見出し画像

第21話 古代史 「台湾」の語源は「太陽」?!「邪馬台」の意味は?!

今回も前回の続きとして、改めて日本という国の開闢(始まり)以前の大きな流れ、日本という国の開闢に繋がる大きな流れに触れたいと思います。

「邪馬台国」の「邪馬台」という表記自体は本来「ヤマト」を表そうとしたものと思われますが、では、「ヤマト」の「ト」に対して、他でもなく「台」という漢字が充てられたのはなぜでしょうか?

「邪馬台」は漢字を表語文字とする中華から充てられた漢字表記ですが、
本来「邪馬台」の漢字表記の意味するところは「陽台」、つまり、「太陽の台」という意味であったのではないかと思われ、中華から見て日本は太陽が昇る方角に位置するため、この「太陽の台」とは、つまり、「太陽が昇る所」という意味であったのではないかと思われます。
そして、中華側の思想によりあえて貶めた漢字表記として「邪馬台」という漢字が充てらてたのではないかと思われます。
つまり、「邪馬台」の漢字表記の意味するところは「太陽が昇る所」という意味であったのではないかと思われますが、それは「日の本(ひのもと)」「日本」という意味と同義であると思われます。

そして、この「中華から見て太陽が昇る方角に位置する」という発想は、日本列島に対してだけではなく、台湾や朝鮮半島に対しても同じことが言えるのではないかと思われます。
「台湾」も同じく漢字を表語文字とする中華から充てらた漢字表記のようですが、台湾も中華から見て太陽が昇る方角に位置しており、本来「台湾」は「太陽」を意味するのではないかと思われます。

卑弥呼や台与が属する一族は物部氏であったという説に大きく賛同いたしますが、この物部氏は南海ルートで日本列島に到達した海洋氏族であったと思われ、台湾、そして、琉球諸島を経由しつつ、九州に到達し、日本列島では日向国を起点として発展し、「ヤマト」の国という日本列島で最初の本格的な国家を開闢したと思われます。
つまり、物部氏は「ヤマト」の国の最初の王家であったと思われますが、物部氏の祖先は日本列島に到達する過程で既に古代エジプトを発祥とする太陽神を最高神とする宗教観を持っていて、物部氏の祖先が台湾辺りに居た時にも既に物部氏に属する相応の人物がトト神の化身的な存在として「トト(トヨ)」の名を引き継いでいたと思われ、つまり、卑弥呼以前においても相応の人物がトト神の化身的な存在として「トト(トヨ)」の名を引き継いで来たと思われます。

そして、神武天皇を初代とする皇室は物部氏とは元々ルーツが異なり、皇室は物部氏と姻戚関係によって繋がり、卑弥呼や台与の時代と半ば被る時期に皇室が「ヤマト」の国の神々を祀る首長となり、以降、物部氏よりその祭祀を引き継いで来たと思われます。

いいなと思ったら応援しよう!