北斗の拳についてあれこれと
イスラエルが虐殺を繰り返し完璧に詰んでるはずのウクライナが戦闘をやめず国民を戦地に送り続けアメリカがイランに戦争をしかける
もうまさに地獄絵図になった2026年にあの「北斗の拳」が復活した意味はでかい
今回は作画の原哲夫先生のケレン味のテイストはCG技術の発達に任せてストーリーは原作の武論尊先生のテイストが強調されているようだ
言わば「武論尊史観で観る北斗の拳」である
素晴らしい
あの、武論尊先生ってどういう人か若い人ご存知ですか?
自衛隊時代の同僚の本宮ひろ志先生のところに転がり込んで仕事手伝うも絵が描けず漫画原作の仕事はじめた人なんだけど
世間は梶原一騎先生の「空手地獄変」シリーズとか雁屋哲先生の「男組」とか「男のハードアクション」シリーズが大隆盛でそんな中この人は「ドーベルマン刑事」という名作(迷作)を出してヒットを飛ばします
この時は本宮先生時代からお世話になってる少年ジャンプで
そこまではいいんだけどこの人、漫画原作はヒット作一本では食っていけないからなのか少年ジャンプのライバル誌の小学館の少年サンデーで「ファントム無頼」というのを発表します
こういう人なんです
この「ファントム無頼」はかつて航空自衛隊にいた経験を元に松本零士のアシスタント出身で大阪の豊中市という伊丹空港の旅客機の爆音が凄まじくうるさい街で育ったジェット機に縁が深い新谷かおる先生という相性バッチリの相棒を得て作られた快作・怪作でして
航空自衛隊版の「白バイ野郎!ジョン&パンチ」なんだけど自衛隊独特の習慣というか風情というか「夜勤の夜にやることがないから一晩中滑走路を走り回った」とかの一般人からすると「?」の部分がしっかり強調されてて独特の雰囲気出してましたね
それはいいとしてこの少年サンデー増刊号(サンデーは月刊じゃないのよ)での「ファントム無頼」を連載してた時に「北斗の拳」みたいな「男のハードアクション!」みたいな作風を売りにしておなじみだった、いわば大先輩の方も連載持ってました
雁屋哲先生です
雁屋先生は当時デビューしたての島本和彦先生とタッグで「風の戦士ダン(名作です)」を描いておられまして、そのツテがあったからか知りませんが
「北斗の拳」て今までの武論尊先生の作風とは違う雁屋哲先生のテイストが感じられるんですね
雁屋哲先生のそれまでの作風は「おちゃらけ一切なし、暴力描写とかエグい」ような感じでして小池一夫、梶原一騎という劇画会の重鎮二人のテイストを少年誌に落とし込んだような作風でした
対して武論尊先生は「ドーベルマン刑事」がヒットしてたんですけど、決してとぼけたテイストを忘れない、「ファントム無頼」はちょっとどうかしてる笑いのセンスが光ってました
その後雁屋先生は「美味しんぼ」が大ヒットして人情ドラマ路線へ転換、「男のハードアクション!」路線はそもそもこの時期衰退してたので良いタイミングだったんですね
でも・・・なんか・・・・
この二人入れ替わってね?
ってずっと思ってたんです
雁屋先生と武論尊先生が面識あるかどうか?ということですが狭い世界である上に同業者同士の横のつながりが結構強い業界らしいんであったと思って間違いないでしょう
ライバル、商売敵の意識より似たような作風だったらお互い協力してジャンルを盛り上げる方向に行っててもおかしくはないんです
その中で雁屋先生はハードアクションを卒業し、武論尊先生は「北斗の拳」でその頂点に君臨した
「ぶっさん(武論尊先生のあだ名)あとは頼んだぞ」とばかりに雁屋先生は自分のノウハウを武論尊先生に伝えて「北斗の拳」は5年の連載(奇しくも雁屋先生の代表作「男組」と同じ期間)を全うしたんでは?と思ってます
あくまで私の妄想ですが
いずれにしても、雁屋先生が作り上げた「男のロマンを追求するハードアクション」路線のフレームが「北斗の拳」の中には貫かれており、「次世代に思いをつなぐ」みたいなテーマもこの両名に一貫しております
ただ、そのフレームの中で武論尊先生が自身のライフワークである
正しい負け犬根性
みたいなのを盛り込んだところは本当に偉業だと思います
「力に頼って望みを叶えようとする者は望みを叶えることかなわず敗北するのみ」
(自衛隊出身だから専守防衛以外の戦いを認めたらまずいんだろうな、と思ってた)
というのが絶対のルールとして「北斗の拳」にあるんですよ
強さとは?生きるとは?未来とは?希望とは?
絶望の中で全力でそれを見つけようとする命がけの戦い
令和に蘇った「北斗の拳」に期待したい
