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もうみんな好きにしたらいいんだよ

世の中には正しいこと、悪いことだけで区別できないことがたくさんある。

「誰かにとっては」いいことだったり。
「誰かにとっては」悪いことだったり。
「どっちも」悪くないことだってあるし。

そのすべてを主観でジャッジするのは無理だ。

ということに気づいた。

たとえば、横道から国道に出たいとき、どの車も譲ってくれなくてずーっと待つことになったとして。
当然譲ってもらえないわたしは「悲しい」
そして「苛立つ」
もしかしたら「怒っている」かも。

でもそれって、わたしの「感情」だ。

譲ってくれない車を「非常識」と罵ることはできるけれど、譲ってくれない車にだってきっと「感情」がある。

「早く帰りたい」かもしれないし。
「病気の子どもに会いに行きたい」のかも。

もしかしたら「私(俺)ひとりが譲らなくても、後ろの車が譲るだろう」と思っているかもしれない。

法律のように、明確に裁く基準があればいいけれど、法律に則ってもあちこちで闘争が起きるのは、お互いの主観や感情や事情をぶつけ合うからだ。

みんな仲良くLOVE&Peaceで争いを無くそうと言いたいわけではない。
そんなの無理だし、綺麗ごとすぎる。


相手が自分のことを理解してくれる、共感してくれる、自分が正しいことを認めてくれる前提でモノを考えるから、いろいろむつかしくなるのだ。

さっきの例のように横道から国道に出たいとき、「わたしは横道の車に必ず譲る親切なひとなのに、他のひとたちは違うんだ」と思うから悲しいし、腹が立つ。

そのうち気が向いたひとがいれてくれたら嬉しいなー。
くらいに思っていると、譲ってもらえたときにめちゃくちゃ嬉しくて感動できるようになる。

なにが言いたいかというと、過度な期待をするから感情が揺り動かされてつらいということ。 

裏切られた、なんて思う前に「お前らに期待なんかしてないからな!」そのくらいのテンションでいると一事が万事、凪のような心でいられるかもしれない。


修行してきます……。


小さなモヤモヤをずーっと引きずるわたしも、悪くないよね。


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