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第28話 古代史 ヤマトを誕生させた文明の波及は海洋経由?!大陸経由は後?!

メソポタミア文明は紀元前539年に新バビロニア王国が滅亡したことで終焉し、その後、メソポタミア文明の遺産である古代メソポタミア文化と古代エジプト文明を併せた古代オリエント文化はアレクサンダー大王(アレクサンドロス三世)の東方遠征の影響により古代ギリシャ文化と融合されてヘレニズム文化が生まれ、メソポタミア文明の次に古いエジプト文明は紀元前30年にクレオパトラ七世が当時隆盛して来た古代ローマ帝国の介入を許し、プトレマイオス朝が滅亡したことをもって終焉するのですが、そうした文明文化の遺産は結局、旧約聖書、つまり、ユダヤ教や、現在にまで続くヨーロッパ世界を直接的に誕生させた古代ローマ帝国とユダヤ教を背景とする新約聖書、つまり、キリスト教の誕生へと昇華したと思われ、そのような経緯をもって東アジアにその先進的な文明文化が波及して来た時には「総体としての西方文化」という形で波及して来たものと思われます。
そして、その「総体としての西方文化」の日本列島への波及は、一度や二度で全てが波及したのではなく段階的に波及して来たものと思われ、その多くは中華や朝鮮半島を経由して日本列島に波及して来たものと思われますが、

では、ヤマトという日本列島の統一古代国家の誕生時はどうだったのでしょうか?

太陽神を最高神とするというヤマトの宗教観という点から見ても、そして、ヤマトという日本列島の統一古代国家の誕生は卑弥呼の時、つまり、2世紀から3世紀のことであろうと思われますので、その誕生時期という点から見ても、ヤマト誕生に繋がったと思われる「総体としての西方文化」の影響の内訳としては古代エジプトの文明文化からの影響がその多くを占めていたものと思われます。
そして、卑弥呼は物部氏一族に属する女王と思われ、日本列島の最初の王家であったと思われる物部氏一族は元々海洋氏族であったと思われますので、ヤマト誕生に繋がったと思われる「総体としての西方文化」の影響は海洋経由で日本列島に波及して来たものと思われ、つまり、ヤマトの誕生時については、中華や朝鮮半島を経由して日本列島に波及して来たものではないものと思われます。

そして、旧約聖書、つまり、ユダヤ教や、ユダヤ教を背景とする新約聖書、つまり、キリスト教を含む「総体としての西方文化」については、その後の時代に中華や朝鮮半島を経由して日本列島に波及して来たものと思われます。

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