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【イギリス】 Upnor Castle - English Heritage

本 note は 2025年7月下旬頃に訪れた、English Heritage 管理の施設、Upnor Castle の紹介です✍


Upnor Castle の場所

ロンドンの中心部からイングランド南東部の Rochester までは車で 約1時間半、Victoria から電車で 約40分 の距離に位置します。

Upnor Castle について

歴史

  1. 建設と目的

    • 建設は 1559年に始まり、1567年に最初の段階が完成しました。

    • エリザベス1世の命令で、近くのチャタム造船所 (Chatham Dockyard) やメドウェイ川に停泊する王室艦隊を守るための砦として築かれました。

    • 当初の設計は有名な軍事技術者 サー・リチャード・リー が関わっており、彼のデザインをもとに要塞化が進められました。

  2. 要塞としての変遷

    • 1599~1601年にかけて陸側の防御を強化するため、土塁 (sconce) や城門などの増築が行われました。

    • 1667年には第二次英蘭戦争中、オランダ艦隊によるメドウェイ急襲(Raid on the Medway) が発生。Upnor 城も砲撃を行いましたが、防衛力としては限定的だったと伝えられています。

    • その後、戦略的重要性が薄れ、1668年には火薬庫 (マガジン)として転用されました。

  3. その後の利用と保存

    • 18~19世紀には兵器・火薬の保管施設や実験施設として使われ続けました。

    • 第二次世界大戦まで軍事的な用途を持ち、戦後 (1945年以降) は博物館・史跡として公開されています。

    • 現在は歴史的遺産として保存されており、Grade I (非常に重要な建造物) に指定されています。

建築・見どころ

  • 城の主要建物は 41m × 21m の長方形ブロックで、二階建ての構造です。ケント産のラグストーン (石材) やレンガが使われています。

  • 川に面した「ウォーターバスティオン (水岸要塞)」は三角形の形をしており、かつて大砲が配置されていました。

  • 外壁には塔 (タワー) や城門、石の囲い壁 (カーテンウォール) が残っており、防御構造を感じさせます。

  • 内部には中庭があり、かつての兵舎や物資貯蔵庫などの痕跡が見られます。

  • 19世紀の6門の大砲 (オリジナルの車輪付き台座付き) がウォーターバスティオンに展示されています。

※ ChatGPT によってサマリー生成後、微調整

写真たち

Castle まで

この川 (River Medway) の近くが入口です
冬場 (11月〜3月) は閉館です⚠️
(スマホで撮影)

Barrack Block (兵舎棟)

チケット売り場とお土産屋さんも兼ねた建物です。

アップノー城には18世紀初頭 (1718年頃) に建てられた煉瓦造の兵舎棟 (バラック・ブロック) があり、3階建ての構造で、当時の将兵たちの居住施設として使われていました。煉瓦の装飾、セイシ窓 (上下開き窓) など、当時の建築様式がよく残っており、軍事建築の貴重な遺構です。

城の防御施設だけでなく、兵士の生活や城の運用を感じさせる重要な建築要素として見どころのひとつになっています。

ChatGPT によるサマリー
なかなか渋めの建物です
昔からパブは大人気😂

Gatehouse (城門)

Gatehouse へ向かっています
(スマホで撮影)

アプノー城のゲートハウス (城門棟) は、城の北西側のカーテンウォール (石の囲い壁) に位置し、四階建ての構造です。元々は16世紀終わり〜17世紀初めに建設され、後に1650年代に火災で損傷を受けた後、レンガで増築・修復されました。

防御用の建築的特徴が豊かで、城門の両側には高さのある塔 (コーナー・タワー) があり、さらにガンポート (銃撃孔/銃眼) が配置されているなど実用性を重視した設計です。

入り口上部には 18世紀後期の時計 が取り付けられており、さらに 19世紀初頭には木製の鐘楼 (ベルコート) が追加されています。

内部を抜けると中庭 (コートヤード) に通じており、歴史を感じさせる動線の中心地点となっています。 歴史的には、1667年の第二次英蘭戦争 (オランダ艦隊によるメドウェイ急襲) など防衛の要所だった時期もあり、城の要塞的な顔を今に伝える象徴のひとつです。

ChatGPT によるサマリー
時計と鐘楼が見えますね👀
歴史を感じる壁でした
今も時を刻んでいました
鐘楼も間近で観れます🔔
Courtyardを上から

Magazine (火薬庫)

アップノー城は、1668年から王立武器庫 (Board of Ordnance) の 火薬庫 (マガジン) として転用されました。火薬貯蔵のために城の構造は改修され、高床式の床、銅張りの扉を備えるなど、火薬を安全に保存するための設計がなされていました。

内部は「アーチ構造+通路+バレイ (火薬樽を置く区画)」に分かれており、木製床 + 銅張りの厚い扉で火花の発生を防ぐ設計となっています。火薬の積み下ろしには、船で来たバレル (樽) を巻き上げる風車式  (キャプスタン) が使われていました。

1691年の調査では、5,000樽以上の火薬が保管されていた記録があり、当時イングランド最大級のマガジンの一つになっていたと考えられます。

1827年以降は火薬庫としての用途を終了し、代わりに 爆薬実験室 (Ordnance Laboratory) に使われるようになりました。

ChatGPT によるサマリー
ここを見学しているときから雨が降り始めました・・・☔
ステュアート朝時代の王室紋章 (1603年以降)
イギリスの王室の紋章 (Royal Coat of Arms) との違いが分かりますか?👀

Bastion (稜堡)

アップノー城にはメドウェイ川に向かって突き出す 低めの三角形の銃台 (ウォーター・バスティオン) があり、主に重砲を設置する場所として使われていました。

このバスティオンには 9つの銃眼 (エンブレイジャー) があり、そのうち6つが下流方向を、3つが上流方向を向いていて、射線を多角に確保する設計になっています。 丸みを帯びた胸壁 (パラペット) があり、敵の射撃をそらすような造りです。

バスティオンの外側 (川側) には 木製の防柵 (パリセード) が設けられており、これは元々1600年頃に築かれたもの。現在のものは復元です。

現在、19世紀中頃の 6門の大砲がオリジナルの車輪付き台車に載って展示されており、当時の火砲配置や防衛の雰囲気を体感できます。

ChatGPT によるサマリー
この螺旋階段を通ってバスティオン内部に行けます
手すりに歴史を感じました
結構雨が降っていたのでスマホで撮影
スマホで撮影
スマホで撮影

North / South Tower

16〜17世紀 (1599-1601年) の防衛強化を目的に造られた2つの塔です。もとは 2階建ての砲撃用タワー (開放背面) で、川沿いを射撃するための銃座が備えられていました。後に居住用に改装され、3階建てへ拡張されました。

現在も当時の銃眼や城壁との接続が見られます。南の塔は「総督の住居」として想定されていた時期もありましたが、実際にはあまり使われなかったと言われています。

ChatGPT によるサマリー
1856 !?

おみやげ

久しぶりにシンブル (指貫) が売っていましたので購入しました👌 値段もお手頃だし、サイズも小さいのでお土産にもってこいなんですよ🥳

最近はなかなか見かけなかったので良かったです😆

雨が降ってこなければ、もう少しゆっくりと出来ましたが、なかなかに渋くて雰囲気のある施設で楽しめました😌

YouTube の紹介動画

最後までお読みいただきありがとうございました。


個人的メモ

支払済年会費: £100.80 (Joint Membership)
累計入場料: £441.40
今回入場料: £17.00 (£8.50 x 2)

お得: £357.60


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➔ 最新版が出ていました😳

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