マイケル・ポランニー「個人的知識」1〈知ること〉の技芸3秩序2ランダムさと意味のあるパターン/13人間の興隆
マイケル・ポランニーの『個人的知識』における「秩序とランダムさ」および「人間の興隆」に関する議論に基づき、その核心的な思想を要約します。ポランニーは、客観主義的な枠組みを批判し、**「創発:emergence)」と「個人的知識」**の観点から、生命と人間の意識の進化を捉え直しています。
1. ランダムさと意味のあるパターン(秩序)
ポランニーは、まず「ランダムさ」と「意味のあるパターン(秩序)」を明確に区別することから始めます。
ランダムさの本性: ランダムさはパターンの完全な欠如であり、それ単独では意味のあるパターンを生み出すことはできません。
図柄(フィギュア)と背景: 視覚的知覚において、背景がランダムであるほど、その中の規則性を持つ図柄は明確に浮かび上がります。この「内部的な個別的要因の規則性」と「背景のランダムさ」の対照が、存在の首尾一貫性の程度を決定します。
秩序化の原理: 秩序は、外部から与えられる「外在的」なもの(メッセージや人工物)と、内部に備わっている「内在的」なもの(結晶の安定性など)に分けられます。これらはランダムな衝撃(ブラウン運動など)の中で、自らを維持または再構築する能力を持ちます。
2. 創発と階層的構造
ポランニーは、生命を物理学や化学のタームだけで説明しようとする還元主義を否定します。
境界条件の理論: 上位のレベル(生命)は下位のレベル(物理化学的プロセス)に依存していますが、上位のレベルを制御する「操作的原理」は下位の法則からは導き出せません。
創発のプロセス: 下位のレベルにはない新しい原理が立ち現れることを「創発」と呼びます。例えば、機械の操作的原理は、それを構成する部品の物理的性質だけでは説明できず、その機械が「成功」するか「失敗」するかという評価軸において初めて理解されます。
3. 進化論への批判と「場」の概念
ポランニーは、現代のネオ・ダーウィニズム(偶然の変異と自然選択のみによる説明)を「不適切」であるとして批判します。
自然選択の限界: 偶然の変異と自然選択は、進化の活動を「解発」し「維持」する条件にはなりますが、新しい操作的原理そのものを「創出」する原因とはなり得ません。
潜在能の勾配(場): 進化は、あたかも「潜在的な達成」に向かう**「場(フィールド)」の勾配**に沿って進むように記述されます。この「場」は、生命がより高度な中心性や自覚的意識を獲得しようとする創造的な趨勢を支えています。
4. 人間の興隆と自覚的意識
人間の出現は、進化における最も目覚ましい「創発」の段階です。
個人性の強化: 単細胞生物から脊椎動物を経て人間へと至る過程は、自己制御の中心としての「個人性」が連続的に強化されていくプロセスです。
精神発生(ヌー・ジェネシス): 人間は社会と言語を創出し、教育を通じて「伝統の精神圏」に参加することで、責任ある個人としての知能を完成させます。
普遍的有効性の追求: 人間の思考は、単なる主観的な興味を超えて、普遍的な真理(実在)を志向します。この「普遍的な有効性を主張しつつ、自らの信念に身を投じる」ことこそが、ポランニーの言う「個人的知識」の真髄です。
5. 第一原因と究極の目標
ポランニーのビジョンは、宇宙的な規模での「目覚め」の物語で締めくくられます。
宇宙の場: 宇宙には、無数の中心的生命を呼び起こし、それらに有限で危険な機会を与えつつ、究極の解放へと向かわせる「宇宙の場」が存在すると考えられます。
人間という断片: 人間は、宇宙の微小な断片でありながら、世界が自覚的意識と責任に到達した唯一の(我々の知る限りの)中心です。この進化のプロセスは、第一原因(プライム・ムーバー)としての中心が、究極の目的(真理)に向かって進む叙事詩的なドラマとして捉えられます。
結論として、 ポランニーによれば、科学的客観主義が切り捨ててきた「個人的な確信」や「目的論的な達成」こそが、生命の進化と人間の尊厳を理解するための不可欠な鍵であると要約できます。
