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霊に叩かれたら<使い道のない超常体験2>


墓地の近くの家

昔は八月といえば心霊番組だらけで、子供の頃の僕としてはテレビが最も輝いた季節だった。90年代の幽霊番組の作りは、今では考えられないぐらいに<容赦なく怖いもの>も多かった。家族の中で一番見たがるけれど、同時に一番怖がる子供だった僕はリスク管理のために大抵は同時にビデオも録画していた。あまりにも怖い話が続いて、<恐怖ゲージ>が満タンになると続きは一旦断念し、後日昼間に見るという執着ぶりだった。
幽霊らしきものを初めて目にしたのは、幼稚園の頃、3−5歳の間だったと思う。

長野県の東信地方の田舎、とても綺麗な村に母親の実家がある。夏は緑色の田園風景が広がる、少し山間の小さな村。ここに母親の兄妹が住んでいて、夏は毎年いとことみんなで集まってお盆を過ごした。母親の実家には叔父とその家族、その近くに母親の妹の家族が住んでいたのだが、徒歩圏内に母方の先祖のお墓があった。みんなで昼間遊んで、夕方に一緒にお墓まで歩いて迎え盆、夜は花火をするというのが子供の時のお盆のお決まりの過ごし方だった。
まだ小学校に上がる前、幼稚園の頃の夏休みのこと。夜中、広間でいとこや叔父たちと混ざって雑魚寝をしていると目が覚めた。なんとも物悲しいメロディの歌、鼻歌が聴こえる。誰かが起きていて、テレビでも見ているのかと思って体を起こすと皆寝ている。テレビは消えていて、誰一人起きてなどいない。鼻歌は、まだ聴こえている。聴こえる方向を見ると、障子に緑色の光と共に人影のようなものが浮かんでいた。こけしだ。町娘ヘアの、大きめのコケシの横顔のようなシルエットが浮かび上がっていて、歌声はその向こうの、窓の外から聞こえているようだった。
誰も起きる気配はなく、恐ろしくなって頭から布団をかぶっていつの間にか寝た。というのが、僕がこの家で経験した恐らく初の心霊体験だ。墓地に近いこともあってか、これ以外にもいとこ達が複数回、両方の家で幽霊を目撃している。

夜中の枕元の往来

母親の兄妹が4人、それぞれに3人ずつの子供がいるので我々は12人のいとこだった。一件だけ富山の家があって、それ以外は長野県の中部。その各家に一人ぐらい、幽霊を見がちな人間がいるという具合だ。中でも、富山のいとこが一番頻繁にはっきりと見えるタイプだった。ここではEちゃんとしておく。家なんかでも、鏡を見ると時々ポロシャツのおじさんが見えることがあって、一時期家の鏡を全部外したらしい。

富山のEちゃんが、この家のいとこRちゃんの女子二人でお泊まり会をした時のことだった。 Rちゃんは客人であるAちゃんを気遣って、自分のベッドをEちゃんにあてがい、Rちゃんは地べたに布団を敷いて寝ていた。
Eちゃんは、ベッドの横を人が往来する気配で夜中に目が覚めた。ベッドで寝ている自分の枕元を人が横切るような風圧、それを何度も繰り返し感じたのだそうだ。まるで、何人もの人が横切るような感覚。でもこんな夜中に?顔を上げ、ベッドの下で寝ているRちゃんを見下ろして悲鳴を上げそうになる。何人もの知らない大人が、寝ているRちゃんを取り囲んで見下ろしている。さっき通り過ぎた人たちは、全員この人たちだったのだ。別に、何をするわけでもなくただ黙ってBちゃんを覗き込んでいる。Eちゃんはそれに背を向けて、朝まで布団をかぶったという。

翌日、Eちゃんが叔母にその事を話したところ、
「ご先祖様の可能性もあるかもしれないけれど、Eちゃんが怖いと感じたんだよね?だったらRちゃんには黙っておこう。」
という判断に至った。もしかしたらRちゃんはいまだにこの事を知らないかもしれない。
その後のこの家の経緯を考えると、多分ご先祖様では無かったように思う。


