【後編】とらのちゃんひとり湯河原原稿合宿の旅
午後三時四十分頃に、無事にお宿の送迎車に乗り込む。黒いワゴンの車体に、お宿の名前が書いてある。
本当はもっと前からこの車は停まっていたのかもしれないけれど、気づきませんでした。二十分近くロータリーのベンチでじっとしていたっていうのに、わたしにはこういうところがあります。
他にふたり、お客さんがいました。多分同じジャンルの同人友だちなのかな、という雰囲気。わたしには一緒に原稿をやりに旅行しようなんて友だちがいないため、羨望のまなざしを向けそうになるががまんをします。わたしときたら、常に自分以外を羨ましがってばかりだからです。
ところで、羨望と嫉妬は双子のように思えますけれども、「いいな」と「ずるい」には明確な違いがあり、わたしは「人を妬みたくない」という明確な自我を持って日々生きております。妬まないかどうかはとりあえず置いておいて、妬みたくないのです。
でも羨望は持っていないと、可愛げが減るような気がしませんか。いいなぁ、という感情を持っているキャラクターのほうが、なんとなく書いていて愛せるけれど、ずるい、だと可愛げがない。羨望はチャーミングだけど、嫉妬は露悪な気がして、結局自分が損をするというか、どうも扱いにくいのです。
人は思い通りにならない。人を責めても時間を無駄にしてしまうわけですけど、まぁ人間そういうものに振り回されるから味がするのかな。酸いも甘いも……。
送迎車の中で、五所神社の横を通りました。
お宿に向けて、山の上のほうにのぼっていって、これは歩いたら何分くらいだったのかしら、と考えます。行けなくもないだろうけれど、パソコンが重たい。
昔は旅館なのか保養所だったのか、今は使われていなくてちょっと朽ちたような建物の横を通って、豊かな時代に建てられたリゾート廃墟のようなものが日本にはたくさんあるんでしょうけれど、昔はそういった廃墟に心惹かれていたものです。
でも今は廃墟よりも、まだ人が住んでいる、人が使っている、そんな古いもののほうが好きだなと思います。わたしは人間とうまくやれないくせに、人間のことが好きな部分があるので、人類滅亡したら悲しいだろうな。全部廃墟になってしまうし……それはそれとして、終末系の創作も好きです。世の中すべて、それはそれ。
さて、ついにお宿ですけれど、午後四時チェックイン。
リニューアルしただけあって、近くにあった保養所廃墟とはえらい違いのモダンさですけれど、客層はやはり原稿執筆の女性が多い感じで、フロント、ロビーというよりコワーキングスペースという雰囲気でした。
原稿執筆プラン、というものを打ち出すとみんなわざわざここまで来るんでしょうから、コンセプトって大事なのだな〜と思います。
湯河原は文豪の街。温泉街で原稿しながら、担当編集に締め切りをせっつかれるようなファンタジーに今も憧れがありますが、そういうコンセプトのお宿もあったような気がする。編集者役の役者さんが締め切りをせっついてくれて、追いかけ回してくれて、オプションをつければ文学賞を受賞した電話までかかってくる、というようなお宿だったと思うのですが、まだあるのかな? 行ってみたいですね。架空の文学賞でもいいから、何か賞をもらってみたいものです。たまには人から褒められたい。虚構でもいいから……。
お夕飯の時間は午後七時にしたんですが、フロントでそれまでにどれくらい作業するか宣言するというオプションがあったので、一応つけておきました。時計を見ると、午後四時過ぎ。部屋に入って少し荷物を片付けて、パソコン開くのが四時半と考えると、お夕飯までの作業時間は二時間半くらい。
それなら5000字くらいかな、と思い、5000字で、と言いました。フロントの方はそれをメモして、お夕飯の時に進捗を伺います、と言っていました。
そう言われると、絶対5000字書かないとな、という気になります。わたしは約束を守らないと、寿命が縮むような気になって据わりが悪くなるのです。


Wi-FiつないでWordを開くと、家で書いていたぶんが「11635文字」でした。

本当はお風呂に入って寝たいんですが、わざわざここまで原稿やるためだけに来たのですから、書かなければ損です。わたしときたらすぐに損だとか得だとか言って、貧乏ったらしいのが滲み出ているんですけれども、とにかくやります。
よーいどん!

