母との関係を見つめ直した年末
母は、外では明るく元気で、社交的な人だった。
だからこそ、家の中で感情が爆発することがあるたびに、私は言葉にできない複雑さを抱えていた。
子どもの頃から、私は母の感情の受け皿のような役割をしてきた。子どもの頃は頻繁に。大人になってからも、時々。
年末の慌ただしさや疲れが重なったのか、久しぶりに母の感情が大きく揺れて、怒りが爆発した。それをきっかけに、私はこれまでのことを少し振り返ってみた。
思い返すと、私がしてきたのは、母の不安や恐れ、怒りの感情を受け止めることだった。子どもの頃から、それはとても自然なことだった。
けれど、その関わり方しか知らなかった私は、人と関係を築くことが難しかった。感情の受け皿になることで関係を保つ。それが、いつの間にか自分の役割のようになっていた。
本来なら、親が子どもの不安などを受け止めるものなのだと思う。けれど私たちは、長い間、立場が逆転したような関係だった。
物理的に親元を離れて暮らしているのも、きっと心の距離を保ちたかったからだ。
最近は、母の感情を受け止める場面は、以前ほど多くはなかった。それでも今回は、どうしても受け流すことができなかった。
私は40代、母は70代。もうだいぶ年月が経ったのに、母が私の子どもの頃と根本的に変わっていないように感じてしまった。
それは、私自身が年を重ねる中で、学び、自分を整えることをしてきたからこそ、余計にそう思ったのかもしれない。
最近は、私がタロットを引いてあげたり、母自身も学びたいと言ったりして、少しずつ変化を感じていただけに、その反動もあった。
そんな中で、昔と変わらず感情的に言葉をぶつけられたことは、やはり心に刺さった。
これからは、感情の受け皿役を引き受けない。
失礼な言葉には、怒っていい。
傷ついたら、悲しんでいい。
自分の体調や心地よさを、優先していい。
感情の受け皿役は、自然で当たり前で、気づかれにくく、感謝もされにくい。空気のようなものだった。
でも、それを当たり前だと思い込んでいた自分もいた。
これは、当たり前のことではなかったと思う。評価されなくても、感謝されなくても、私がしてきたことには、何かしら意味があったのだと今は感じている。
最後に。
この記事をnoteに投稿することにはだいぶ抵抗がありました。
親子のことは書きづらいと感じていたし、
感情の受け皿役を卒業したあと、私は何を発信したいのか…まだ言葉になりきっていなかったからです。
それでも今は、まとまらないままでも、
今の正直な地点として、この文章を残しておきたいと思っています。
