ヴィパッサナーの魔境で見たもの1 聖なる沈黙と同室の白人
十日間の合宿のスケジュール
先に全体のスケジュールを言ってしまうと以下のようになる。中間の細かなテクニカルな部分の変化についてまでは初日に生徒に知らされるわけではない。
ゴエンカ系ヴィパッサナー瞑想合宿の10日間コースの流れは以下のようになる。
0日目(到着日・オリエンテーション)
* 夕方集合、登録、オリエンテーション。
* 携帯電話、書籍、筆記具などはすべて預ける(外部刺激を遮断)。
* 五戒の遵守(殺生しない、盗まない、性行為しない、嘘をつかない、酒や薬を摂らない)。
* 夜の講話で「高貴なる沈黙(ノーブルサイレンス)」が宣言される(10日間、他の参加者との会話禁止)。
1〜3日目:アーナーパーナ瞑想(呼吸観)
* 呼吸に意識を集中する「アーナーパーナ・サティ」。
* 鼻孔や鼻下部(上唇のあたり)に限定して呼吸の感覚を観察する。
* 雑念を手放し、集中力を養う準備期間。
* 夜の講話で、心の性質(散乱・欲望・怒りなど)を解説。
4日目:ヴィパッサナーの導入
* 午後にゴエンカ師の録音指導で、**ヴィパッサナー瞑想(感覚の観察=ボディスキャン)**が開始。
* 頭から足先まで、順番に体の部位をスキャンし、快・不快・微細な振動すべてを観察。
* 重要なのは「反応しない(平静さ=ウペッカー)」こと。
* この日から本格的な洞察瞑想が始まる。
5〜9日目:ヴィパッサナーの実践深化
* 朝4:30起床、夜21:00就寝。1日約10時間の瞑想。
* **三つの集中瞑想時間(adhitthana, 強い決意の坐)**が設けられる:
* 8:00–9:00, 14:30–15:30, 18:00–19:00
* この時間は「動かない、目を開けない、手足を動かさない」を徹底する。
* 徐々に感覚が全身に広がり、微細な振動(bhanga、分解の体験)を感じることもある。
* 夜の講話で「無常(anicca)」「苦(dukkha)」「無我(anattā)」が繰り返し説かれる。
10日目:メッター瞑想(慈悲の瞑想)
* 午後に「メッター(慈しみ)の瞑想」が導入される。
* 自分が培った平静さと善意を、すべての存在へ広げていく。
* この時点で「高貴なる沈黙」が解除され、参加者同士で会話が許可される。
11日目(解散日)
* 朝の瞑想後、修了式。
* 携帯品を返却され、昼頃に解散。
東日本大震災から一ヶ月ぐらい経った頃だった。確か、その時の春は一度暖かくなって急に冷え込んだのだと思う。京都のダンマバーヌ、ヴィパッサナー瞑想の合宿施設の庭の桜は散りかけていた。満開になる前に冷え込んで、花弁が濁って死んだ色をしていた。
バックパッカー時代に出会った面白い人達は、ほぼ全員がこの合宿に参加する事を勧めてきた。<深夜の不審なるラベリング歩行迷走事件>から数年、やっとボディスキャン式の瞑想合宿への機会を得た。
一切のコミュニケーション、読み書き、娯楽、全て禁止
夕方の集合時間に参加者が続々と集まる。ヴィパッサナー協会は基本的に全てお布施によって成り立っている。参加費は、参加者の無理なく払える限りの金額を、最終日にお布施としておいていく事になっている。参加者は男女20人ほど、合わせて四十名ほどだったと思う。とにかく満席だった。新しい生徒と古い生徒、という風に新規と既存の生徒を分けている。新規の生徒は、まず10日間のフルコースを受ける事が義務となる。以降は古い生徒となり、自分の都合に合うショートコースに参加したり、十日間合宿の合間に単発で手伝いをしながら参加する事が自由になる。
