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第16話 古代史 トト神は日本では豊受大御神?!太陽神ラーは?!

今回も前回の続きとして、卑弥呼と台与、そして、トト神と太陽神について考えていきたいと思います。

台与は卑弥呼の後継者として倭国の女王となったとされる人物ですが、
台与は豊受大御神に比定されたり、卑弥呼と同様に、皇室の系図をはじめとする各種系図に記載されている様々な人物に比定されており、同じ皇室の系図の中でも複数の人物に比定されてもいます。
古代の史書では、一人の人物像が分割されたり、逆に複数の人物の要素が一人に集約されたりすることが決して珍しくないため、やはり、私は台与を比定するそれらのほとんどの説に賛同しているのですが、
古文書では、よく「与」は「ト」と読まれており、「台与」は難なく「トト」とも読め、つまり、「トヨ」は「トト」と同義であると言え、そのことから、台与に比定されている豊受大御神は古代エジプトの宗教観におけるトト神であったと思われ、初めは「トト」と呼ばれていたものの、エジプトとの地理的な隔たりや言語と発音の隔たりや違いなどから、時代が降っていくうちに豊かさを表す和的語音「トヨ」とも呼ばれるようになり、あるいは、読まれるようになり、神名の呼称が「トト」から和的呼称である「トヨ」へと変化していったものと思われます。

そして、卑弥呼ですが、
卑弥呼は、一般的に太陽神の化身的な存在として倭国を統治していたと考えられることが多い人物ですが、卑弥呼に比定される「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名には「トト」神の名は表現されてはいても、太陽神「ラー」の名が直接的には表現されていません。
しかし、日本の太陽神である天照(アマテラス)の名に着目するとこの謎が解けるのではないかと思われます。

古代エジプトの太陽神の呼称としてアメン、アテン、ラーがあり、古代エジプトにおいてアメンとアテンが太陽神とされた順番はアメンの後でアテンであり、再びアメンが太陽神となり、ラーの呼称は古代エジプトにおいて一貫して用いられ、アメンやアテンが登場すると「アメン・ラー」や「アテン・ラー」のように呼称されましたが、
時代が降っていくうちに「アメン」、「アテン」、「ラー」という太陽神を表す呼称が日本列島において「アメン、アテン、ラー」のようにまとめられ、かつ、「アメン、アテン、ラー」も太陽を表す和的語音「アマテラス(天照)」へと変化していったものと思われます。

つまり、「アメン、アテン、ラー」も、語音の持つ意味を含めた和的語音への変化があって、「アマテラス」という呼称になったのであろうと思われます。

そして、卑弥呼に比定されている「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名には「迹迹(トト)」のすぐ後にしっかり太陽を表す「日」という文字が入っているのです。

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