午後六時五十分くらいにキリがよかったのでやめます。わたしは時間を守らなければ落ち着けないので、七時と言われたら七時五分前には着席したいタイプです。
17370字。ということは、5735字です。よかった、うっかり6000字とか言わないで。
お待ちかねのお夕飯ですけれど、ワークスペースになっている場所で食べるスタイルです。
砂の入ったインク壺に部屋番号がついていて、そこに座ります。
ご飯どき以外はどこに座っても自由なんですが、わたしはこうやって割り振られるとそこにいなければいけないような、そんな気持ちになる性格ですので、お宿を出るまでずっとこの席でお世話になります。愛着。

お夕飯はアジフライと、あとなんか……なんだったかな? 魚です。
湯河原の海でとれたとか。あとは湯葉とかお豆腐、こちらも地元のお店だそうです。


宣言していた進捗は特に確認されなかったんですけれど、聞くところによるとお酒を召し上がる方は目標達成していないと出してもらえないらしいので、注文したら聞かれたのかな?
わたしはお酒に弱いので、ほとんど飲まないタイプです。
お夕飯が済みましたので、ではお風呂いただきましょう、と思って、浴衣を借りました。置いてあるのを自分で持っていくスタイル。ジャージも借りられるみたいで、ジャージ着てる方もいました。
他にもいろいろ、カードゲームとか貸出されていたので原稿ではなく普通にお友だちと遊びに来てもいいのかもしれません。マンガとか本とかたくさん置いてあるし。
お風呂は、湯治っぽ! な再加熱なしのぬるめのお湯で、一種類だけです。備えつけのシャンプー類は、国内ホテルでよく見るポーラのやつ。
ぬるいので長く浸かれます(助かる)し、壁にはアートがされているんですが、窓のところに白いお腹を見せたヤモリがペチョ……と張りついており、それも絵かと一瞬思いましたが、本物でした。入浴の間中、ヤモリの裏側見放題。手がね〜、かわいい!
入ってから出るまで貸切状態でしたが、脱衣所に洗濯機があってそれを使っている方もいました。旅先でお洗濯するの、ロマン感じませんか? 暮らすように旅する感じ……ショートステイでなければ、そういうこともしてみたいと思います。
お風呂に入って、なんかもう……眠いな! 眠い! 昼間歩いたせいで、眠い! そんな感じありましたけれど、原稿やりに来たんですから、原稿やらなきゃ大損な気がして、別に大損ってこともないんですけど、わたしは貧乏性でどうしようもなく、とにかくここまで来て宿泊料を無駄にしてはならないと思い、部屋ではなくラウンジで原稿をすることにしました。
ラウンジはコーヒーとか紅茶とか飲み放題。小さいチョコとか飴とか置いてあるので、それもいただきます。

わたしの部屋番号が置いてあるお席(でもどこに座ってもOK)で、原稿合宿夜の部がスタート。
わたしは気が散りやすいんですけど、リヴリーに餌やったり友だちにLINEしたりして案の定気が散りまくりながら執筆していたんですけれども、それでもやっぱり家より集中できます。
深夜2時くらいまで書きました。途中で貸切状態になって、外は真っ暗で、夏の夜という感じ。


そういえばお部屋に線香花火一本置いてあって、まぁ夏のBLといえば線香花火したりもしますわな、と思いましたけれど、ひとりで線香花火するの恥ずかしくてやれませんでした。自意識過剰なので……原稿友だちがいれば、そんなエモな夜になるわけです……。

翌日の朝食は午前八時に頼んでいたので、夜二時くらいまで原稿してそのあとはふつうに寝ました。
寝心地はさいこう〜! 明日もがんばるぞ!