瞑想ホールと宿舎は分かれていて、ホールでグループ瞑想をする時間以外は男女完全に切り離された形での集団生活になる。到着して受付をし、貴重品や携帯電話などを預ける。集団生活だが、最初の夜のオリエンテーション以降、参加者同士は言葉はおろかそれ以外の形でのコミュニケーションも一切禁止になる。読み書きも、娯楽、創造的な事も。とにかく修行に関係のないことは禁止。お互いの修行を邪魔しないように、いないものとして無視する。
お釈迦様の教えは、キリスト教から見るとすごく冷たい個人主義にうつるかもしれない。でも、修行中はみんな等しく孤独である事が重要なのだ。
オリエンテーションまでの短い時間、隣同士で自己紹介したりおしゃべりしている人もいたが、僕は誰とも話さなかった。ただ、同室になるらしい日本人の男性と少し挨拶を交わした程度だった。新しい生徒の男性の中、一人だけ大柄な白人男性が心細そうにしていた。身長185センチぐらいはあったと思う。正直、いびきがうるさそうなので同室の人を気の毒に思った。それぞれが一旦、自分の部屋に合宿中に必要な荷物を置きに行き、グループ瞑想のホールに集まるよう指示があった。
部屋は3人部屋で、床の布団のスペースには誰かもう一人同室の人の荷物が置いてあった。
僕は上の段に荷物を置き、隣の日本人男性と瞑想用の楽な格好に着替える。
「ではお互いに頑張りましょう。また十日後に。」
と、最後の一言を交わしてホールに向かった。
最初のグループ瞑想と聖なる沈黙
グループ瞑想用のホールは小さな体育館のような作りだ。そこに用意された座布団と毛布を、それぞれが自分の分をとって席につく。その時の講師は、年配の白人女性で日本人女性の通訳がついていた。生徒と向き合うように講師がおり、その横には男女それぞれ食事など、合宿の手伝いとして参加している古い生徒が座る。
合宿の決まりは厳しいが、目の前に向かい合っている講師や古い生徒たちは皆穏やかな顔つきの人たちばかりだ。優しい空気が充満している。
皆が席に着くと、講師の白人女性は軽く自己紹介と、みなにねぎらいの言葉をかけた。すると、テープが流れてきて仏教の法話が始まる。合宿中は、毎日1日の終わりに様々な法話のテープを聞いてグループ瞑想で全てのプログラムが終了となる。到着日は第0日目として、受付の後に法話を聞いてグループ瞑想をし、<聖なる沈黙>が始まる。
最初の瞑想は、アーナーパーナと言って呼吸の観察のみとなる。あぐらで座って目を閉じ、まずは呼吸が出たり入ったりしている事に意識を集中する。しばらくしたら、今度はお腹の膨張と収縮をただひたすら観察する。考え事をしてしまっても、ラベリング法のように<妄想>と言ったりしない。これが初めは逆に難しく感じた。気が飛んでいた事に気づいたら、ただハッとして戻る。それに慣れるまでに二日以上はかかった。とにかく、この0日目は何も辛い事などなく終わりを迎える。
それから歯を磨くなどして21:30あたりには就寝だ。
初日のスケジュールを終えて部屋に戻ると、部屋にあの白人男性がいた。下のベッドの荷物は彼のものだった。皆、寝る支度をすると電気が消される。
「これから十日。長いんだろうな。」
そんな緊張感と共に目を閉じた。しかし、普段22:00前に床に就く事などないし、慣れない環境もあってなかなか寝付けない。しばらくすると、下から
「ガァーッ!!!ガァーッ!!!フォコーーッ!!!!!」
っと、物凄いいびきが聞こえ始めた。やはり白人の彼だ。予感は的中した。あれは偏見ではなかったのだ。彼のイビキはおそらくこの簡易宿舎全体に響いている。当たり(試練)を引いたのは僕だった。
翌朝4:30、起床の鐘が鳴る。寝不足で眠すぎてめまいがする中、無理やりシャワーで目を覚ます。
「もう既に眠たくてしょうがないのに、これから毛布をかぶって瞑想?絶対寝るだろ。」
嫌な予感しかしない初日が幕を開ける。 →続く
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