ヴィパッサナーの魔境で見たもの3(アストラルメルトダウンとスサノオ)
3日目、スサノオの降臨
アーナーパーナ瞑想の三日目。いよいよ明日からヴィパッサナー瞑想に入る事がアナウンスされる。それまではひたすら鼻と上唇の間の三角地帯に全意識を集中する。グループ瞑想の後には個人瞑想が1時間半ある。この時間はホールに残って瞑想してもいいし、自室に戻って瞑想してもいい。決して自室で眠っていい時間というわけではない。が、この辺りが参加者の疲労の度合いが色濃く出る時期になる。一日10時間、鼻と口の間に意識を集中して三日目だ。個人瞑想の時間にも多少の参加者の寝息が混じり始める。
僕も朝の個人瞑想は自室でしていたのだが、同室の白人の彼はどうも集中できないようでしきりに姿勢を変える音が聞こえる。「さぞや大変だろうな」という思いが一瞬頭をかすめ、自分の呼吸の観察に戻る。
しばらく静寂が続いた。
すると突然、
<バッフッ!!>
と音がした。
(!!?え!!?)
白人の彼がいきなり屁をこいた!しかも、かなり遠慮のないボリュームだった。
(やめてくれ。)
その後の静寂が耳に堪える。僕はすっかり心を崩した。
(次来たら完全に壊されそうだ。)
との思いから数分後、僕はホールに瞑想場所を移動しようと立ち上がる。すると、下にいる白人の彼は壁に寄りかかって足を伸ばし、目を開けて顎を触りながら貧乏揺すりをしていた。
(普通に考え事だろそれ!!)
情報量の多い自室を後にし、ホールでの瞑想にその日は決めた。ホールへの移動の廊下でニヤつきを抑えるために深呼吸をした。
昼食を食べた午後の休憩時間、僕は庭を少し散歩した。桜の花は満開になることなく萎れて散り始めていた。同室の白人の彼が何やら落ちた枝を一か所に集めている。初めはお坊さんのように、掃除を修業に取り入れたのかと思ったがちょっと違う。枝を組み合わせて奇妙な祭壇か古墳めいたものを作っている。そこから少し離れたところで枝を一本持ち、祭壇に向かってトマホークのように投げた!
何の儀式かわからないが、思いっきり創造的で娯楽的なことをしている。仮に彼を<白人素戔嗚尊>(シラヒトノスサノオノミコト)と名付けることにしよう。
明日からいよいよヴィパッサナー瞑想に入る。
4日目、無常はビリビリする
白人素戔嗚尊(シラヒトノスサノオノミコト)のイビキは日に日に静かになっていった。反面、瞑想に対しては諦めの姿勢が目立つようになっていく。僕自身は日に日に瞑想に集中できるようになっていった。
さて、ヴィパッサナー瞑想とはどんなものか。毎日ほぼ同じ内容だったテープの指示がその日、明らかな変化を見せ始めた。まずは昨日と同じように鼻の下の三角地帯に意識を集中する。
「すると、ビリビリするような独特な感覚を感じるでしょう。感じない人は無理せずアーナーパーナの瞑想を続けてください。」
はじめは何のことを言っているのか分からなかったが、指示通りにそこに意識を集中しているとこれまでなかった感覚が現れ始めた。ビリビリと、微弱な電気が流れているような不思議な感覚が。
「それをゆっくりと意識をキープしながら、頭の天辺まで移動させてください。」
(え、何それ?)
言われたように意識を集中すると、そのビリビリが少しずつ上に上がっていくのが分かる。内心、驚きとワクワクと興奮。しかしそれで心拍数が乱れるとビリビリは消える。執着せず、ただそれに意識を集中して上の方まで持っていく。どうにかそれを頭の天辺まで持っていく事ができた時、
(ズグズグズグ)
と頭の天辺から電流が流されたような、今まで味わったことのない感覚が現れた。
(えー!!何これー!!!?)
