実父との思い出の海へ、義父と行く
うちの父は20年以上前に亡くなった。
わたしは、高校生だった。
思春期で、グレて、どうしようもなくて、最期までちゃんと向き合えないまま父を看取った。
父がいなくなってバランスが崩れた家族は、バラバラになったまま。
母とも、弟とも、上手くいかなくて、家庭のなかで孤独だったころ、「幸せが音を立てて崩れていく」瞬間があることを知った。
人生って残酷だ。
20年以上前に更新を止めた父との思い出は、大半が海だ。
そのどれもが、今となってはいい思い出のようで。
父はなかなかに珍妙なひとだった。
悪意はないがマイペースで、周りとはリズムやテンポが違っていたと思う。
振り回されることもあったけれど、本人不在では「そんなこともあったよね」で終わらせるほかない。
生きていたなら、恨み言のひとつもぶつけたくなったかもしれないなぁと思うけれど、いないもんはしゃーないのだ。
そして、わたしは海に行けなくなった。
父との思い出が濃すぎたのだ。
父に会えないのに、山道を越えて海に行く理由もない。
つまりまあ、寂しかったってことになるのだろう。
認めないけどな!
父が亡くなってから、ほんとにいろんなことがあって、わたしは夫とふたりの子どもに恵まれた。
実家の母や弟とは未だに打ち解けない気持ちがあるけれど、その分甘えられるのが義理の実家だ。
不思議な感覚の義父母で、夫婦喧嘩も絶えないけれど、わたしにとっては「いいおとうさんとおかあさん」
特に義父とは波長が合うようで、義母がいないときによく話しをする(義母がいるとずっとしゃべっているのだ)
「子どもたちを連れて釣りに行こう」
義父にとって馴染みの深い海は、奇しくも父との思い出に溢れている海だった。

あれだけ抵抗したのに、義父の誘いで海に行くことを決められたのは、なんでだろう?
なんか、そろそろいいかなとも思ったし。
今のわたしなら大丈夫だとも思えたし。
父の思い出を夫や子どもたちにも分けたくなったのかもしれない。
もっと運命的に表現するなら、「父に呼ばれた」とも言える。
なんでもいいや。
疲れたけれど。
予想外の観光地に寄って、お金も使ったけれど。
楽しかった!
海風にあたって、海と空が混ざり合う水平線を見た。
子どもたちも機嫌よくて、義父も気長に相手をしてくれた。
夫はわたしが漏らす父との思い出を何気ない調子で聞いてくれて、久しぶりにわたしは父との思い出を喉が枯れるまで喋り尽くせた気がする。
まだ、父との思い出、わたしの中にたくさんある。
義父と夫と子どもたちと、出かけられて良かった。
子どもみたいにはしゃいで、帰りの車のなかで少しだけ眠った。
子どもの頃、海へ行った帰りに「よく遊んだね」と父が笑っていた気がする。
気づけばわたしも同じことを子どもたちに言っていた。
なんとなぁく、ちゃぁんと、歳をとったなぁ。
仕事で同行できなかった義母に、帰路の途中で夕食を強請るまでがいつものわたし。
「おかーさーん!おなかすいたー!」
今日もいい日だったな。
眠くてまとまんないけど、これでよし!
ケアマネ試験受けるみんなたちがんばれー!
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは賢くなるために使わせていただきます!