短編小説|種無し巨峰の呪い
手渡されたのは光る種。「ちょっと何よこれ、歯が割れたじゃない」。食後のデザートにと、2人で食べていた巨峰は種無しだったはず。それなのに、鈍い咀嚼音と共に妻の口から血が滴る。やがて彼女が口から取り出し渡されたそれは、黄金の種。私の手の上で眩いばかりに光り輝いている。
「ほんと痛い。しゃれにならない。もうどうしよう」。苦悶の表情を浮かべるので、妻の口を開けさせて覗き込む。やはり下あごの右奥歯は見るも無残に砕け散り、噴水のように血が噴き出している。かわいそうな妻。どうにかしてやろうにも、この時間では歯医者は閉まっているし、私には歯科治療に関する教養が無い。
仕方が無い。物は試しと、先ほど渡された黄金の種を奥歯の割れ目に差し込んでみる。瞬間、激痛に飛び上がる妻。しかし徐々に落ち着きを取り戻すと、彼女の顔は平時の表情へと戻っていく。「ぜんぜん痛くない。うそみたい」。再び口の中を覗き込めば、砕けたはずの奥歯は金色に光り輝いていた。傷一つなければ、血も消えている。
ところがである。安堵したのも束の間、すぐにまた妻の表情は曇っていく。どうしたのかと声を掛けると、彼女は嘔吐した。否、口から吐瀉物ではなく巨峰を吐き出した。何個も何個も巨峰の粒を吐き出し、その勢いは止まることをしらない。溢れ出す巨峰を掻き分けながら彼女の口内を覗き込めば、先ほど現れた金歯の歯間から巨峰が湧き出ているではないか。
この時私は察した。これは呪い。人為的に種無しとされた巨峰の怨念だ。床に転がったそれを一粒手に取って中を開けば、そこには黄金の種。やはりだ。この呪いは伝染する。屈みこみ、口からポコポコと巨峰を吐き出す妻を見て私は懊悩する。明日まで待って歯医者に連れていくべきか。これ以上呪いを広げないため、今ここで彼女の首を刎ねるべきか。
10秒ほど悩んで首を刎ねることにしたが、我が家には大きな肉切り包丁も日本刀もチェーンソーもない。何で刎ねようかと再び頭を悩ますうち、いつしか我が家は妻の口から生まれ落ち続ける巨峰で埋め尽くされ、身動きが取れなくなってしまった。彼女の姿も埋もれてしまってもう見えない。
消えゆく意識の中、巨峰にもみくちゃにされる私は彼らの意思に触れた。「生まれてきた瞬間から去勢させているなんて酷すぎないか。人間に置き換えてみろ。畜生が過ぎるだろう」。ごもっともである。ぐうの音も出ない。
やがて私の身体は巨峰と溶け合い、一体化していく。地球が巨峰で覆われる光景を夢に見ながら、私の身体は光り輝く種となっていった。
おしまい
誠に申し訳ありませんでした。
