話があった、といわれたら信じるだろう。

猫男と犬女 / 結城熊雄
ふらっと消えてしまいそうな絵描きの男と、感情的でひと懐っこい女。
ふたりのどこか一方的な関係性は、いかにもすぐに壊れそうで――女が感情をぶつけたあとの展開が面白く、絵に描いたような幸せが訪れる予感がする、と思ったのも束の間、事態がぐるりと反転する様は見事。皮肉めいた終盤の展開がよかった。

大人の男女の一目ぼれから始まった恋が、巧みな比喩表現を交えて描かれていた。
恋愛ものとしても面白く読めたが、終盤に二転三転する展開に感情を揺さぶられる。作中で存在感を放つ不気味な肖像画も、しっかりと伏線の役割を果たしていて、完成度の高い短編だと感じた。

嘘から出たマコと / 亜咲加奈
ステレオタイプな初潮の描写から、大人になった主人公を描いてゆく。そこから始まるゆるやかな不倫描写と不倫相手の子。女を消費されている、愚かな人びとが連なる物語に目を惹かれた。

実によく出来ている。愛憎が子どもにぶつけられない辺りも好印象。真子の子どもらしい厚かましさも含めて、キャラクターが生きていると感じた。

それでも空は嘘をつく / 季都英司
まるで作り物のように美しく、都合の良い空。その空に疑問を持った主人公は、空の塔へと向かう。そこで知った、世界の真実。
ファンタジーとSFがちょうどいい塩梅で組み合わさっていて、物語性もしっかりと高い。終盤以降の展開力もあり、面白く読めた。

素敵な発想の物語に数行で引き込まれました!
童話のような色彩豊かな情景が目に浮かびますが、なにやらこの世界には秘密があるようで、気になって最後までドキドキしながら読み進めました。リーリアの純粋な探究心と無邪気さがほほえましく、灰色の空が滅んだ世界だとわかるシーンは胸がギュッとなる感覚がありました。

忘れ物屋 / 氷堂出雲
忘れ物屋を舞台に、さまざまな人物が店を訪れ、自身や他者の想い、吐いた嘘に思いを寄せる。オムニバス形式で綴られており、ひとつひとつは掌編ではあるが、全体を通して空気感が一貫しており心地よく読めた。

『忘れ物屋』を営む店主と、己の忘れ物を求めて店を訪れる客たちのヒューマンドラマ。
客たちは多くを語らないにもかかわらず、それぞれの人生が自然と伝わってくる点が魅力的。整った文章も読みやすく、情感が込められていて素敵だった。寡黙な店主にも背景があるようなので、長編で読みたい作品だと感じた。

今夜は友だちの会話 / 才田リツ
芸術大学のアートグランプリを巡って、ふたりの気持ちが交錯する物語。
絵画と小説のバディで挑むコンテストへ挑む主人公と、彼女を通して見る相方の価値観の相違をうまく表現している。文章に美しさがあり、それでいて素朴な読み易さも内包していた。

芸術大学で毎年開催されるアートストーリーグランプリに「絵描きと文章書きのペアで挑む」という設定にまず惹かれた。
誰かと共に共通のゴールを目指すことで生じる摩擦が、丁寧な筆致で描き出されていた。冒頭の「美しいものが好き」という台詞から始まる告白にも引力があり、ラストを見届けてから読み返すと、読後の余韻がより味わい深いものになった。

ばいばい、れな姉 / 東城謙太朗
メイクをばっちり決めて、流行りの洋服をまとって、広告代理店に就職したと吹聴する主人公。妹分の憧れの存在でいなくてはいけないという強迫観念や、彼女自身の周囲を気にして窮屈に生きる心情などを丹念に綴っている。後半にかけて自らの吐いている嘘に押しつぶされそうになっている主人公に共感した。最後がやや放り出し気味だった印象で惜しい。

他人に対して人を偽ったことがない人は少ないと思う。よく思ってほしい、好きになってほしい。いろんな思いから人は他人に、そして自分に嘘をついていく。自分で作り上げたニセモノの自分にどんどんと苦しくなっていく主人公の姿は苦しい。けれど嘘を終わりにして自分自身として歩き出した主人公を応援せずにはいられなかった。

街から来た雨が。 / 入間しゅか
グリーンパンクと宗教を掛け合わせたような作品で、複雑な要素をうまく絡み合わせていた。ただ、やりたいことが多すぎて、短篇としてまとめるには渋滞を起こしている印象も。文章もうまいので、組み立て方を変えれば魅力が一層増すのでは、と感じた。