体罰霊

同じ年のいとこ、Sは母方の実家とは別の方の家のいとこだ。明るくて、素朴な、ちょっと天然な性格なのだが、彼が一時期頻繁に自分の寝室での怪奇現象に悩まされたそうだ。
Sは小学生の頃、下校中に旧日本軍の兵隊さんとすれ違ったりと、この家では繊細な体質ではあるが、中学の辺りまでは家では何もなかったという。

中学の2年の頃に、金縛りと共に<煙で出来た顔>なるものを見るようになる。
ある夜、目が覚めて金縛りに遭う。すると目の前に、白い煙のようなものが見える。それがだんだん、人の顔のようになってこちらを睨んでいる。目は閉じることができないので、横に視界をそらす。すると、その顔が視界を追いかけてくる。もう一度正面に戻してもまた戻ってきて、今度はその顔が横に回転し始める。回転して、次々と阿修羅のように顔が変化していくのだそうだ。同じものを、ここから高校卒業までの間に何度も経験したらしい。

僕が<コケシの鼻歌>にでくわしたのもこの家だったのだが、どちらかというと鈍感そうなSの兄、T君まで金縛りによる霊現象をこの家で経験していた。が、これがどうにも独特で、僕は他に似たようなものを聞いたことがない。
T君も頻繁に、同時期に金縛りを感じるようになる。までは同じなのだが、彼の場合、天井から伸びてくる手を見るようになったそうだ。天井から手が伸びて、それがだんだん日に日に自分に近づいてくる。数度目の金縛りのある時に、とうとう手が間近に触れるぐらいまでの距離に近づいてきて突然、
「バチン!」
とT君の頭を叩いた。
(!!)
結構強めだったこともあって、恐怖を超えた混乱にT君はかられた。幽霊に頭を叩かれたら、それは多分誰でも混乱する……。
後期になると、複数回叩かれたりもしたらしいが、なんで幽霊はそんなことしたのだろう?ビンタとかでなくて、頭を?しかも、なぜ縦方向の、<よりむかつく叩き方>なのか?実際、未だに想像してみても混乱する。金縛りの時には、人間は強制的に恐怖を感じる。でも頭を叩かれたらムカつくので、そこで金縛りは解けるのではないかなー?とか色々想像してしまう。

もうこの2軒の家には誰も住んでいない。なんかやっぱり、良くなかったのかなという感じで今は土地を持て余しているみたいだ。


地蔵峠

このT君の話は、その後の僕の幽霊に対する恐怖をずいぶんと和らげてくれたように思う。このおかげで、長野県の地蔵峠という所もどうにか夜中一人で運転できるようになった。昔の合戦の落武者の霊が出ると噂される場所だが、正直今でもあまり夜中は一人では運転したくない。というのも、友人の親が「ここで見た」という話を聞いてしまったからだ。
夜中、一人で峠を越えていると後ろからランプなしで何かが追いかけてくる。ミラーに目を凝らすと、馬に乗った人が見える。それも、矢の刺さった落武者だという。恐ろしくなって、その人はアクセルを踏んで落武者の馬をまいた。
これを、ある時一人でこの峠を超えている時に思い出して恐怖に苛まれたことがあった。夜中の曲がりくねった峠、行き交う車は少ない。チラチラとバックミラーを見てしまう。
(やめてくれよ落武者とか。)
と、想像を拒絶すればするほどそのイメージが頭から離れない。が、その恐怖の中でふとT君の金縛りの話を思い出した。すると、
(そうだよな、俺悪くないしな別に。)
と突然勇気が湧いてきた。
(大体、追いかけてくるのはいいけれど、追いついて何がしたいんだ?免許証でも見せろって?)
と、逆に今度は興味まで出てきた。実際、幽霊って怖いものばかりではないけれど、怖い見た目の幽霊は怖がってもらえるうちが華な気がする。矢の刺さった落武者が、怖がってもらえなかった場合、彼らはアイデンティティを保てるのだろうか?我々が、「怖がるであろう」とされるものを怖がらなくなった時、それは存在できるのだろうか?

そんな風に突然発想の転換が起きた。追われるものが突然、追うものに転換したら相手はどのように反応するのだろう?そんな事を考えているうちに、峠は超えていた。

<使い道のない超常体験2>は以上です。皆さんも、もしも幽霊が苦手だったらこの発想、参考にしてみてください。

次回は、祖父の四十九日の日に見た<光のトーラスの輪>の話です。魂の形について。https://note.com/ezoterio/n/nd33da02489da


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