この<感覚>というのが口で表現するのが難しい。電流と言っても決して痛いわけでも痒いわけでもない。むしろ心地の良い感覚だ。これが細胞が生まれては消える、明滅の感覚なのだろうか?全ては変化している、その感覚なのだという。ビリビリは電気信号なのだろうか?本当のところはどういうメカニズムなのか分からない。でもそれを全身くまなくスキャンして観察する。そしてこれがまた難しい。頭頂部まで行けたら頭部に関しては難しくない。そこから肩、体、足と下がっていくのが難しい。
体を観察していると、一部感覚が鈍い箇所が存在することに気づく。僕の場合は、大抵昔に怪我したことのある場所だった。あとは痺れている足なんかもその感覚が感じられない。
足の痺れに関しては前回の記事で書いたが、この段階では僕もまだ完全には克服しておらず、時にはまだ感じることもあった(痛みはほぼ克服済み)。この日はそれら感覚の鈍い場所との格闘に終始した。
5日目、魔境の入り口
ヴィパッサナー瞑想に入って二日目、古傷を観察していて新しい気づきを得た。昔、部活で靭帯断裂した肘や捻挫癖のある足首、膝などがその箇所だった。観察していると、他の箇所に比べて無意識に力が入っていることに気づく。どうやらまだ庇っているらしい。昔のトラウマをいまだに庇っているつもりなのか、ちょっとだけ力んでいる。力を抜くと怪我したときの記憶が蘇ってきた。その想いに合わせるように脱力をすると少しずつ感覚が得られるようになった。
新しい生徒の場合、この段階でヴィパッサナーにまだ移れない人も多くいるので、もしこれを読んで参加する人がいたならばあまりこの部分には執着しないで欲しい。
昼になると、生徒の雰囲気で何となく瞑想の進捗状況が分かるようになっていた。疲労の色が滲み出ている生徒と、目がバキバキで静かに澄んだオーラを纏っている人とで参加者が二分していた。時々、一日二日のピンポイントで出たり入ったりする古い生徒がいるが、その人たちと似た雰囲気を新しい生徒の一部も纏い始めた。僕も眠気、痛み、空腹とあらゆる事が気にならなくなくなって、午後の瞑想が楽しみになっていた。
この日の午後の瞑想で、僕は初めての魔境体験を経験する。人によって魔境も定義が曖昧だと思うが、要は一時的な無我状態だ。全てが止まって、意識が宇宙の全てに溶け込んだような感覚。
全身を大体スキャンできるようになって、もっと深く内部を観察してみた。脳や眼球、歯、骨、内臓という風にスキャンしていると内臓のあたりで面白い事が起こる。内臓のビリビリを感じると、お腹の辺りがビクビクと痙攣する。くすぐったい。意識を内臓に持って行った時に、実際に肉体的な反射が起きるのが不思議で、またとても面白いと思った。何度やってもそれが起きるので、きっとヨガの達人なんかはこの痙攣を超えて内臓と意識を繋ぎ、操作する事が可能なのだろう。僕はこのくすぐったさを抜ける事が出来ず、もう一度全身の表面の観察に戻った。すると、今度は以前よりもスムーズに全身のスキャンができるようになっていた。
「全身結局どこも同じ感覚なんだな。」
と自然に思えてきた。と、どうしても好奇心に抗えず、指示にないことをしてしまった。
「全身、同時に感じられるかな。全身を一気に包み込むようにスキャンすることは可能なのだろうか。先生、すみません、好奇心に執着してます。と、懺悔の思いと共に全身を脱力して意識を集中してみる。
……。
…………。
……………
静寂。
完全な静寂と共に、言葉による思考のない世界がやってきた。
(...?)