宗教の教えから実態まで詳細に描写されており世界観がしっかりしていると思います。ところどころぼかして描かれている部分は作者の意図するものなのだとは思いますが、ここをどう解釈するかが少々難しかったです。
説明的な部分が多く、モチーフもマニアックであり読み応えがあります。幾重にも想像を掻き立てる作品で、少女二人の逃走に至る流れがスリリングでした

幻花抄 / 白川礼加
美しい文章で綴られた幻想小説。目まぐるしく移り変わる映像が目にまざまざと浮かぶ。情報の出し方も巧みで、一瞬で意味がわかるように描かれてはいないが、インクの染みがじわじわと染み込んでゆくように満ちてゆく感覚。難解で物語性はやや薄いが、構成と文章に持っていかれた。

幻想文学として読んだ。とめどない言葉の奔流と美しく詩的な比喩に圧倒される。読者を煙に巻くような文章でありながら、濃密な世界が綻びなく貫かれている点に作者の確かな実力を感じた。
乱暴に触れるとばらばらに崩れてしまう宝石細工のような危うさがあるが、それを美点と見るか欠点と見るかで評価が変わる作品だろう。

嘘と消失 / 蒔田涼
湖の消失に伴って、過去に起きた事件が思い起こされる。
妻と夫のそれぞれの立場から明かされる嘘と真実。物語が進むにつれて、次第に判明する真実に驚かされた。文章もよく、描写力があった。

現代ドラマ。妻・美紀と、夫・健太の二部構成。夫婦ともに嘘をついている、という設定には真新しさはないが、とてもよくできていた。非常に丁寧な筆致で、驚きもしっかりあったので、高い評価をつけた。

竪琴職人の秘めごと / 紺藤香純
国王が変わり、養老院が建設され老人らが大切にされている王国。そんな世界で竪琴職人をしている主人公と、彼の元に毎日通い詰める女性との、絆の物語。
内政と市民の生活がキチッと結びついており、好印象。描写が細かく、しっかりと作り込まれていて、物語の中でキャラクタがちゃんと息をしていた。

嘘と言うには優しい温度を持った作品だと思いました。
古い異国の地での老夫婦が織りなす繊細な思いが小さな奇跡を生み出し、また二人の人生を追いかけることができ、とても良い読後感でした。各所に散りばめられたキーワードに本文学賞へのリスペクトを感じました。

束ねたのはあなたの嘘 / 小鳥遊要
通過儀礼をモチーフとした物語。儀礼の最中には嘘をつかなくてはいけない、というルールや十三歳となった主人公らの人間関係がうまく描かれている。それぞれのキャラクタも立っており、種明かしの箇所も面白かった。

自らの嘘を守りながら、残りのメンバーの嘘を見破り勝ち残って「聖域」まで登頂する。この十三歳に課せられる大人になるための通過儀礼の中で、主人公を含む四人(ほぼ三人だが)が勝ち残るため戦略を練り静かな戦いを繰り広げていく。一見すると残酷極まりない儀式だが、三人の性格や戦い方、脱落していく様は社会の縮図のようでもある。最終的に残った主人公の嘘に、残ったのが彼であったことに救われた気がした。

エリシュと噓つきの悪魔 / 月見夕
名前をつけてくれた少女と嘘つきの悪魔が織りなす物語。
童話のような読み心地で、世界観がきっちりと作られている。悲しさの中に確かな優しさが内包されていた。

オリジナルの姿を持たない封印されていた悪魔と、エリシュの物語。
ファンタジーの世界観を損なわない高い筆力で、読者に与えられる情景は美しく、大判のアートブックになればさぞや、と思わせる。自分は何者なのか、という問いと、展開には読ませるものがあった。
エリシュの過去についても軽く触れられているが、二つ名とは違って「無垢」に映るその性質がどのように育まれてきたのか、さらに考察したくなる魅力があった。

宇宙のみなしご / 文波遊子
自分自身のアイデンティティーに苦しむ主人公の物語。
蛙化現象をモチーフに、人生の端々で感じる苦悩を掬い上げて、うまく物語へと昇華していた。突き刺さるようなフレーズも多く、考えさせられた。

好意を抱いた相手に好意を向けられると嫌悪感を抱いてしまう「蛙化現象」と戦う女性の物語。綺麗事じゃない、いわゆる常識から外れてしまった人間の生理的にどうしようもない感情と葛藤を、見事に表現している作品だと感じた。勤務先のジュエリーショップで結婚指輪を買っていくカップルと主人公の心の内との明暗が、目の前で笑っている人ももしかすると――と思わせてくれる。

