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57. 腕時計は顔がいのち? ~文字盤の汚れについて~

こんにちは。
おやじの左手です。
趣味のひとつとして、1960年代の国産手巻き実用腕時計を集めて
こつこつと修理をしています。
記事の趣旨は、「自己紹介」をお読みいただければと思います。



腕時計の「顔」と言えば、「文字盤」。
時計を見る中で、一番気になるところかと。

昭和の時計なんて、ビンテージ時計と割り切って考えれば、
文字盤に汚れや痛みがあったりしても、ある意味、いぶし銀です。
ですが、やはり、綺麗であるに越したことはありません。

文字盤自体は、風防やケースが守っています。
ですが、
古ければ古いほど、使われれば使われるほど、
  汚れ、染み、焼け、キズ、などが
目立つ文字盤が多くなります。
自分たちの顔と同じ、
時間が経つにつれ、年季が入ってくるのは致し方ないところです。


さて、その原因ですが、

汚れや染みは、
湿気や水分、塵埃の侵入による、錆や腐食、塵埃の固着。
これらは、たとえ防水機能のケースでも、
古い時計ほど、逃れることができない宿命です。
プラスチック風防という脆い材質も大きく影響しているかと。

文字盤の 3時の方向や外周の縁の汚れは、
リューズ、ベゼルからの湿気、水分の浸食だろうな、と思います。
また、あまりにも浸食が酷いと、
文字盤表面のラミネートや、塗装の浮き剥がれも起こすようです。

リューズ、ベゼルからの浸食


お次は、焼け。
言葉通り、日に焼けたように全体的に茶色くなります。
日常の使用頻度が多ければ多いほど、焼けも避けようがありませんが、
ただ、けっこういい味になっている日焼けがあるのが面白いところです。
綺麗に焼けている文字盤を探したいくらいになります。^^/

酷い日焼けだと、プラスチック風防の劣化も相当に激しく、
その場合、
風防に細かいシワ溜まりや、水泡のような細かい泡が見られます。
プラ風防もこうなってしまうと、研磨での復旧は難しいところです。


傷は、人為的なモノが多いかと。
たまに見るのは、針による線傷痕。
修理やメンテ時の針の交換などで、
針の剣先が、文字盤側に傾いたまま取り付けてしまうと、
回る針先でコンパスのように丸く線傷がつきます。
また、乱暴な扱いと思われるひっかき傷もよく見ます。
文字盤もムーブメント同様、注意を払って取り扱いたいものです。

人為的で、
もうひとつ、気をつけなければならないのが、指紋跡。
たちの悪いことに、文字盤に指が触れても、その時は見た目に汚れず、
気がつくことはありません。
数年の時が経つと、指紋の跡が、うっすらと汚れとして現れます。
時計いじりに、手袋や指サックは必須です。
どんな綺麗な文字盤でも、ロディコなどの汚れ除去剤で油分を取るように
していますが、常に不安は残ります。


これらは、たぶん水没。。


時計趣味を始めた頃、
汚れくらいは取れないものかと、汚れ落としで拭いたり、
ベンジンや洗浄液に漬けたり、
細番手のペーパーや激落くんみたいので磨いたりなどを試みたのですが、
ある程度は、綺麗に出来ましたが、
表面が、汚れ以上に溶解、傷つく、という結末も多々ありました。^^;

より、
時計の文字盤の見た目を良くしたければ、
程度のいい文字盤と交換するしかないかなと。
ですが、
なかなか綺麗な文字盤も出回らず、これからさらに苦労すると思います。
ブランド時計や高級時計でよく聞く、リダンという手はありますね、
ですが、実用腕時計でここまでする事は無いでしょう。


インデックスを、マスクしたり、取り外したりして、
スプレー他の塗料で、盤面を色づけしてみたこともありますが、
思ったイメージにならず。
また、へたに文字盤に厚みがついてしまうと、
針位置が浅くなったり、ケースとリューズの位置が合わなくなったり。
まだまだ、修行が足りません。^^;


「人形は顔がいのち」
昭和に流行った、吉徳大光の有名なキャッチコピーです。^_^
このコピーには、

精魂込めて作られた人形は、家族を育むやさしい父母の願いや、清らかな愛に満ちた人々の思い、すなわち「心」を鏡のように受けとめ、映し出します。それがすぐれた人形の表情であり、だからこそ「人形は顔がいのち」なのです。

吉徳大光HPより

という、老舗ならでは深い想いがありました。


腕時計は顔がいのち?
文字盤が、持ち主の「心」を鏡のように受け止めて、汚れた。
ということではないでしょう。(笑)

長い間、持ち主を見守り、外敵と戦った渋い顔。
今はともかく、ともに長い年月を過ごした腕時計にとっては、
汚れた文字盤こそが、すぐれた腕時計の表情なのかもしれないですね。

歴戦の勇者たち


次回は、明日のインプレッションなどが書ければと思います。

FLH