革命の赤い帽子とミトラ教
赤い帽子
フランス革命のとき、群衆の頭上で揺れていたのは赤いフリギア帽(もしくはフリジア帽)だった。
自由の象徴だとされる。けれど、それだけではなぜこの形なのかの説明にならない。
この帽子を辿っていくと、ローマの地下へ、さらにその奥、古代ペルシアの平原へとたどり着く。
「契約と光の神」ミスラ。東方では弥勒菩薩と重ねられることもある存在だ。今回は、この帽子の起源とともにミトラ教の西方への影響について。
契約と光の神、ミスラ
まだインドとイランが分かれる前、ミスラはリグ・ヴェーダとアヴェスターの双方に名を残す古い神だった。
「友情」「契約」を意味し、太陽を証人としてすべての誓いを見守る。
約束を破る者は必ず光の下にさらされる。
アーリア人が東西に分かれると、ミスラの運命も枝分かれした。
西へ向かった人々は牡牛を屠り、その犠牲から宇宙を養う観念を深めた。ローマで描かれたタウロクトニー──牡牛の血から葡萄や麦が芽生え、世界が再び動き出す場面だ。
「死から再生」を表現したこの儀式は、はたから見ると残酷に思える。だからこそ軍人たちに熱狂的に受け入れられ、勇気の源にもなったのかもしれない。
一方インドに残った人々は、逆に牛を「殺してはならない聖獣」とした。
ひとつの源から、正反対のタブーが育ったのは興味深い。牛は宇宙と人間の境界に立つ存在だったのだと思う。理由は後述。
ローマ帝国の地下で──ミトラス
地中海に入ったミスラは、ギリシャのヘリオスやローマの太陽神と結びつき、「ミトラス(Mithras)」と呼ばれるようになった。
地下に掘られた神殿では秘儀が行われ、洞窟の奥には牡牛を屠るミトラスの姿が描かれた。その頭にのっていたのが、例のフリギア帽である。
牛の犠牲から芽生える葡萄や麦。洞窟は「暗闇から光へ」「死から再生へ」を演出する舞台だった。
入信者は七つの位階を昇り、星々を越えて魂が光に至ると信じた。この構造は、後のキリスト教における「死と復活」、そしてフリーメイソンの入信儀礼にも重なっていく。
長野県出身の僕はこの象徴の中に、善光寺との共通点(牛、地下回廊、光)を感じる。
何故牛が神聖な存在となったのか?これには諸説あるが、僕は個人的に幻覚剤と関係があるのではないかと思っている。初期のキリスト教を含めた古代の密儀宗教にはことごとくその痕跡がある。ワインの中に、麦から発生するカビの一種の麦角菌という成分が含まれていた事がわかっている。これはLSDの中に含まれている強い幻覚性のものだ。そして、マジックマッシュルームも一般的に牛の糞から生えるものだと言われている。
祝祭のカレンダーに刻まれた残響
やがてローマではキリスト教が公認され、表向きにはミトラス教は姿を消す。
だが太陽と再生の象徴は衣を変えて残った。
日曜日は「太陽の日」とされ、安息日の位置がずらされた。
12月25日は「不敗の太陽」の祭日であり、やがてキリストの降誕祭と重なった。
12月のサトゥルナリア祭では奴隷と主人の立場が逆転し、贈り物を交わす風習があった。もっとも太陽の力が弱くなる冬至の日、それを起点に復活する太陽を祝う無礼講の祭りの期間で、当時は大変に人気があった。これがクリスマスへと引き継がれている。
春分と満月に基づく復活祭もまた、太陽と月のリズムを受け継いでいる。
このように、キリスト教はミトラスを滅ぼしたのではなく、象徴体系を吸収して衣替えしたのだと僕は思う。バチカンの博物館には、頭がライオンでその体に蛇が巻きついている神の石像が飾られているが、これはミトラ教のアイオーンという神だ。異教の神であるはずのミトラ教の神をバチカンが所蔵しているのも、その源流を考えると納得。
太陽、光、再生、契約──信仰の看板を変えながらも、ミトラスの根は残り続けた。
解放奴隷の象徴、赤い帽子
十八世紀末、革命の群衆がかぶった赤いフリギア帽。軍人だったシャルル・フランソワ・デュムリエが被ったことが切っ掛けで、サン・キュロット(スカートを履かない下層民)の象徴として使用された。当時の貴族は男性でもスカートを着用し、ズボンを履く下層市民を見下していた。
ローマ時代において、この帽子は解放奴隷の象徴であった。
そしてミトラスの被っていた帽子のイメージと重なり、自由と再生の赤帽子となった。
フリーメイソンのフリーとは、この解放奴隷の<解放>の意味合いである。身分制度から切り離された自由な石工という意味だ。
不思議と、一般のフランス人はあまり意識せずに生活しているようだが、<自由・平等・博愛>という国のスローガンはフリーメイソンのそれと同じである。
革命を動かした理念と資金を支えていたのは、数多くのメイソン会員たちだった。
赤い帽子は、国旗の赤と同じく「自由の代償として流された血」を象徴している。
密儀宗教の哲学が時を超え、革命を機に表の世界に堂々と影響力を及ぼし始めたのかもしれない。