勇者と王冠。 / 豆ははこ
小さな村から無理やり勇者へと奉られたものが、聖剣を手にし魔王と対峙する。無事に魔王を倒した彼のかぶる王冠に隠された秘密が小気味良い。ひとよりも魔族の方が人情味があることなど、皮肉に満ちた物語だった。

倒した魔王からある〝呪い〟をかけられた勇者の話。
淡然とした筆致で、勇者の心の有様がストレートに読者に伝わり心地好く読める。最後の呟きにもぐっとくるものがあった。文節の区切りは短めで、改行も多いが、繰り返される言葉のチョイスは、くどくならずに効果的に用いられている。

桃と、嘘と、そしてさよならを / きのみやはる
人間の嘘を食べて生きる悪魔の女性が、ひとりの男性と親交を深める。そんな彼のまとっている嘘が、物語にじわじわと影を落としてゆく様は見事。中盤以降も展開力があり、結末までハラハラして読み進められた。

人間の嘘を堪能する嘘食いの女性悪魔と、嘘を纏い続けているとある男性の恋物語。じわじわと解かれていく謎と、迫りくる「もしかして」が切ない。思わず救いがあってほしいと願ってしまう、余韻のある作品だった。登場する果物が「桃」である理由がもう一押しあると、より深みを感じられそう。

その味は蜜 / 羽涼
広告業界に勤める主人公と、共感覚によって今後流行するものやことを味わうことのできる友人。ふたりの関係性は、友人の彼氏の存在によって引き裂かれそうになって……軽快な文章で紡がれた物語で、結末もよかった。

砂糖菓子みたいなお嬢様のリコや、その彼氏の健太に対する主人公の感情に、ものすごく共感した。中盤、二人にひたすら腹が立った分、最後の展開にはスカッとした。リコへの庇護欲や、共依存のような関係性の中にある、女同士の唯一無二の関係性の描き方が絶妙だった。

Mother / 藤崎千早
閉鎖空間に閉じ込められているふたりの女の子とマザーコンピュータ。外に出られない彼女たちを養うコンピュータだが、中盤以降にひとりの女の子が閉鎖空間から脱出することで、事態が急変する。閉鎖空間SFとして面白く読めた。

マザーと二人の少女の話。読者に対する設定情報の提示の仕方がとても丁寧で好感が持てた。アイテムの出し方(ブロックやドロップ)にセンスが光るし、二人の会話も魅力的。後半の展開は感動的だった。上限文字数にはまだ5000字ほどあるので、盛り上がるシーンを足せばもっとよくなる。

わたぬき / 橘花紅月
四月バカをモチーフに、宇宙人や魔女の話が飛び交う物語。
子どもたちに聞かせる童話としての宇宙人と、その保護者へ嘘をついたことを説明をするときの滑稽さが面白かった。ぬいぐるみの綿と四月一日を掛けているのもよい。

とある嘘が時を経て本当になる話。発想が面白く、文章も読みやすかった。物語の構造上、前半部で時代や場所がぼかされている点が若干気になったが、そこまで大きなノイズとはならなかった。

兄のスマホ / 髙岡しう
若くして亡くなった双子の兄。彼の遺したスマホに届いたメッセージから、次第に兄の素顔が見えてくる構成で、展開も面白く物語に力があった。根幹の答えをあえてはぐらかしながらも、明確に読み取らせる技術力も感じた。

母に愛されていなかったと気づいてなお、母のために嘘をつき通そうとする主人公の姿が切ない。結末がやや急なのが惜しいが、主人公の心理描写が丁寧で良かった。

ゲット・アップ・ルーシー / 薄倉
彼から極端なほどに管理された女性を描く。主人公の行動を、なにかにつけてロジカルな理由をつけて管理する彼。そこに隠された秘密を紐解いてゆく過程が面白く、管理をする彼自身の葛藤や自由を求める主人公の懊悩が描かれていた。

「神になる必要があったのだ」! 文章の端々から徹の支配したいという欲求が滲み出ていて、サスペンスのようで、怖いところがおもしろいと思いました。設定も構成も細かなところまでよく詰められています。
テクノロジーの発展とともにノイズが小さくなっていく現代社会への警鐘として受け止めました。

ロシアン・カフェ / 冬崎桂
ロシアをテーマとしたカフェや風俗など、現代的なモチーフ選びが光る。
戦争についてのエピソードをふんだんに織り交ぜながら、物語へと昇華させる手腕は好印象。今だからこそ描くことができる物語の力強さを感じた。

ロシア料理を提供している小さなカフェに通う女性の日常が、丁寧な筆致で綴られている。淡々とした語り口ではあるが、短い中に多様な感情が詰まっていて、読者側も色々なことを考えさせられた。強いテーマ性を持ちながらも、読ませるパワーがある重厚な作品だと感じた。

