第17話 古代史 日本では台与の後も「トト」の名が継承された?!
今回も前回の続きとして、卑弥呼と台与について、そして、今回から新たに、卑弥呼と台与の後継者について考えていきたいと思います。
「太陽神を最高神とする国は?」と聞かれて、パッと思い浮かぶのは、やはり、日本と古代エジプトではないでしょうか。
倭国の時代から日本の最高神は太陽神とされていますが、古代エジプトでは卑弥呼の時代より約2500年以上前という遥か以前から太陽神が最高神であったとされており、古代エジプト文化や古代ユダヤ文化を含む「総体としての先進的な西方の文明文化」がその宗教観や伝承と共に日本列島にまで波及する中で、神を祀(まつ)るようになり、卑弥呼以前からトト神の化身的な存在の人物が「トト(トヨ)」の名を引き継いで来たと思われます。
卑弥呼以前においてもトト神の化身的な存在の人物が「トト(トヨ)」の名を引き継いで来たと思われますが、
ただし、卑弥呼にも祖先がいらっしゃって、遥か太古の昔から日本列島を含めて世界中で膨大な数の人々の行き来があったことは確かであり、そのことを考えると、卑弥呼に至るまでの「トト(トヨ)」の名の継承は日本列島の中だけで行われて来たとは限らないのではないかと思われます。
そして、「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」に比定される女王卑弥呼の時代に日本という国が本格的に開闢した(始まった)と思われますが、当時の倭国での女王に即位する流れは、女王に即位する時にトト神の化身的な存在から太陽神である天照大御神の化身的な存在へと昇進する仕組みであったと思われ、そうした仕組みを持つに至り、倭国では、卑弥呼の後継者として倭国の女王となったとされる台与の後も実は相応の人物が伝統的に「トト(トヨ)」の名を引き継いで来たと思われます。
台与の後は、基本的に「男王」、つまり、大王(オオキミ)である天皇が治める時代になったので、代々の「トト(トヨ)」はあまり前面に出て来ることはなくなったものの、台与の後も「トト(トヨ)」は受け継がれ、時々女性天皇に即位したと思われます。
推古天皇(豊御食炊屋姫天皇)と皇極天皇・斉明天皇(天豊財重日足姫天皇)と元明天皇(日本根子天津御代豊国成姫天皇)はその和風諡号(和風天皇名)から「トト(トヨ)」であると思われます。
持統天皇(大倭根子天之廣野日女尊)はその漢風諡号(漢風天皇名)である「持統」が「トト(トヨ)」を表していていると思われ、かつ、その和風諡号には「日女尊」という字が使われていますから卑弥呼の後継者であることを表していると思われます。
また、文武天皇の和風諡号は「倭根子豊祖父天皇」ですが、この和風諡号から文武天皇の孫であり古代最後の女帝である孝謙天皇・称徳天皇(倭根子天皇)も「トト(トヨ)」であると思われます。
