見出し画像

誹謗中傷は「SOS」の裏返し

SNSを見ていて、他者に攻撃的なリプライや引用を飛ばしたりしている人を目撃するたびに、加害者側の心の悲鳴を感じ取ってしまう。

自分もかつて若かりし頃、学校や家庭環境で辛い状況の時に、ネット上で他者に攻撃的であった時期があったからだ。

リアルで傷付きすぎた人が、ネットで他者を攻撃して自分を保っているという、本来は被害者なはずなのに、自らも誰かにとっての加害者になっているという構図である。

当然そんな事をしていては、誰も心配したり手を差し伸べてくれるわけがないし、何も解決しない。
むしろ、助けになり得た存在すら遠ざかり、孤立を深めるだけで、状況はますます悪化していく。

自分の人生を変えられるのは、自分自身であり
どんなにつらい状況下にあっても
自分の身の振り方次第で人間関係も状況も少しずつ変えていける。

もちろん、他者に対して無差別に攻撃的になっている人には、その余裕すら無く、周囲を攻撃し続ける事でしか自分の心を守れないくらいに追い詰められているのは察せるが。

それでも、その攻撃性を別のエネルギーに転換して、意味のあるものに変えて人を惹きつけたり(私の場合はこれが絵・創作の発信であった)
自分の気持ちに折り合いをつけて、どんなに被害を受けても自分は他者に加害しないという強い意志を持って生きるしか状況が好転する事はない。

よく「本当に助けが必要な人ほど助けたくなるような“見え方”をしてない」という言葉を耳にするが、これは見た目だけでなく、立ち振る舞いやネット上での言葉遣いなどにも通じる話である。

普段から無差別に攻撃的な投稿を繰り返している者が、いざ弱みを見せたとしても「日頃の行いの報い」として相手にされず、恨みも買っている事が多いであろう事から「ざまぁみろ」と言われるのがオチだろう。

そうならない為にも、いざと言う時に人を頼ったりできるキャラクターである事や、日頃から愛される努力をするのが必要なのだ。

自分が大切にされていないと感じたら、まず自分を客観視して言葉遣いや人への態度を改めるべきであり、他者への態度がそのまま鏡になって自分にかえってくる事を理解しておくべきである。


ここで一旦、SNSで他者を攻撃する人・口汚い投稿ばかりする人の心理的要因をいくつか挙げて説明しよう。

・自己防衛


"攻撃は最大の防御"とも言われる通り、ネットで他者への攻撃を繰り返す人間というのはリアルで傷つけられすぎて、これ以上自分が傷つく前に自ら他者を傷つけにいって身を守るという防衛本能が働いているケースがある。

・劣等感・嫉妬心の投影


無差別な誹謗中傷は自己防衛やストレス発散によるものが多いが、標的を定めた攻撃に関しては、そのターゲットの成功や幸福に対する嫉妬心によるものが多い。
コンプレックスを刺激されたり、自分が思い描いているものを手にしている人間を何とか引きずり下ろしたい、または傷つけてやりたいという気持ちからくる攻撃性である。

本来向き合うべき劣等感や自己嫌悪から目を背け、努力や実力で乗り越える代わりに、他人の欠点を探して一時的に自尊心を満たそうとする「実力では敵わない、だから嫌がらせをする」といった事実上の負け惜しみに近い行為だ。

•ストレスのはけ口


日常生活で日々、他者から虐げられ強いストレスに晒され続けた人が、その鬱屈した感情を発散する場としてSNSを使っているケースは多い。

とくに捨て垢や愚痴垢のようなものを作る人がこのパターンだ。
現実では言えないような暴言を吐いて鬱憤晴らしをしており
さほど関心のない相手に対して「たまたま目についた」というだけで八つ当たり的に攻撃を向けたりする。

・正義という名の免罪符


これもストレス発散に似ていて
自分が"誹謗中傷"ではなく"正論を言っている"様な見せ方をして防御シールドを貼りながら合法的に他者を攻撃したいというタイプの人間である。


これが、表面的には加害者に見える人が実は本人も日頃から加害を受けている側であり、その心のSOSが他者への攻撃・誹謗中傷という行動に現れて悪循環を生んでいるという心理の全貌である。

