第20話 古代史 「台与」は「タイヨ」とも読む?!「太陽」を表現している?!
卑弥呼と台与の後継者たちや、その後の時代の人々を掘り下げて考察し、東アジアにおける日本列島の古代史全体を紐解いていく前に、今回と次回で改めて日本という国の開闢(始まり)以前の大きな流れ、日本という国の開闢に繋がる大きな流れに触れたいと思います。
卑弥呼の後継者として邪馬台国の女王となったとされる台与、その台与に比定されている豊受大御神は古代エジプトの宗教観におけるトト神であったと思われ、初めは「トト」と呼ばれていたものの、エジプトとの地理的な隔たりや言語と発音の隔たりや違いなどから、時代が降っていくうちに豊かさを表す和的語音「トヨ」とも呼ばれるようになり、あるいは、読まれるようになり、神名の呼称が「トト」から和的呼称である「トヨ」へと変化していったものと思われますが、「トヨ」という和的語音に対して、他でもなく「台与」という漢字が充てられたのはなぜでしょうか?
「トト」にしても「トヨ」にしても、最初の「ト」に対して、他でもなく「台」という漢字が充てられたのはなぜでしょうか?
「台与」という漢字を素直に読むと、「タイヨ」と読みますが、つまり、「トヨ」という和的語音に対して、他でもなく「台与」という漢字が充てられたのは、「台与」は「トト」であり「トヨ」であり、同時に「タイヨ」、即ち、「太陽」でもあるということを表現していると思われます。
当時の倭国での女王に即位する流れは、女王に即位する時にトト神の化身的な存在から太陽神である天照大御神の化身的な存在へと昇進する仕組みであったと思われます。
そして、トト神の神名の呼称が時代が降っていくうちに豊かさを表す和的語音「トヨ」へと変化していく中で、同時に、太陽神を最高神とするその宗教観から「トヨ」は「太陽」と同義となっていったものと思われ、その概念から「トヨ」という和的語音に対して、他でもなく「台与」という漢字が充てられたのだと思われます。
このことは「台与」だけでなく、「邪馬台国」という国名に充てられた漢字にも言えることではないかと思われます。
次回は「邪馬台国」という漢字表記についても考察します。
