自分を俯瞰して見ることは必要だが、冷静になりすぎてはいけない。
自分を完璧に客観視することは難しいが、なんとなく俯瞰して見ることはできると思う。
それによって、他者から自分がどう映るかを分析するのは、自分の欠点を直したり、振る舞いを考える上で非常に重要だ。
ただ、最近思うのは、あまりに冷静になりすぎるのも良くないということだ。
冷静になればなるほど、「自分が周りから“イタい人間”に見えているのではないか」と疑心暗鬼に陥る。
実際にそう思われているとしても、自分の好きなものや選んだ生き方を諦める必要はない。
自由に生きる風潮が広まる一方で
近年、“多様性”という言葉と共に、人々のライフスタイルや個人の趣味に対する世間の目は、以前より寛容になってきている。
たとえば、“オタク”という言葉は
かつてはロリコンや根暗、犯罪者予備軍など、負のイメージが付きまとっていたが、今では誰もがライトに“オタク”を自称できる世の中になった。

また、性別に囚われず男性がメイクをするようになったり
女性が生涯未婚を選び「子どもを作らない」と公言することも、以前より受け入れられるようになっている。
年齢に縛られず、自分の好きなことをし、好きなファッションを楽しむという価値観も広がってきている。(ロリィタファッションなど)
今や、「大人になるにつれ、身なりも落ち着いて、誰もが結婚して子どもを設け、男性が働き、女性が家事をする」などという時代では全くなくなった。
しかし、そんな多様な価値観や生き方が尊重されるようになった現代でも
ふと自分を冷静に客観視した時、「自分はヤバい人間に見えていないか」という不安がよぎることがある。
30歳という数字を前に冷静になりすぎる自分
私は今月末で30歳になる。
世間的には「おじさん」に分類される年齢だ。
にもかかわらず、子供のような形(ナリ)をして
いまだに子どもの頃と同じ趣味を持ち、子どもの頃と変わらぬ感覚で生きている。
セクシャルマイノリティである事もオープンにしており、結婚や家庭を持つ事などは頭の片隅にすらない。
働いて稼いだお金は自分の趣味や自己投資に注ぎ込んでしまえるため
ドピンクに染まった少女趣味全開の自分の部屋は、ありのままの“好き”を追求した結果だ。



私にとって最も心地よい空間だが、冷静に考えると、「30歳のおじさんの部屋にしてはヤバすぎる」という自覚もある。
また、美容室に23年前のw-inds.やジャニーズJr.、EE JUMPのユウキの写真などを持参して
「この髪型にしてください」と注文し
14歳の少年と同じヘアスタイルにしてもらっている自分も、冷静に考えるとキモいよなと思う。
(10年以上の付き合いになる仲のいい美容師さんだからこそ頼めるオーダーだ、実際は引かれている可能性もあるが。)

EE JUMP ユウキ(2001年)
世間は「良いじゃない、あなたの好きなように生きれば」と言うだろう。
むしろ、末端ではあるが、自分のような発信者の立場にいる人間が「いいんだよコレで、みんなもどう思われるかなんて気にせず好きなように生きよう」と発信していくべきなのかもしれない。
できる限り、自分が自分の好きな生き方を体現する事で、他の人にも自分らしく自由に生きる勇気を与えられたらいいなと思っている。
ただ、それでも、ふと冷静になってしまうと
自分で自分を冷めた目で見てしまいそうになる事があり
その度に心の中で「もうオジサンなのに、いつまでこんな事してんの」という声と「これが自分の好きな生き方だろ、年齢ごときで揺らいでんじゃねぇよ」という声がひしめき合って葛藤する事になる。
冷静になりすぎると、幸せが遠ざかる。
そして最近気づいたのが、タイトルにある
冷静になりすぎてはいけない ということだ。
少し盲目なくらいの方が、自分の好きなものに情熱を注ぎ続けられるし、幸せなのではないかと思った。
心の中の熱を自ら冷ますようなことをしてはいけない。
それは、自分から幸せを遠ざける行為に等しい。
自分を俯瞰して見ることは大切だ。
だが、冷静になりすぎて、自分の好きなものや生き方や大切にしてきたものを否定してしまうのは違う。
自分を客観視しつつも、自分を蔑視しないこと。
そのバランスを保ちながら生きていくのが大切だと思った。

胸を張って可愛いものを愛でていく
(ᓀ ̫ ᓂ)
追伸

現在の令和7年トレンドスタイルと
たまたま一致していたらしい
(平成男児を狙ったつもりでいたが
世間でも平成男児ブームなのだろうか)
いいなと思ったら応援しよう!
閲覧者様の任意でチップを送る事ができます。
感想のメッセージ等を添えて送っていただくとモチベーションに繋がります。
記事にハートを押していただくだけでも嬉しいです。