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短編小説「ランチタイムのいただきます」

「確かに私のいただきますは人と比べても小さいと思います。でもそれにはわけがあるんです」
 オフィスにある小さな会議室。そこで私たちはいつもお昼ご飯を食べているのだが、その日は急に富田奈津子の懺悔みたいな告白から始まった。
 きっかけは上司の鬼塚が富田に詰め寄ったことだった。
「最近、ほかの従業員から相談されていることがあってね。どうやら君、お昼ご飯を食べるときのいただきますが、人よりもずいぶんと小さいらしいじゃないか。こうやって高速で小さく顔の前で手を合わせてさ。それっていったいどういうことなのかな。どういう意図があってみんなの前でそんなことをしているのかな?」
 私たちは、みんなでそろってお昼ご飯を食べる。お弁当を持ってくる人もあれば、カップラーメンだけ、みたいな人もいる。
 富田奈津子もそのうちのメンバーだった。といって、私たちの部署には、このお昼ご飯のメンバー外のメンバーなどいない。
 逆に、ほぼ強制的にこの場所でランチをとらされている、と言い換えてもいいかもしれない。
 
 ある日、このランチメンバーの秋吉という女性が富田奈津子のいただきますに関する話をほかのメンバーにした。
「あのさ、私そういえばずっと思っててんけどさ、先月からこの部署に来てもらってる富田さんいるやん? あの人のさ、なんかいただきますするときのいただきます異様にちっちゃない? ちっちゃないっていうか、なんか高速でスンって終わらへん?」
 高速でスン――あんまりよくわからない表現かもしれないが、それを目撃したことのある私たちにはまあまあ刺さる。
 同じくランチメンバーの田中が言った。
「わかる。それわかるわー。私もそれな、初日から思っててん。初日からあの人、いただきますめっちゃちっさって思ってたわ。もうホンマなんかかわい子ぶってんのかなんなのか知らんけどさ、とにかくちっさくて速いよな。もはやその小ささと速さで何に感謝してんねんって感じ」
 新しく部署に来た人には、これまでそこにいた人たちの冷たい視線が刺さる。しかしそんなことは、きっとどの会社――いや会社だけではない、学校だろうとカルチャースクールだろうと行きつけの喫茶店だろうと、ほぼどこでだって起こる通過儀礼みたいなものだ。
 しかし私も密かに思っていた。
 富田奈津子のいただきますちっさ、と。富田奈津子のいただきます、ガチで小さくてはやっ、と。

 富田奈津子の懺悔じみた告白は続いた。
「私は、東北の雪国で育ちました。生まれは九州の宮崎だったんですけれども、小さいときに両親が離婚して、それで私は父親の方についていったんです。父親の田舎が秋田県で……」
 まずは身の上話。
 別にそんなにそこに興味があるわけではないが、これがのちのちあのどんな人よりも小さくて速いいただきますにつながるのかと思うと、もしかしてこいつこなれてんのか? こうやって自分の小さくて速いいただきますのストーリーを口上することに一定の自信があるのか? みたいなことを勘ぐってしまう。
 誰かが入れてくれた熱いお茶を一口すする。
 奈津子の話は続く。
「それで、その秋田県で私は十八まで育ちました。友達はまあそんなに多い方ではなかったですけど、そこそこいて、クラブ活動とかも、バスケットでしたけれどもしっかりやって、それなりに楽しい中学高校時代でした。転機が訪れたのは高校三年生の春でした」
 導入長いねん……と思ったので、私はなぜ奈津子のいただきますが人よりも小さくて速いものに育っていったのかを勝手に予想してみることにした。
 まず前提として言っておきたいのは、みんながみんないただきますをしているわけではない、ということだ。もちろんしている人もいるし、なんだったらしている人の方が多いかもしれないが、前述の秋吉や田中などは、もうここの従業員として年季が入っているからかなんなのか、腹減ったわー、みたいなことを言いながら、自分たちの持ってきたお弁当の箱をがばっとあける。
 いつもカップラーメンを食べている若手の美樹ちゃんだって、カップのふたを開けて普通にいただきます、と言ってから食べるが、その光景はまったく異様には見えず、逆にとても空気になじんでいるような感じがする。
 それで、まず奈津子の場合は何が変なんかなとあらためて思い出してみるに、いただきますのときに手を合わせる面積の小ささと、それからそのスピードに加えて、どっから出してんねん、みたいな小さくてかわいらしい高い声もおかしいんじゃないかと思った。
 ということはつまり、かわい子ぶっているからみんなの話題の的にされているのか?
 ぶりっこだから目立つのか?
 もう一口お茶をすする。
 奈津子のいただきますの進化の謎を妄想で楽しむはずだったのに、いつの間にか彼女の現状の分析に戻っていたのは、彼女の今回のこの謎が、極上の混乱をこの会社にもたらしかねないことを示唆している。

「なので、その彼が私に言ってくれたんです。俺たち一緒に東京に行こう。東京の大学に進学して、そこでチャラいサークルに入ろうって」
 どんな彼やねん、と思いながらも、みんなとりあえず奈津子の話に聞き入っている。
 あまりにも長い導入はしかし、いつの間にか奈津子の劇場と化していた。みんな彼女のいただきますの謎がもうどうでもよくなったとは言わないが、導入は導入で普段は聞けない話だし、奈津子も奈津子で真剣に語ってはいるしで、無下に扱えない。
 だが、まさかこのまま今日の休み時間をこれに当て続けることもできないことは確かだろう。てか何だったら、お腹も減っているので早く自分のご飯も食べたい。
 そのとき話を聞いていたうちのメンバーの一人、最年長である前場さんという人が言った。
「なるほどね……じゃあここまでの話をいったんまとめると、高校卒業まではごく平凡な感じで秋田県で暮らしてたけど、受験勉強を境に、そのころできた彼氏にぞっこんになって、いろいろと大人の階段を登って……って感じなのね」
 みんながシンとする。
 まとめた。前場さんがまとめてくれはった。そしてまとめてみると、全然なんてことはない、どこにでもありそうな話過ぎて一切おもしろいところないやん……と気づかされる。
 これはやはり、早くいただきますの小ささの謎に迫ってもらわなければ。
 すると奈津子は言った。
「そうです。だいたいそこまでで、私のこれまでの人生の第一章は終わりですね。次は東京国分寺編です」
 何やその微妙な編、と思いながらも、私は気がつくと、自分のお弁当箱のふたに手を伸ばしていた。
 まだ誰も、今日のランチにはありつけていない。

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