「理系なのに九九を言えないと気づいた日」
たまたま入った飲食店のテレビに、8×4の答えが言えない“おバカタレント”が映っていた。
本当にわからなかったのかどうかは分からない。
その場での僕と友人(文系高学歴)の会話。
友「こういうの見ると、学校教育の敗北を感じるな」
僕「掛け算九九って、まだスラスラ言える?」
友「当たり前だろ。口が勝手に動くよ」
僕「……俺、多分無理」
友「え、理系のくせに? 嘘だろ?!」
僕は、自他ともに認める理系側の人間だ。
そして、性格が悪い。
その性格の悪い僕は、こう考えた(もちろん口には出さない)。
「掛け算九九を全部まだ言えるなんて、逆に大丈夫か?」
① 掛け算九九なんて、半分覚えておけば困らない
小2の頃、算数が好きだった僕は、クラスで一番に九九の暗唱テストに合格した。
けれど小4の頃には、もうスラスラは言えなくなっていたと思う。
理由は単純で、8×4は語呂が悪いから4×8で計算していたからだ。
九九は対称だから、半分覚えていれば日常で困ることはない。
なのに20年以上経っても身体が九九を保持しているとは……と、素直に驚いた。
② 僕は「覚えるのが嫌い」なだけだ。苦手ではなかった
暗記が苦手だったわけではない。
その証拠に、二桁の素数の掛け算は今でもかなり覚えている。
例えば、
13×21=273
などだ。
中三の頃、数字を見るとすぐに素因数分解したくなる癖があった。
買い物の釣り銭や、デジタル時計の数字など、目に入った数字を片っ端から分解した。
そこで、因数に二桁の素数が含まれていると厄介なので、
それらの掛け算を自然と覚えてしまったのだ。
③ “納得したものしか覚えない”という面倒な性格
僕は、必要性に納得できない限り覚えない。
忘れても導ける公式は、その都度導き直していた。
三角関数の加法定理などが典型で、
「覚えたほうが速い」と最後に折れたが、今となっては公式も導き方も忘れている。
覚えやすさ・難しさではなく、
自分の中で必要だと思えるかどうかが基準だった。
強制的に覚えさせられている感じが嫌で、
小さな抵抗を続けていたのだと思う。
④ さっきの友人との会話に戻る
そんなひねくれた僕の目から見ると、
友人はとても素直だと感じた。
九九を完全に保持している人を見ると、
「これは学校教育の勝利だ……!」と思ったのだ。
結局、計算ができれば日常生活に支障はない。
なのに、自分の中の奇妙な思考癖を思い出して、少しゾッとした。
小学生の頃からこんなことを考えて生きてきたのだから。
最後に
色々と書き起こしてみたが、
掛け算九九は素直に全部覚えたほうが圧倒的に楽だと思う。
なぜなら、僕のような捻くれた覚え方をしている人に出会ったことが一度もないからだ。
とはいえ——
多分、僕が九九を覚え直すことはこれからもない。
九九は暗記した方が絶対にいい!!僕は覚えないけど。
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