言葉にならない少しの驚きと穏やかさ、心地の良い静寂と共に全てと自分がつながっている感覚。スキャンをしていないのに全身を感じていると、自分と外の物質との境目がなくなった。体が溶けてなくなったようになって、自分が誰なのかがあまり分からなくなりそうだ。ただ、静かに森に生えている木や、空で光っている星のような、そういう大きな環境の一部として自分が同化しているようなそんな感覚だ。静寂の中を、言葉にならない幾つもの情報が、<点>のように凝縮されて駆け抜けていく。
すると終了の鐘がなる。
僕はゆっくりと目を開けて、しばらくその場に座ったままだった。
瞑想バッドトリップ
夕方のお茶の時間、新しい生徒は皆果物を食べる事が出来る。皆、バナナの皮を剥いてカップだけとってお茶を飲み、それを一緒に頬張っていた。僕は食欲は無く、お茶を飲みながら先ほどのサイケデリック体験の事を考えていた。
(素面でこんなことになるのか人間は。キノコの幻覚とかよりある意味すごい体験だったな。)
その昔、一瞬だけマジックマッシュルームが合法だった時代、まだ僕は学生で隔週月曜日は友人とキノコの日。気の許せる友人と3人、キノコの結社を組んで幻覚体験は何度も経験済みだった。それとは質が少し違うものの、この静寂体験は強烈なものだった。1時間半の間、一度も姿勢を変えていないのにもかかわらず足は全く痺れていなかった。立ち上がる時に、何一つ痛みすら感じることなく普通に歩き出す事ができた。人間の精神と肉体の関係を不思議に思い、その日あと一つ残されたグループ瞑想を楽しみに感じていた。
と、スサノオが何やらお皿をとったり忙しそうに行き来している。彼の持つお皿を見ると、皮を剥いて綺麗にカットされたバナナが乗っていた。それを机の上に置くと、
<シャンシャカシャンシャカシャンシャカ!!!>
っと物凄い勢いで手を振り始めた。蜂蜜だ!蜂蜜を上下左右、斜めにドバッドバにかけまくっている!!!おそらく瓶の四分の一は消費しただろうと思われるその<おやつ>を持って、スサノオは夕日の前の窓際に座った。美味しそうにその蜂蜜バナナを頬張る彼の瞳は夕日よりも遠くを見つめていた。春の赤い夕焼けに照らされた彼を見ていると、自分の分のバナナを彼にあげたい気持ちになった。
その日、最後のグループ瞑想でもう一度僕はこの<アストラルメルトダウン>的な現象を経験する。今度は、このホールの床や壁も自分と同じように感じた。全身の感覚が外側の全てと溶け合って静寂に包まれると、目を閉じているはずなのにホールの風景が浮かんできた。
(あれ?)と思って目を閉じたまま顔を横に動かすとその風景もついてくる。
(え?)
と思って目を開けると同じ風景が広がっている。目を閉じても開いても同じ光景が広がっていた。意識は変性状態に入っているので、大きく驚くようなことはないが、静かにまた不思議を感じていた。
しかしこの夜、あまりにも意識が覚醒しすぎて眠れなくなった。まるで、100m先の音まで全て聞こえているような気分になって、ついには「自分の心臓の鼓動」がうるさく感じ始めたのだ。
「自分の鼓動がうるさい」
というフレーズは、今聴いても非常に不吉な響きを孕んでいる。僕は漠然とした恐怖を感じるようになった。漠然、と言っても<狂ってしまう>ことへの恐怖であることははっきりしていた。突然、鼓動が早くなり始める。
(やばい!俺統合失調症かなんかになっちゃうかも。)
と、この合宿が基本的に途中リタイアが不可能である事を思いだし、過去に参加して狂ってしまった人はいるのだろうかなどと考え始めた。
(狂った人ってどうなるの?)
僕の頭の中では夜中に荷物をまとめ、この合宿所から逃げ出す男性の様子が再生され始めた。男性は荷物を雑にまとめると、膝までしかズボンのはけていない状態で「パッパラパー!!!!ヒョロリー!!!」とか叫びながら夜道を走っていた。行き先はきっと、バス停だ。朝まできっと誰もこないバス停に向かっている。
(ゼッッテーそれなりたくなねー!!)
と、自分の勝手な妄想の恐怖に囚われてその夜は少ししか眠る事ができなかった。言ってみれば瞑想のバッドトリップに入ってしまったのだ。
→続く
