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ヴィパッサナーの魔境で見たもの5/最終回(お別れ・瞑想囚人達の春)



もうスサノオなんて怖くない

残りの期間はどんどんと深い瞑想に入り込んで、毎回の瞑想が楽しみになった。
(このワクワクすらも否定しなければならないのか?)
と、少し戸惑ったがその事を丁度質問した生徒がいた(一日の最後にも質問の時間があり、そこで他の人の質問を耳にする事がある)。

「最初は辛かったのですが、最近は瞑想の時間が楽しみになりはじめています。こういった感情はどう処理した方がいいのでしょうか?」

「素晴らしい事じゃないですか。瞑想の修行にあなた達はここにいらっしゃっているのです。それが捗るのであれば何よりの事ではないですか。迷わずそのまま進んでください。」
修行が楽しい事は良いことなのか。それを認識してからは、日に日に姿勢を変える回数も減っていき、最終的には一日の瞑想の時間の殆どは動かずにこなせるようになっていった。
スサノオの自室からの遠距離ガステロは、相変わらず一日に一回程度ホールに響いていたが、それにも気を取られる事はほとんどなくなった。
ただ、強いていうのなら毎回瞑想の時間の始めに流れるテープのお経のようなものが段々と長くなって来て、それに多少の眠気を誘われるようになった。ヴィパッサナー協会の主催、ゴエンカ氏の低い声でパーリ語(?)の歌のようなお経が瞑想の前後に流れる。それがどんどん長くなる。意味は一切不明。(これを聞いてどうしろっていうの?)そんな意味不明の時間がどんどん長くなる事に、たまに(長いんだけどこの謎の時間。)と、少しだけ苛つきを覚えた。ただそれも初めと終わりの一瞬の事である。それも少しずつ克服し、最後の数日は朝から終わりの法話の時間まで意識はずっと瞑想状態のようであった。
この頃になると、日中の瞑想時間で居眠りする参加者も少なくなっているようだった。一日も日を追うごとに早く感じるようになった。

九日目の夜の法話で、いよいよ明日の朝の瞑想の後に聖なる沈黙が解除される事が告げられる。
(やっと。やっとだ。でも一体何を話すのだろう。)
十日目は、心の解放手術の後に縫合し、薬を塗る日だ。社会に戻る前に、実生活とのグラデーションを作る日として参加者同士で自由な会話をする事が奨励される。しかし、受付の前に会話を交わした人もいないし、一体何をどんな風に話を始めるのか想像がつかなかった。

10日目、慈しみの瞑想、聖なる沈黙の解除、個性的な参加者たち

十日目の朝、長かった合宿期間の最終日。午前中に慈しみの瞑想という、祈りに近い瞑想を皆でする。生きとし、生ける全てのものへの慈しみの心、愛情、幸せを願う心を皆で大きくする。参加前よりも少しは繊細に、クリーンになった自分の心にそれをインストールする。それまでは禁止されていた、<お互いに認識する事>が解禁される。三十分ほどの短めの時間だったと思うが、この時にきっと参加者皆が「やっと終わる」安堵感を味わうだろう。
自身への、参加者全員への労い、ボランティアで来ている古い生徒への感謝の思い。無心に努めた十日目の最後、積極的に他者を想う事が推奨される。
瞑想の終了が告げられた時、何人かの生徒は静かに涙を流していた。
「ではこれにて聖なる沈黙は解除されます。今日の残りはグループ瞑想の時間以外は自由です。瞑想されたい方ももしかしたらいらっしゃるので、多少気遣っていただいて、皆さんでお喋りしていただいて結構です。お疲れ様でした。」
と、皆が散り散りにホールから出ていく。一体どのように話を始めて良いのか思い出せない。喉から声が出るのかすら疑わしかった。だが、数人が近くの人たちに「お疲れ様でした」と声をかけ始めると自然に会話が始まった。
僕の近くにいた二十代前半と思しき青年が同じように控えめに、
「あ、どうもお疲れ様でした。」
と声をかけてきた。僕も同じように
「お疲れ様でした。」
と返事を返すが、どうにも違和感がある。声が頭の中で反響する。びっくりして僕は頭を抑えた。
「声めっちゃ響きますよね〜。」
青年は同じように片目をつぶって頭を抑えた。
「なんか凄い変な感じ。」
まるで頭蓋骨が空洞にでもなったかのように、長く音の残響が残る。周りの人たちも似たようなリアクションを見せている。やがて自然と数個のグループが寄り集まって会話が始まった。

