肝臓の数値が基準の10倍だったので自分の人生を見直した話
一月後半から体調を崩して、インフルエンザもコロナも2回検査したけど、結果は陰性だった。
車内待機だったのが院内に呼ばれ、血液検査をすることに。
その結果、「紹介状を書くからすぐに行って」と言われてすぐに大きめの病院へ向かった。
最初のかかりつけ医でも1本、さらに大きい病院で5本くらい採血されて、しかもその日、生理1日目。
体調不良なのにこれだけ血を取られて、倒れてもおかしくないんじゃないか。って、抜かれていく血を見ながら思っていた。
大きい病院へ回された理由は、肝臓の数値がとても悪かったからだ。
すぐに分かる結果が4日後、精密検査は1週間後と言われた。
いわゆる「はたらく細胞」たちの数値は軒並み低く、好中球は可哀想な数値だった。
4日後に出た検査の結果、B型肝炎やC型肝炎などの有名なウィルスではなく
サイトメガロウイルス
じゃないかという結論に。
どうやら、小さい頃に大体の人がかかって、身体の中に居続ける常在性のヘルペスウィルスらしい。
私は、たまたま今までかかったことがなかったんじゃないか。とお医者さんは言っていたけど、まぁ、免疫が下がっている。という線もあるよね……
にしても、このウィルス、
実は、治す薬はないんですよ……
なので診断を受けてからも胃の調子が悪くなり、ゆっくりと回復していった時の血液検査の結果は少し改善してました……
時系列はこんな感じ
1月19日
夜に発熱。
21日
検査→インフル・コロナ陰性。
22日
熱が上がる。この頃から食欲がなくなり始める。
23日
再びお医者さんへ→インフル・コロナ陰性。血液検査の結果肝臓の数値に異常、大きい病院へ。
サイトメガロウイルスじゃないかと推測。
「食べられてなかったら入院」と言われ、ビビりながらも「タベラレテハイマス」と答えて入院回避。
24〜26日
覚えてないや。
27日
「次の診察で今日の数値より悪くなってたら入院ね」と念押しされる。
タイトル画像の数値はこの日のもので、この数値がピークだった。
28日
胃の不快感と吐き気のピーク。
味噌汁の汁とか、ゼリー飲料のみ。
あと、棒ほうじ茶がいつもよりすごく美味しかった。
29日
昼ごろから少し食べられるように。
30日
検査結果、少し数値は改善とのことで入院は回避。1週間後の診察で回復の度合いをみるとのこと。
体調と相談しつつ、日常生活に戻ればいいよとの事。
お義母さんのいるありがたみ
別々の家なのですが、近くに住んでいる夫の両親。
雪のため長女を車で送って行ってもらって、晩ごはん等の材料の買い出し。
私の病院への送り、付き添い……
ほんとにありがたすぎ。
ほんとに、私は恵まれてるなって、ひれ伏します(ずっと突っ伏してたけど)。
夫の家事への感謝と不満
最初はお義母さんに晩ごはんも頼っていたりしていたけど、次第に炒め物など作るように。
朝も、自分の朝ごはんとお弁当は用意する形に。
ただ……あまり愚痴りたくはないですけどね?
体調戻ってきた矢先の家族間での会話で
「俺一人で家事はもう余裕だし?」
って言われると
「え?長女は誰が送ってるの?」「晩ごはんの献立や、材料の買い出しは?誰がしてたっけ?」
などなど……言いたくなるわけですよ。
私が倒れて以降、お義母さんがいない時は夫に家のことを任せていたので、労って欲しいのはわかるのですが……
そこで、言いたいことをぐっとこらえて「凄いね」「ありがとうね」と言える余裕は今の私にはまっっっったく、ない!!!
まだ残る気持ち悪さと全体的になんかだるいを堪えながら話をしてるのに、気づかうなんて、無理!!