素直に「助けてほしい」と言えばいいのに。と思うが、そういう人ほどプライドばかりが無駄に高く、助けを求める事ができない。(悩みを話せる存在や支え合える人間関係も構築できていない)そのため、自らの欠点には目を背け、他者の粗を探しては足を引っ張ることで、自尊心の均衡を無意識に保とうとしてしまうのだろう。

海外では「人を傷つける人はかつて人から傷つけられた人だ(Hurt people hurt people)」という有名な言葉があり、この言葉が示す通り、心の傷を負った人ほど他者にも傷を負わせやすい傾向が指摘されており、実際、社会心理学の研究でも孤立や疎外による心の痛みが攻撃性を引き起こすことは確認されている。

当然ながら、何度も言う様に他者を攻撃したところで自分の問題の根本的な解決にはならない。

攻撃によって得られる安堵や快感は一瞬だし、むしろ後から虚しさや自己嫌悪が残ることもある。

しかし、無差別に他者へ攻撃的になっている人や誹謗中傷を行っている当人は、自分が“加害者”になっているという意識を持っていないケースが少なくない。

むしろリアルで常日頃から攻撃の標的になっている側である場合は「自分も他者を攻撃していい」と平気で思っている面もあるし、それを事実や正義といったものを盾にして正当化している部分もあるだろう。

また、誹謗中傷に走ってしまう人の内面には、「自己愛(ナルシシズム)」と「自己嫌悪(劣等感)」という相反する感情が同居していることがある。

心理学的には、いわゆるナルシシスト的な振る舞い、虚言や暴言は真の自己愛ゆえではなく、むしろ深い自己不信や自己嫌悪を覆い隠すための過剰な自己防衛であると指摘されており、実際、「自己愛性パーソナリティ障害」と呼ばれる状態の人は、一見自己肯定感が高すぎるように映るが、その内側は不安と恥にがんじがらめになっていて、他者から承認され続けないと自分を保てない脆さを抱えている。

加害によって受けた心の傷の癒し方が分からず、自らもまた誰かを傷つけてしまうという負のサイクルから抜け出すためには、冒頭で書いた通り、日頃から自分の心の動きを観察し、自分自身を俯瞰して見る訓練をしながら冷静に対処法を考えるしかない。
(精神的に追い詰められた人間にそれをしろというのは酷ではあると思うが)


ただ、覚えておいていただきたいのは
自分には他者を傷つけない選択肢が常にある」ということだ

そしてSNSなどで他者を攻撃してしまいそうな衝動に駆られた場合は、まずワンクッション置いて深呼吸し、自分自身の心のSOS信号を読み取って
そこから自己との対話の時間にあてるのが、悪循環から抜け出すための第一歩になる。

自分がどんな怒りや、どんな悲しみ、どんな不安、どんなコンプレックスを抱えているのかを掘り下げて、その一つ一つにどんなアプローチをして対応していくのが最善の策なのかを考えていく。

人間関係や生活環境の問題は、誰に助けを求め、どこに逃げるべきか。

負の感情をどのような方法なら拭い去る事ができるか、

劣等感はどのような努力を積んで、どういった結果を生めば解消されるのか。など

ひとつずつ丁寧に、自分自身と対話しながら解決策を組み立てていく、これしかないのだ。

きちんと自分の心や自分の身に起きている事から目を背けずに向き合って順番に解決していく。
そして自分の行動1つ改めるだけでも世界は徐々に変わる

人に優しさと思いやりをもって接していれば、他者からも優しさと思いやりをもって接してもらえる機会は増えるし、理解者や救世主に出会う確率も上がる。

些細な事で人は変わっていけるし、負の連鎖から解放される。

そのキッカケを作るのは難しい事ではない、今この瞬間、気持ちを入れ替えるだけでも、それは暗いトンネルの出口へ向かう第一歩となるのだから。

いいなと思ったら応援しよう!

江崎びす子 閲覧者様の任意でチップを送る事ができます。 感想のメッセージ等を添えて送っていただくとモチベーションに繋がります。 記事にハートを押していただくだけでも嬉しいです。