みんなで遅めのお花見

その日は、まるで我々を祝福するかのように突然外も春めいていた。途中の寒波で桜はほとんどが死んでしまっていたが、生き残った何本かが既に緑の葉っぱを蓄えながら花びらを散らしていた。最初に感じた声に関する違和感も、みんなで給食のように話をしながらランチを過ごしているうちに慣れてきた。
食後の休憩時間、庭に出て皆で桜の木の下でお花見のようになった。この<全員他人のお花見>のような不思議な環境に、
(刑務所のお花見ってこんな感じなのかな。)
と昔聞いた元受刑者の友人のお花見の話を思い出した。参加者でそれぞれ皆普段何をやっているのかだとか、修行の進捗はどんなだっただとかを楽しそうに話している。僕に最初に声をかけてきた青年は福島の出身で原発事故の避難民だった。これからの事が何もなくなってしまったので、参加して自分を見つめにきたのだという。僕も似たようなものだったが、まさかその時に事故が起きたばかりの福島原発の周辺地域からの避難民だとは思わなかった。受け入れてくれる場所を友人と転々、避難生活中だという。その友人も同じコースに参加していた。それ以外の参加者も言葉を交わしてみると、皆それぞれにあまり普段聞く事のない業種の人たちばかりだった。確かに日本の制度では、せっかくの満12日間の休暇を瞑想に捧げるのはハードルが高い。自然と多少の物好きも集まるだろう。でもその時は特に東日本大震災の直後、自分も含めて「これからどうするかあまり何も決めていない」状況の人が多かったのだと思う。日常なら議論が加熱しやすい政治的なトピックも、みんながそれぞれの考えを尊重して聞き合った。修行の進捗も人によって本当にまちまちで、最後の最後まで<感覚>とやらが何の話かさっぱりだったという参加者も意外にも数名いた。

一体何の話をするんだ?などと言う前日の懸念は完全に取り越しで、皆がすぐに打ち解けた。高い山を十日もかけて無言で一緒に登った仲間達であれば当然なのかもしれない。
僕は感覚が敏感になってて、それが笑いにも飛び火した。参加者の話や、くだらないダジャレの類を聞くだけでもの凄い大爆笑をした。腹から背中に突き抜けるような笑いと共に、脳内麻薬が放出した。最後まで感覚は感じられなかった口だった、<もう一人の同室の日本人>はちょっとひいた目で見ていた。

(確かに駅とかでこんなにいきなり爆笑したらまずいよな。十日目は重要なのだな。)

と、一瞬はっとして顔を上げると、スサノオが人々と談笑しているのが遠目に見える。距離があって会話は聞き取れないが、初めから違和感なく溶け込んでいるようだった。あちらの皆さんは英語が得意なのだろうか?
などとその時は思ったが、近くによると

「ダイタイはニシナリ。」

と言うフレーズが聴こえた。しかも関西弁だった。明らかに会話慣れしている様子で、周りの参加者の一人がどこで日本語を覚えたのかを聞いているところだった。

「飲みにいって喧嘩トカネ。大体最初はソレやった。」

その回答を聞いてまたしても槍のような笑いが背中に突き抜け、続いて腹が弾け飛んだ。周りもその白人素戔嗚の意外な回答に笑う。なかなかの破戒僧ぶりだ。まがりなりにも仏教の瞑想の合宿で、そんなヤンキーみたいな白人がいるとは皆想像していなかったはずだ。

夜のグループ瞑想の後、囚人の花見から今度はまるでヒッピーコミューンのお茶会のようになった。親密さを深めた我々の会話もどんどん深く、夜が深くなっても名残惜しく延々と続いた。


11日目、のびのび瞑想でお別れ、後光が差す私

最終日の朝、最後の慈しみの瞑想を終えるといよいよお別れの時間がやってくる。やっと帰れる安心感と、打ち解けたばかりの参加者達ともう一泊ぐらい遊びたい気持ちが入り混じっていた。ボランティアの古い生徒達がそれぞれに挨拶と、合宿の胸中を話す。

「これで皆さんも<古い生徒>さんとなりました。出来ればぜひ、一度皆さんもこの手伝いにも参加してみてください。と言うのも、一度ボランティアも経験する事で日常との丁度中間体験にもなるのです。」

と言う言葉は説得力があった。それぞれ自分の貴重品、携帯などを受け取り、それぞれの裁量でお布施をする。難しい状況の人はいつかボランティアとして参加するなどの奉仕が推奨される。そういう循環だけでこの、S.Nゴエンカ氏系のヴィパッサナー協会は世界中で施設を運営していると言う。だが、ボランティアに関しては慢性的に不足気味なので、一日の奉仕だけでも助かるのだそうだ。

久しぶりに手にした携帯で皆、帰りの時刻表を調べる。それぞれが、自分の必要な方向に分かれてバスに乗り込む。人里が物凄く遠くに感じると道中一緒の参加者と話していた。実際、街は目まぐるしくて、だいたい無意味に感じた。


あとがき:番外編に続く

ヴィパッサナー合宿の初体験記は一旦これで終わり。実体験を書くと小説のようになってしまい、気づけば6話のシリーズ物になった。なので、それっぽくあとがきを書く事にした。こんなアホっぽくて長い文章に時間をとってくれた方には心からお礼を言います。そして、実は今回ここには書かなかった番外編を別記事で書こうと思います。魔教体験がどんな感じだったのかの詳細をもう少しとか、最後の夜に別の参加者達と話した事とか。実際カルトっぽくないの?とかそう言う赤裸々なことはまた別にします。参加者達と話したことも随分と不思議な話が多かった。そして笑った。

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