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パリ十区に十年


パリ十区に十年

 パリ10区、一般的には観光客向きでない、移民の生活臭の強い地域だ。その中でも、特に多国籍に人種が入り混じる2区と10区の境界に位置する通り、サン・ドニ通り。
10区のサン・ドニ門を潜ると、通りの名が、フォーブール・サン・ドニ通りへと変わる。人種も宗教も階層も入り混じる、管理されたカオスの回廊。このあたりで生活して十年になる。
 サン・ドニ通りはまるで人類博物館の回廊。ファッションモデルや映画監督が行き交う一方、ホームレスやドラッグディーラーも肩を並べる。ヒップスターが鳴らすスピーカーのビート、コインランドリーの中に布を引いてお祈りをするムスリムの女性たち。
ここでは全員がマイノリティで、誰もが「よそ者」という共通点だけを手がかりに共存しているようだ。
 だが視線を北へ向ければ、同じ通りはやがて郊外のサン=ドニ大聖堂に突き当たる。首を切られたまま歩いたという聖ドニの伝説が編まれ、歴代フランス国王が眠る王廟だ。かつては国家神話の心臓部だったこの聖地も、今ではトルコ人、クルド人、パキスタン人、マグレブ系……敵対関係にあるはずの文化圏の人びとが同じ屋根の下で商いを営む街へと姿を変えた。
 時として銃撃事件などはある。それでも衝突は最小限に抑えられてきたのではないかと思う。入国の段階から互いを“ごった煮”にすることで文化の断絶を希釈し、治安リスクを警察対応レベルにとどめる――そんな“管理されたカオス”こそがフランスの移民政策なのだろう。革命以降、王権への帰属意識を失った国民にとって、サン・ドニはもはや権威の象徴ではなく、「ただの北端の駅前商店街」になった。
そういう事も、僕自身最近まで全然知らなかった。
 住み始めた頃は、この混沌に自由を見た。誰もが違う前提を抱え、それでも乾杯できる場所――その不完全な調和が堪らなく居心地がいいと感じた。
 けれど今、この極めて純度の高いグローバル・リベラリズムの結晶が、もし日本にそのまま輸入されたとしたら? 商店街が「十カ国語が飛び交う通り」になったとき、日本に何がもたらされるのか?そんな懸念を抱えるようになった。
今回は少し自己紹介がてら、自分がこのパリにたどり着くまで、そして今感じる事など。


氷河期の歩き方

 氷河期の歩き方と銘打ったはいいが、あくまで僕個人の歩いて来た道の話であって何のガイドブックになるわけでもない。
幼少期がオカルトブーム真っ盛りの世代だったのもあるだろうし、体験したいくつかの不思議体験の影響もあったと思う。物心ついた頃から超常現象の類をはじめとした、オカルトの類が大好きであった。友達がいないわけではなかったが、本当の意味での興味は噛み合わず、休み時間は図書館で怖い話の本を読んだりする事が多かった。
放課後は一人でゲームセンターに行ったり、本屋でオカルト本を立ち読みすると言う小学校時代であった。
中高は運動部のある程度の強豪校で、──恐らく”どこかの国の徴兵制”とほど遠くないキツイ練習に6年間耐えた。いつだったか、大会で部員とUFOも目撃した。
 そして、先輩たちから距離をおきたい一心だけで適当な学校に進学した。
 入学一年目に、友人の家で強烈な宗教体験をする。当時はマジックマッシュルームが脱法的に売られていた時代。その時の神秘的な体験が強烈に体に残った。友人と<きのこの結社>を結成し、毎週月曜は“800円で神話の世界”への旅だった。サイケデリクス(幻覚剤)についてのそもそも論はきっとまた別の機会にする。そして、繰り返すが僕の行いは人に推奨しない。
同じ年に9.11のテロがあり、世の中は社会人一年生でも分かる不況へと突入した。求人誌『フロムエー』の厚みはみるみる4分の1に。
ある時、昔のヒッピーブームの世代の人達の本を読んで、海外でバックパック旅行をやり始めた。気づくと全然、興味もなかったはずのパリに10年ほど住み着いている。別に平凡な人生である。

華の都を目指すな

パリの物価は、年々目に見えて上がる。

十年前、500mlの缶ビールの最低価格は七十サンチーム(セント)
巻きタバコは一袋7ユーロ
ケバブのセットは7ユーロ
メトロの定期は70ユーロ
だった。

2025年の夏現在では
缶ビールがスーパーで2ユーロ
タバコは18ユーロ
ケバブが10ユーロ
メトロの定期は85ユーロだ。

パリの一人暮らし用の20平米前後のステュディオの家賃は、
2015年当時は690€ほどだったのに対し、現在は1000€近い。
理由として、コロナ以降こう言った小さめな住居がAirbnb用の運用、つまり観光用ストックとして供給が激減。当然、2024年のパリオリンピックも大いに関係している。

2015年の最低賃金が1100€、2025年現在は1400程。
フォーブール・サン・ドニ通りのテラスで最安値のビールを飲んでいると、必ず数回はホームレスに小銭をせがまれる。時々、そういう人達が手にしているスーパーの缶ビールとの間には1.5€しか差がない。
富裕層や観光客の多い地区のカフェなら同じハイネケンのビールでも13.8€ だ。
日本で例えるのなら、同じアサヒの500mlが立地によって450円ー1700円ぐらいのバラ付きがあるという感じになるだろうか。
移民系のフランス人の家は、生まれて一度もフランス料理というものを食べた事がない人も多い。高いからだ。いつか自分が日本に帰っても、ラーメンや牛丼がデフォルトで2,500円。庶民が食べるものは、外国人が作るケバブや中華になるのだろうか──と友人に話すと、長野県の白馬村や北海道はすでにそうなりつつあるという。
世界の潮流はいつも一足遅れで日本に波及する。遅れてどこよりも深く、不自然な形で浸透し始める。この5年でそれが本当によく見えた。

──これだけは心から言っておきたい。日本は、華の都パリの観光モデルも、政治も決して真似しないで欲しい。だけど、国民の精神性をお互いに二で割ってくれたらちょうどいい気がする。





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