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かわいいだけじゃ、だめなんだよ。

CUTIE STREETの楽曲に「かわいいだけじゃだめですか?」という一節がある。

この言葉を耳にするたび、私は心の中でこう答えている。

だめに決まってんだろうが」と。

私はこれまでの31年間、人生のあらゆる判断基準を「かわいいか否か」に置いて生きてきた。

「かわいい」が持つ力を信仰し、かわいいキャラクターに囲まれて人格を形成し、かわいいファッションに身を包み、「かわいい」を軸に絵を描き続けてきた。

そして30歳を過ぎた今、『平成かわいい文化史』という一冊の本まで世に出した。

だからこそ、「かわいい」だけで人を幸せにできることも知っている。

特別な能力など持たなくても、そこに存在しているだけで誰かを癒し、絶望から救い、生きる支えにさえなるキャラクターもいる。

そうした「かわいい」の潜在的な力を、私は身をもって理解しているつもりだ。

それでも、心の底から憧れ、愛し、さらに「尊敬」までできる存在は、やっぱり「かわいいだけ」ではなかった。

最近、遅ればせながらやっと『ちいかわ』にハマって、そのことに改めて気づかされた。

私が特に好きなのは、うさぎ、ラッコ、ハチワレの三人だ。

うさぎは自由奔放で何を考えているのか分からないように見えて、実はかなり頭が切れる。
危険を察知する能力にも長け、戦闘能力も高い。

ラッコは甘いものが大好きで見た目も愛らしいが、討伐では「ランカー」と呼ばれるほどの実力者で、経験と判断力を兼ね備えている。

ハチワレは二人ほど圧倒的な戦闘能力こそないものの、知恵が回り、好奇心が強く、危険な状況では怖がりながらも仲間のために戦おうとする。
そして何より、ラッコと特訓しながら自分自身がもっと強くなろうとしている。

対照的に、真面目で仕事にも勉強にも熱心な努力家のシーサーは、頭も良いのに、なぜか私には刺さらなかった。

たぶん、私が惹かれるのは、「かわいい+賢い+フィジカル的にも強い」を兼ね備えたキャラクターなのだ。

過去に自分が好きだったキャラクターを遡ってみても、同じ傾向がある。

『パワーパフガールズ』ではブロッサムが好きだった。

かわいくて、頭が良く、リーダーシップがあり、少しヒステリックで、少し腹黒くて、そして物凄く強い。

『ONE PIECE』ではニコ・ロビンを推していた。

美人で博識、冷静で洞察力に優れ、無数の手を操る。戦闘中は手を咲かせると桜の花びらが舞う演出も含めて、常に妖艶さを失わない。
それでいて、自分よりはるかに大きな敵とも渡り合い、冷酷に関節技を決めていく。

私は幼いころから、こうした「かわいい」や「美しい」という外見的な魅力だけに甘えず、知性と力を併せ持つキャラクターに惹かれてきた。

少し変わったところでは『とっとこハム太郎』のねてるくんも長年推している。

ねてるくんは、その名の通りいつも寝ている。
一見すると「かわいいだけ」のキャラクターに見えるが、ハムちゃんずが行き詰まった時には、寝言で突破口につながるヒントを口にすることがある。

さらに妙に運が強い。
鳥にさらわれようが、飛ばされようが、川に流されようが、本人は動じることなく、最終的には何事もなかったかのように生還する。

戦闘能力が高いというわけではないが、
生存能力」という意味では、ねてるくんもまた異様に強い。

こうして考えると、私がかわいい(または美しい)キャラクターに求めている「強さ」「賢さ」は、
どんな状況に放り込まれても、冷静でいられて、最終的に自分の力や特性で切り抜けられる自立した力を意味する。

そしてそこには、単なる好みを超えて、私自身が長年抱えてきた「かわいい」への価値観がそのまま表れている。

かわいいだけなら、この世には掃いて捨てるほどある。

世の中にはかわいいキャラクターが溢れているし、人間だって、かわいいだけの人ならいくらでもいる。

それでも私は、かわいいだけを取り柄にする存在よりも、かわいくて(あるいは美しくて)、頭が良くて、強くて、自分の力で生きていける存在を選んできた。

かわいいのに、自分に危険が迫ったとき自分自身を守れる。
かわいいのに、大切な誰かまで守れる。
かわいいまま、困難にぶつかれば知恵を絞り、力を使い、自分の手で突破口を見つけていく。
かわいいまま、自分の足で立っている。

思えば、自分が生み出した「メンヘラチャン」もそうだった。

心に苦しみや生きづらさを抱えたキャラクターに、私は戦うための武器を持たせた。

メンヘラチャンには「かわいくあろうとする姿勢」「心に負った傷と絶望」「それでも戦い、運命に抗う力」が同時に共存しており、当時の自分自身が表れていたのだと分かる。

幼い頃から、かわいい服、かわいい雑貨、かわいいキャラクター、「かわいい」という価値観そのものを、徹底して研究しながら生きてきたが
同時に、世の中は「かわいいだけ」では渡っていけない現実にも向き合ってきた。

フリーランスとして10年以上活動を続ける中で、かわいいだけでは突破できない壁なんていくらでもあった。

だから私は、「かわいい」を追い求めながら、同じくらい強くて、賢く、逞しくなりたかったのだと思う。

誰かに守ってもらわなくても自分の身を守れるようになりたかったし、余裕があるときには、自分の力で大切な人を守れる人間になりたかった。

例えば、他にもメディアファクトリーの『うさるさん。』も好きでグッズを集めているが、

『うさるさん』は、ただかわいいだけの存在だったうさが、モンキーぐるみを着てバナナを食べることで正義の味方に変身するという物語で、その作品コンセプト自体が「かわいいだけじゃなく、誰かを守れる存在になりたい」をそのまま体現している。

このように、私が惹かれ続けてきたキャラクターたちは、どこかで「こうありたい姿」と重なっていた。

かわいくて強い。
かわいくて賢い。
かわいくて冷静。
かわいくて自立している。
かわいくても、弱々しくない。
自分を守れて、誰かを守れて、時には誰かを救える。

そして、どれだけ大きな壁が立ちはだかっても、かわいいまま、自分自身の力で世界を切り開いていく。

私がずっと追いかけてきた「かわいい」は、いつの間にか、そんな生き方そのものへの憧れに変わっていた。

だから私の中で「かわいいだけじゃだめですか?」という問いのアンサーは決まっている。

だめだね、かわいいだけじゃ。

強くなれ。頭を使え。

かわいいまま、かわいい以外の力も身につけていけ。

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