1999年から2003年までの阪神タイガース その㊽
2001年。阪神甲子園球場。
試合前、
三塁側から一人の男が小走りでやってくる。
男は声援に小さく応えながら
ネット裏からオレンジシート、
三塁側B指定からレフト側へ。
声援は徐々に大きくなり
オレンジのメガホンだけでなく黄色のメガホンも大きく揺れ始める。
男がレフトのバックスクリーン横に辿り着いた。
空気が一気に変わる。
まるでスローモーションのように。
野次や罵声をアップ中の讀賣の選手に浴びせていた黄色の猛者達の視線が一気に男に注がれる。
男の名は 清原和博。
猛者達は、皆『キヨ』と呼んでいた。
キヨはいつも僕たちの所に来てくれた。
「お前ら、元気にしてたか?」
この一言が忘れられず、
今でも脳裏に熱く焼き付いている。
声援が飛び交う。
キヨにとって
タイガースファンからの声援はどんな気持ちだったのだろう。
猛者の中の一人。
誰よりもキヨを愛する男がいた。
男の名は的場。
当時は素人だったが、
後にプロとなる男だ。
キヨと的場は仲良しだった。
的場は正直、人相が悪い。
しかし猛者の中でも筋が通っていた。
きっと通じるものがあったのだろう。
的場の清原愛は深海のように深い。
世間話から猥談まで。
笑いが起こるレフトスタンド。
時にはサインボールをもらい
二人のやり取りは素人の枠を超え、
メディアに大きく報じられた事がある。
「キヨ!来年阪神に来てな!!」
「おお!ええよ!!」
『清原和博
おお!ええよ!
来年FA。阪神へ!』
紙面は大きくこのやり取りを取り上げた。
オフにFA権を取得する清原の去就。
マスコミはシーズン中より注目していた事は周知だろう。
的場はいつしかスポーツ紙のコラムの常連となった。
今日はキヨとこんな話をした。
キヨはきっとおれの事が好きなはずだ。
キヨから貰ったサインボールは一生の宝物。
巨人戦が何よりも楽しいんだ。
何故ならキヨに会えるから。
汗にまみれた的場の笑顔は
まるで少年のようだった。
2001年7月19日。
的場はキヨにこう切り出した。
「キヨ!キヨが阪神に来たらな!
おれは世界一の応援をするからな!!」
キヨは満面の笑みで笑った。
僕たちを指差し、大きく頷きながら。
的場とキヨは大きな約束をした。
的場はキヨが阪神に来る事を心から信じていた。
タイガースを変えて欲しい。
タイガースは、きっと強くなる。
的場は頭を丸め、
プロの門を叩いた。
当時誰もが恐れていた
プロの門を。
続く
