第12話 古代史 卑弥呼は古代エジプトの神と関係がある?!
今回も前回の続きとして、古代史について考えていきたいと思います。
今回は卑弥呼についてです。
卑弥呼は日本の古代史を語るうえで最重要人物の一人といえるのではないでしょうか。
倭国の女王、邪馬台国の女王とされる卑弥呼は、日本の太陽神とされる天照大御神に比定されたり、皇室の系図をはじめとする各種系図に記載されている様々な人物に比定されており、同じ皇室の系図の中でも複数の人物に比定されてもいます。
古代の史書では、一人の人物像が分割されたり、逆に複数の人物の要素が一人に集約されたりすることが決して珍しくないため、私は卑弥呼を比定するそれらのほとんどの説に賛同しているのですが、
卑弥呼の比定については、中でも皇室の系図に記載されている「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」に比定する有名な説があり、
前回までに、日本の宗教観も西方からの文化的な影響から始まっていて、倭国は古代エジプト文化や古代ユダヤ文化を含む「総体としての西方文化」の影響を受け来たと思われるということを考察したのですが、
卑弥呼に比定されている「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名前の中にある「迹迹(トト)」は、古代エジプトの神の一柱である「トト」を表現しているという説があり、
私は特にこの説に賛同したいと思いますし、このことは古代史を考察する上で非常に重要なポイントだ思います。
古代エジプトの宗教観において太陽神とされるのは「ラー」であり、「ラー」は「トト」とは別の神とされていて、そして、卑弥呼は、一般的に太陽神の化身的な存在として倭国を統治していたと考えられることが多い人物ですが、卑弥呼に比定される「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名には「トト」神の名は表現されてはいても、太陽神「ラー」の名が直接的には表現されていません。
そのため、卑弥呼が太陽神の化身的存在であったとするならば、卑弥呼に比定される「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名前の中に太陽神「ラー」を直接想起させる要素があってもよいのではないか、という疑問が自然と浮かんできますが、
一方で、「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」という名前をよく見てみると、「迹迹(トト)」のすぐ後に「日」という文字が置かれていることに気づきます。
この「日」という文字が太陽を象徴するものとも読めるため、太陽神的な意味合いがこの「日」という文字に表現されている可能性もあるのではないかと思います。
この点については、真の歴史を読み解く上で重要な手がかりの一つになるかもしれませんので、詳細については今後改めて考察していきたいと思います。