リープイヤーハートビート / 永津わか
乳白色の街で暮らす人びとを描く。どこか軟禁されているような状態の主人公と、なんでも出来る兄貴分の同居人。ディストピアめいた世界観の中で、主人公が一歩を踏み出したときに広がる世界と自身の身体の秘密には驚かされた。

地上から差すクリーム色の明かり、というイメージから世界観を想起させる書き方がとても良い。主人公当真の感情の流れ、雰囲気も全体的に好ましく読みやすい。真相はやや唐突に感じたが、空気感や当真と同居人宮の関係など、この作品の魅力が最後までしっかりと保たれていた。

#嘘からログアウトしました / 和泉タカユキ
プロゲーマーになりたい気持ちを抑えている主人公が、励まされて挑戦してみる物語。今の時世をきっちりと書き表しており、前を向く物語として書き上げられている。親子の関係性もいい。

嘘の矛先が自分に対してのものである作品は、おおむね作品の体裁として自分に対してついていた嘘を自覚し、それを捨てるという構成が多いように感じます。今回も構成上はその形から外れておらず、自分の嘘を自覚して新しい道を歩みだすという内容です。
自分のうっかりから嘘に向き合わなくてはならなくなったこと、そんな彼にも手を差し伸べてくれる誰かがいること。リアルにもWEBにもそういった誰かがいてくれるという救いが示されている本作は、読後感の良さが心に残りました。

コグボイド / うゆう
意識を持たない、ひとに酷似した生命体コグノイド。都市伝説に過ぎないはずだが、主人公のゼミの知り合いは「それ」とも思える雰囲気。終始曖昧な空気感で綴られる物語は奇妙で、読後感もすっきりとはしないが納得感もある。不思議な読み心地だった。

現代の魔女狩りのような話。事実よりも、周囲の人の印象や思い込みが正義となってしまう、社会の怖さを感じた。最後に主人公がうゆうの書いた文字を読み取れたシーンで、彼女の心の領域の中に入れたのだと救いを感じた。人同士の距離感についての表現で、いくつか印象的な文があった。

ウナギじけん / 乙島紅
夏休みの自由研究にまつわるドタバタ劇。父親と子どもの関係性が楽しそうでほっこりするが、あまりに父親が短絡的な点は気になった。とはいえ、コメディとして描かれているため、物語としては面白く読めた。

すごく面白かったです! ちょっと情けないお父さんが、息子のためを思って嘘に嘘を重ねて、だんだん追い込まれていく様がおかしくも、随所で挟み込まれる不穏な妻の挙動がハラハラとさせ、どうなるんだろう、と最後まで気になって読み進めました。最終的にこんな良い話になるなんて…! ちょっと感動してしまいました。
家族のあいだですらこんなに知らないことばかり。身近なところに嘘っていくらでも落ちてますよね。と改めて気付かされる作品でした。

赤と白 / 白川慎二
小学校のクラスメイトのハナは虚言癖だ。家にオオカミの赤ちゃんがいるらしい。その事実を確かめに行った主人公らが、鬼ヶ島と呼ばれている空き地へと誘われる。ポップな雰囲気の中で異様な緊張感を孕む展開は面白く、結末も曖昧で薄ら寒い。虚構と事実関係との塩梅が絶妙だった。

心地好く読めた。「鬼ヶ島」「があがあおじさん」「手の切れそうな草」「サンボー」など小学二年生の子供たちがいかにも好みそうな言葉のチョイスやオノマトペが効果的に使われている。
構成バランスも整っていて展開が気になり先を読み進めやすい。30歳になった青年の回顧録として、柔らかい余韻を残した。

ドクターは生命の重みを知る / はやくもよいち
医療用AIをモチーフとした物語。高度に発達したAIは人間との区別がつかない。設定のみならず、AIに産まれる感情/生命の描写が面白い。医療、生命倫理や生命そのものについての定義を揺らがす意欲的な作品だった。

安楽死疑惑のAI医師を調査する主人公の話。
「今より少しだけ先の未来」の医療機関のディテールがよく詰められており、脅威が真に迫る。主人公が診療を受けながらAI医師を尋問する心理戦部分には、思わず固唾を呑んだ。同設定で、シリーズで読んでみたくなる印象の作品。

親殺しのパラドックス / 孫浦一京
タイムトラベルをパラドックスをうまく使った物語。オーソドックスな作り方かと思わせながら、実験的な構成をしていて興味深い。世界が破裂するなど独自の視点もあって面白かった。

