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第15話 古代史 卑弥呼と台与はトト神の化身から太陽神の化身に昇進した?!

「元始、女性は実に太陽であつた」

日本の思想家、評論家、作家である平塚らいてう(らいちょう)が雑誌「青鞜」を創刊した時に、自ら寄せた文章の序文に記した言葉ですが、
倭国の女王であった卑弥呼や台与のことを思えば、全くその通りだなと思います。

今回も前回の続きとして、卑弥呼と台与について考えていきたいと思います。

卑弥呼は台与の先代の「トト(トヨ)」であると思われ、「トト(トヨ)」に先代や次代があるならば、「トト(トヨ)」とはある意味では役職名だったと思われますが、では、そもそも「トト(トヨ)」とは何でしょうか?

大元の概念は古代エジプト発祥で、「トト」とはトト神を表し、つまり、古代エジプトの先進的な文明文化が日本列島にまで波及する中でその宗教観も伝わり、神を祀(まつ)るようになり、卑弥呼の時代に日本という国が本格的に開闢した(始まった)と思われます。
そして、その時に、卑弥呼は太陽神の化身的な存在として倭国を統治していたと思われますが、卑弥呼に比定されている「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」の名前から分かるとおり、卑弥呼はトト神の名前を受け継いでいると思われます。
古代エジプトにおいても日本においても太陽神が最高神とされ、日本では天照大御神が太陽神ですが、卑弥呼には太陽神である天照大御神の化身的な存在となる前にトト神の化身的な存在としての役職を務めていた時代があったことが「倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」という名前には残されていると思われ、つまり、卑弥呼は台与の先代の「トト(トヨ)」であり、台与が卑弥呼の後継者として倭国の女王となったという経緯と関係性から、当時の倭国での女王に即位する流れは、女王に即位する時にトト神の化身的な存在から太陽神である天照大御神の化身的な存在へと昇進する仕組みであったと思われます。

そして、それが伊勢神宮にいらっしゃる天照大御神と豊受大御神の関係性ではないかと思われます。
古代エジプトの宗教観では、トト神は太陽神ラーの補佐をするとされていたのです。

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