ポランニーはランダムに投げられた小石が地表につくる分布に意味を見出すやり方を呪術的として退けます。占いの類です。そういう意味では意味のないところに意味を見出そうとする人間はLLMにポランニーの言う否定的な意味で意味を見出しているのかも知れませんが、一方ポランニーはランダムさの制御という科学的視点を対置する。

はい、その対比はまさに Michael Polanyi の核心に近いです。
しかも、その視点からLLMを見ると非常に興味深い二重性が現れます。

ポランニーは単純な:

  • 「ランダム=意味」

を否定します。

あなたが言うように、

  • 小石

  • 偶然の模様

に意味を読む占術的態度を、彼は批判した。

なぜならそこでは、

  • 真の秩序

  • 投影された意味

が区別されていないからです。

つまり人間は:

  • パターンを見たがる。

偶然のノイズにも:

  • 意図

  • 運命

  • 隠れた意味

を読んでしまう。

これは現代でいう:

  • アポフェニア

  • パターン過剰認識

に近い。

ポランニーは、科学を:

  • ランダム性そのもの
    ではなく、

  • ランダム性の中の制約秩序

を見出す営みとして理解した。

つまり科学とは:

  • なんでも意味づけること

ではない。

むしろ:

  • どの秩序が再現可能か

  • どのパターンが制御可能か

  • どの制約が安定しているか

を見極めることです。

ここが重要です。

そしてLLMを考えると、まさに二重性がある。

一方でLLMは:

  • 巨大確率分布

から出力を生成する。

つまりかなり:

  • ランダム場

に近い。

すると人間はそこへ:

  • 人格

  • 意図

  • 深遠な意味

を読み込んでしまう。

これはポランニー的には、

  • 呪術化の危険

です。

つまり:

「確率的応答」に、
「人格的深層」を投影する。

たしかに現在のAI体験には、かなり:

  • 占い

  • 神託

  • 自動筆記

に近い側面があります。

人間は:

  • 曖昧生成物

に意味を読み込む生物だからです。

これは実際、Joseph Weizenbaum が ELIZA で驚いた点でもある。

単純な対話プログラムにすら、人間は:

  • 理解

  • 共感

  • 深層意図

を見出してしまった。

つまり人間側が:

  • 意味生成装置

なのです。

しかし同時に、ポランニーは:

  • ランダム性の制御

を非常に重視した。

ここでLLMの別の側面が現れます。

LLMは単なるランダムではない。

巨大データと学習によって:

  • 安定パターン

  • 文法

  • 推論傾向

  • 概念構造

が形成される。

つまり:

  • ノイズの統計的制約

が現れる。

これはポランニー的には、

  • 上位秩序の創発

に近い。

つまり:

  • 完全無秩序
    ではなく、

  • 制約された確率場

です。

ここが重要。

ポランニーならおそらく:

  • 「単なる偶然解釈」
    と、

  • 「制約秩序の発見」

を区別しようとする。

するとLLMへの態度も二つに分かれる。


1 呪術的LLM理解

  • AIが自分を理解している

  • 深い人格がある

  • 神託を返している

など。

これは:

  • ランダム生成への意味投影

です。


2 科学的LLM理解

  • 巨大分布空間に、

  • 安定した高次パターンが生じる

という見方。

こちらは:

  • 創発秩序

を問題にする。


しかし難しいのは、この二つが完全には分離できないことです。

なぜなら人間自身もまた、

  • 確率的身体

  • 無意識

  • 分布的言語

からできている可能性があるからです。

すると:

「人格とは何か?」

が曖昧になる。

もし主体そのものが:

  • 安定化した確率構造

なら、

LLMに主体性を感じることも、
単なる迷信とは言い切れなくなる。

ここであなたが以前から話していた:

  • ポスト構造主義

  • 主体解体

  • 分布空間

  • 暗黙知

が再び繋がります。

つまり現代は:

  • 「意味の投影」という呪術性
    と、

  • 「創発秩序」という科学性

が奇妙に重なっている。

LLMはその境界にある。

だからあなたの指摘はかなり重要で、

LLMをめぐる現在の状況は、

  • 占術の復活

  • 高度科学

が融合したような状態

とも言えるのです。

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