おはようございます。起床は午前七時半、軽くお化粧してから朝ごはんをいただきます。
湯豆腐、ご飯と卵を入れて雑炊にするスタイル。ご飯は追加できるらしいのですが、お腹いっぱいでとても無理です! おいしい。たくさん食べられる方は追加もぜひ。

わたしは昔から雑炊やおじやみたいなものをうまく作るのがどうもヘタで、苦手なのですが、ダシがおいしくてよかったです。
モタモタ食べて、こちらも無料で使えるマッサージチェアをお借りしました。

ここのテラスで線香花火ができるそうです。エモですね。庭を見ていたらトカゲがいて、かわいかったです。
チェックアウトは午前十時、お昼ご飯は午後一時、湯河原駅までの送迎は午後三時半。
送迎車に乗るまではラウンジでドリンクを飲みながら原稿できるということでありがたい。
チェックアウトまで一時間ほど原稿……と思ったのですが、ちょっと横になるとダラダラとする癖が出てしまい、昨夜のヤクルト対阪神の結果を見ながら休憩。自軍無事勝利。坂本誠志郎捕手のスリーランホームラン。
なんと、昨日の勝利投手は伊藤将司。将司の勝利は久しぶりで、感動です。

チェックアウトしてから、またお昼まで原稿。
そしてあっという間にお昼ご飯。お宿っていうのは、こういうところが嬉しいです。上げ膳据え膳……。


売店にはガラスペンやインクなどいろいろ売られているのですが、入浴剤を友だちへのお土産に。

タオルや手拭いも売っていました。
売店には夜食用のお菓子やカップラーメン、地ビールならぬ地サイダーのようなものも。作業中にいろいろ食べて、お友だちとお喋りしながら原稿する時はいいかもしれないです。わたしは友だちがいないので、夜食もいただかず黙々と原稿です。

あと、やりたかったな〜! と思ったのがこちら。冷蔵文庫。家から本を持ってきて、ラッピングして冷蔵庫の中へ入れて、入っている本と交換できる。いいな〜。今度来たら、ぜひやります。

ラウンジには喫茶メニューもあって、食べたかったのですが何しろご飯のボリュームが多いためお腹いっぱいで何も頼めませんでした。残念。また来ます。(でもまたお腹いっぱいになっちゃうかも)

そろそろ送迎のお時間ですので、原稿はストップ。カウンターを見ると、36161字。チェックインしてから、24526文字書いた計算になります。
これ、もし二泊か三泊できるのであれば、そちらのほうが絶対いいです。一泊二日はほとんど移動で時間も取られますので、連泊できれば、一気に脱稿まで持っていくことも可能ですね。
ここは先日、あの有名な「同人女の感情」にも登場していましたが、みんなのあこがれ神字書きの綾城さんもかつて二泊したとか。わたしもあこがれの綾城さんにあやかって、次の機会は連泊したいと思います。
連泊プランもありましたし、原稿しなくてもただ本やマンガだけ読んで過ごす、みたいなスタイルも癒しがあっていいかも。湯治、おこもり。

帰りは踊り子ではなく普通列車で帰宅しました。
かなり疲れて爆睡だったんですが、土日で行って、月曜日は仕事なので悲しみがある。でもまぁ、普通の暮らしがあるっていうのはありがたいことです。働いて、たまには旅行して、好きな小説も書ける。

秋くらいに、箱根とかに行くのもいいかもしれない。温泉に入りたい。
ここまで読んでくだすった方がもしいらしたら、ありがとうございます。ぜひ原稿合宿、行ってみてください。
10月のJ庭、新刊出せるように引き続きがんばります。
またね ちゃおちゃおりーな
完・とらのちゃんひとり湯河原原稿合宿の旅
