『アビー・ロード』のジャケット写真、1969年8月8日撮影当日の舞台裏

音楽史に燦然と輝く、あの横断歩道。ビートルズのアルバム『アビー・ロード』のジャケット写真は、もはや単なるアルバムカバーを超えた文化的アイコンですよね。でも、あの1枚の写真が、実はかなりドタバタの中で、偶然とひらめきが重なって生まれたものだったってご存知でしたか?
今回は、様々な関係者の証言をもとに、あの伝説的な一日、1969年8月8日の舞台裏を覗いてみたいと思います。
アルバム名は『エベレスト』になるはずだった!?
驚くことに、このアルバム、最初は『アビー・ロード』という名前ではありませんでした。有力候補は、なんと『エベレスト』!
これは、レコーディング中にエンジニアのジェフ・エメリックがいつも吸っていたタバコの銘柄から取られたもの。ポール・マッカートニーは「壮大で計り知れない感じがいい!」と一度は思ったものの、どうもしっくりこなかったようです。「アルバム名にタバコの箱の名前なんて付けられないだろ」と、最終的には却下に。
じゃあ本当にエベレスト山脈まで写真を撮りに行く計画はあったのか?という問いに、ポールは「覚えていないよ」と笑います。アルバムのタイトル決めはいつも難航するそうで、たくさんのアイデアを出しては消す「ブレインストーミング」の連続。そんな中、誰がどう言ったかは諸説ありますが、ポールが「アビー・ロード!」と叫んだ、あるいはリンゴ・スターが「もういいや、外に出てアビー・ロードって名付けよう」と冗談めかして言った、という流れで、僕らが今いるこの素晴らしいスタジオの名前がアルバムタイトルに決まったのです。
ジャケット写真のアウトラインはポールが考えたようです。彼の描いたラフスケッチが遺っています。

寝不足のメンバーと、わずか10分の撮影
撮影が行われたのは、1969年8月8日金曜日の午前11時半ごろ。実はこの時、メンバーはかなり寝不足でした。
前夜も真夜中までスタジオで作業に没頭。ポールはスタジオの近くに住んでいましたが、サリー州の自宅に帰っていたジョージ・ハリスンとリンゴは、翌朝またスタジオに戻ってこなければならず、睡眠時間は5時間程度だっただろうと言われています。
そんなコンディションの中、時間は限られていました。ポールの「とりあえず外に出て、歩道を歩いてみよう。30分もあれば終わる」という鶴の一声で、急遽撮影が決定。写真家のイアン・マクミランに連絡し、警察官に交通を止めてもらいながら、与えられた撮影時間は、たったの10分ほどでした。
打ち合わせなし!奇跡のファッション
あのアイコニックな4人の服装。これもまた、事前の打ち合わせは一切ありませんでした。メンバーが「ただその日に着ていた服」だったというから驚きです。

ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター
3人が着ていたのは、当時サヴィル・ロウに新風を巻き起こしていた新進気鋭の仕立て屋「ナッターズ」のスーツでした。トミー・ナッターとエドワード・セクストンという若き才能が手がけるスーツは、ミック・ジャガーやエルトン・ジョンなど、多くのスターを虜にしていました。不仲のはずが三人が同じブランドのスーツを着ている点にほっこりしたものを感じます🙂ジョージ・ハリスン
一方、ジョージだけはデニムのシャツとズボンというラフなスタイル。これは当時彼が夢中だったカントリーロックの影響で、アメリカンスタイルを好んでいたからだと言われています。彼はビートルズの中でも常にファッショナブルな存在で、この時も自分らしいスタイルを貫いたのです。
この打ち合わせなしのバラバラな服装が、結果的に4人それぞれの個性を際立たせ、完璧なバランスを生み出しました。ポールのアイデアを元にしたスケッチを、写真家のイアン・マクミランが脚立の上から見事に写真に収めたのです。

偶然が生んだ伝説
アルバムタイトルが決まらず、寝不足のままスタジオに集まったビートルズ。ポールの「外で撮ろう」という即興的なアイデアと、メンバーそれぞれの個性が光る「たまたま着ていた」ファッション。そして、わずか10分という限られた時間。
たくさんの偶然と、彼らの持つクリエイティビティが奇跡的に交差して、あの1枚は生まれました。
次にあなたが『アビー・ロード』を聴くとき、ジャケットに写る4人の姿に、こんなドラマがあったことを思い出してみてください。きっと、針を落とす瞬間が、もっと特別なものに感じられるはずです。