親殺しのパラドックスとタイムトラベルに読者の意識を向けさせておき、仕込んでおいた嘘を不意打ちで炸裂させる手腕に舌を巻きました。読者を驚かせ、楽しませようとするクールな意図を強く感じます。本当に世界が壊れたのか、主人公の知覚できる世界が壊れただけなのか、そのあたりが判然としない結末も魅力的。

さよなら、ソーダくん / 深山都
顔がモニターでできた転入生は、主人公の母が作ったアンドロイドだ。彼のことが受け入れきれない主人公に対し、あまり違和感なく受け入れているクラスメイト。アンドロイドに対する葛藤や、家族に対する思いがない混ぜになっているジュブナイル的成長譚。

ある日、アンドロイドがクラスに転校してきた。しかもそのアンドロイドは主人公の母親が作った“自称”人間だった。嘘をつけないアンドロイドたち。ひとりは答えないことを選び、ひとりはアンドロイドであるにもかかわらず嘘をつくことを選んだ。どちらにもきっと芽生えてたであろうアンドロイドには本来ないはずの感情が、とても切なく優しく素敵な物語だった。

ムードメーカー / 祐里
飄々として弱音を吐かない長兄が仕事をやめてからしばらく経った。二番目の兄である主人公はやきもきしつつ、家のためにバイトに精を出す。
ふたりの兄の優しさが心に染みる家族ドラマ。家族内の人間関係もよく、ほっこりしながら読めた。

素敵な兄ふたりの話でした。訳知りな妹と無邪気な三人の弟、母親。和やかな家の雰囲気と優しい嘘。こういう家庭こそ幸せなんだろうと思わせてくれる一幕でした。好きです。

真実を喰らうモノ / 瀬古悠太
移住先となる星を探している宇宙船の乗組員たち。道中、キャッチした信号の発信元に向かう彼ら。しかしそこでは事件が起こっていた。
惑星移住&未知の生物との遭遇をテーマとしたSF。面白く読めたが、類型が多いので、抜きん出るには+αの要素が必要と感じた。

宇宙空間で見つかった生物を排除しようとしたら地球に向かってしまった……という筋立ての作品を知っています。この作品は嘘を軸としているものの、同系統の作品と感じました。出来自体は凄く良いのですが、似たような作品を思い起こさせる点が気になりました。

三月のコオリヒメ / 坂乃水
物語の行間に存在しているはずの、小さいおじさん的存在の氷姫。現実にはいないはずの存在、物語には不要な存在であるそれを、氷食症を患う主人公の妻の比喩表現として用いている。職場で問題を起こし、現実の世界にもどこか馴染めない異端の存在を、静かだが強い筆致で書き記していた。

次々と明らかになる真相に翻弄されました。ラストの事件や手紙の内容にも驚きました。多重的な設定を書き切ったことは素晴らしいです。
ただ、読者側が藍花の言動をどう受け止めるかで作品から受ける印象がまったく変わりそうです。もう少し読者に与える印象をコントロールできるといいかもしれません。

エマの泡 / 喜多見歩
人魚とAIを掛け合わせた奇妙で面白い設定に惹かれた。童話のような世界観からSFへとシフトする展開が自然で、筆者の技術力を感じさせる。作り込みも良く、文章も丁寧で好感が持てた。

妹を喪った七歳の少年が未来から来た青年と出会ったことをきっかけに、滅びゆく世界が変わっていく。SFというジャンルの中では派手さはないように思えるものの、その分よく作り込まれた設定と読みやすさは素晴らしかった。時間を超えて二人がつながるラストも素敵で、爽やかな読後感だった。

嘘つきなおんなの子 / 水島窯
ナノマシンにより、嘘を吐くと不快感が現れるという設定が面白い。学校によって管理、監視をされる少女を描く。台詞回しがよく、リアリティがあった。後半の展開も面白く、彼女や学校が今後どうなってゆくのか、余韻のある物語だった。

嘘に反応するナノマシンを体に埋め込まれた子どもたちの集まる学校が舞台。教師や生徒たちの振る舞いや会話が自然で、本当にそういう科学技術が、そういう場所があるのではないかと思わされた。どう展開するのか予測のつかないストーリーで、最後まで緊張感を持って読めた。

第三回も、多くのご応募を頂きありがとうございました。

嘘というテーマが難しかったと思いますが、応募原稿はいずれも面白く、選考委員一同楽しく選考作業をさせて頂きました。
また、多くの感想も賜り、非常に嬉しかったです。励みになりました。引き続き、皆さまからの応援を頂けると嬉しいです。

ぜひ今後とも作品をお寄せください。お待ちしております。

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