私の人生、家族との人生
……いやぁ……まぁねぇ……
肝臓の数値とか、人生未知の危機に合うと、なんか考えちゃった訳ですよ。
……私、役割引き受けすぎじゃない?って。
朝
6時20分頃起床
・夫の朝食準備
・長女と夫と私のお弁当作り
7時頃
・子供たちを起こす(何回かある)
・長女と末っ子くんの朝食をそれぞれの要望を聞いて作る(大抵ウインナー・ベーコン・卵料理の中からどれか)
・私の朝食
・天気が悪いor冬は長女を高校まで送る(この場合私の朝食時間は5分〜10分)
8時少し過ぎ
・高校から帰宅
8時半頃
・身支度を終え、出勤のため家を出る
【休日だった場合】
・帰ってきたこの時間で私の朝食
・不登校の次女は大抵朝早くは起きなくて、朝の忙しい時間帯が終わったあとに起きてくる
夜
仕事終わりに買物とかだと17時過ぎに帰宅
ちょっと休憩おやつタイム……の時間で子供たちからの「ねぇねぇ聞いて」攻撃をうける。
18時〜
晩ごはん作り開始、晩ごはん。
食べ終わったらすぐに片付け、お弁当洗い
(最近は夫も食器を洗ってくれるようになったけど、当番制ではなくあくまでも夫の気まぐれ)
21時
早いとこの辺でお風呂に入れる。洗濯機1回目。
お風呂から上がったら洗濯物は乾燥機へ。
(乾燥機、大助かり)
(因みに乾燥機はガスが一番ですよ)
23時〜0時
食器洗い二弾目も終え、就寝。
・乾燥機から出すのは背丈的にも夫がやってくれる。
・洗濯機2回目と、乾燥機にあげるのも夫
・お風呂掃除も夫
と、夫の家事仕事も分担はある。……まぁ、分担というより、メンテナンスや掃除に関してうるさいこだわりがあるから任せてるんだけどね。
書き出してみて、今の状況で元の生活リズムに戻れるとは思えないな……
随分と食べられてきてはいるものの、まだ本調子じゃなくて体力がごっそり落ちた。
そして、テキパキとした動きをはばむものもある。
首、肩、腕の痛み
寝違え?以前尻もちついた時の神経痛の再発?
やっと食べられるようになった頃から、右腕や右肩が痛く、力と気力を削いでいる。
これ、医者に言っても取り合ってくれるのだろうか……「ウィルスとは関係なさそうですね」で何も処方されなかったらどうしよう……
と、一抹の不安を覚えながら次の診察まで頑張っている。
そう、ちょっと無理して家事再開しようとして、痛すぎて挫折している。
だから、無理は良くない……良くないけど、出来ない自分にそろそろ腹立たしくも感じてきている。気力は回復している証拠だとは思う。
仕事は……
日常生活がこんなにもおぼつかないもんだから、仕事の再開もだいぶ見送っている。
休みすぎて、再開するときは産業医との面談が必要らしい。
……うん、まぁ、ちゃんとした企業なんだけどそれはそれで面倒くさいな。
「愛」だからできている
私を削ってでも、頑張って回していた生活。
今回その外に立って、自分がどれだけ凄いことをしていたかがわかった。
そして、自分の身体が大事な今、元に戻れる気がしない。
ゆるゆると、主婦業を再開しながら。
ゆるゆると、まずは夫へとスライドできるものを探していきたい。
子供たちは、まぁ……今、受験期だから、落ち着いたら。
今回、入院をなるべく回避したかったのは、共通テスト二次が待っている長女のメンタルをなるべく揺らしたくなかったからだ。
何もイベントがなく、こうなった場合は入院をおすすめする。
と、こうも家族への愛情を優先してしまう私の癖を考えると、この先ちゃんと役割分担を割り振っていけるのだろうかと懸念もあるけれど……
家族で、未来でも笑い合うために。
自分を大切にする事への挑戦はちゃんとするべきだと人生を見直す機会になった出来事なんだと思う。
まだ、回復の真っ最中。
新しい私への挑戦は、これから。
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