エンゲルス アリマ河辺の会戦

「エンゲルス アリマ河辺の会戦」(1854年10月執筆)に基づき、クリミア戦争におけるアルマ河畔の戦いの詳報と分析を要約します。

1. 戦闘の背景と陣地構成

1854年9月20日、連合軍(英仏土)は、アルマ川南岸の険しい崖の上に陣取ったロシア軍を攻撃しました。

  • ロシア軍の防御: ロシア軍は、高さ約300フィート(約90メートル)の崖やなだらかな斜面を活かした強固な陣地を築いていました。右翼は丘の上の重砲台で守られ、前面にはブドウ畑や岩石、人工の障害物(鹿砦)が配置されていました。

  • 地形の利点: ロシア軍の背後は平坦な大地になっており、敗北しても騎兵の援護のもとで大砲を運び去りながら秩序正しく撤退できるよう計算されていました。

2. 戦闘の経過

連合軍は、フランス軍が右翼、イギリス軍が左翼を受け持つ形で進撃しました。

  • フランス軍の迂回運動: ボスケ将軍率いるフランス軍は、艦隊の援護を受けながら通行不能と思われていた海岸沿いの崖を登り、ロシア軍の左翼を脅かしました。

  • イギリス軍の正面突破: イギリス軍は艦隊の援護を受けられず、困難な地形を越えてロシア軍の右翼と中央に突撃しました。ジョージ・ブラウン将軍らがロシア軍の拠点を奪取し、一時は押し戻されるものの、ケンブリッジ公率いる増援(スコットランド高地部隊など)によって制圧を確実なものにしました。

  • ロシア軍の退却: 左右両翼が脅かされたことでロシア軍中央部も退却を開始しました。ロシア軍司令官メンシコフは、戦況が不利と見るや軍を射撃圏外へ脱出させ、巧みに退却を実施しました。

3. エンゲルスによる軍事的批判

エンゲルスはこの会戦を、戦略的独創性に欠ける「平凡で地味な戦術的会戦」であったと厳しく評価しています。

  • 勝利の要因: 連合軍の勝利は、将軍たちの創造的な能力というより、兵士たちの勇敢さ艦隊の支援、そして兵力上の優勢によるものでした。

  • ロシア軍の秩序: フランス軍は大砲を1門も鹵獲(ろかく)できず、イギリス軍もわずか3門を得たに過ぎませんでした。これは、ロシア軍の退却が極めて秩序立っており、敗走ではなかったことを証明しています。

  • 兵力の過大評価: 連合軍の将軍たちは自らの名声を高めるためにロシア軍の兵力を誇大に報告していましたが、エンゲルスの分析によれば、実際に戦った兵力は連合軍約4万人(予備1.5万人)に対し、ロシア軍は約3万人程度でした。

4. 今後の展望

この勝利は精神的な価値はあるものの、ロシア軍を壊滅させるには至りませんでした。

  • セヴァストーポリへの影響: セヴァストーポリの陥落は必至と見られていますが、ロシア軍の粘り強さを考慮すると、「必死の抵抗と恐ろしい流血」なしには攻略できないだろうと断言されています。

  • 戦略的リスク: もしロシア軍が巧妙に連合軍を奥地へ誘い込み、後方から増援を投入することができれば、連合軍にとってこの勝利は「収穫のない勝利」に終わる可能性があると警告しています。

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