「猿蟹合戦」の真実:視点を変えると世界が変わる
誰もが一度は聞いたことのある昔話「猿蟹合戦」。ずる賢い猿を蟹が仲間と協力して懲らしめる、勧善懲悪の物語として親しまれていますよね。しかし、芥川龍之介の手にかかると、このお伽噺は全く違った様相を呈してくるのです。
お伽噺の裏側:芥川龍之介「猿蟹合戦」のあらすじ
物語は、蟹が猿に騙されて柿の種と握り飯を交換するところから始まります。しかし、猿は熟した柿を与えず、青い柿を投げつけて蟹を傷つけます。怒った蟹は、臼、蜂、卵と協力して猿に復讐を誓い、見事猿を打ち倒すことに成功します。
…と、ここまでは皆さんご存知の通り。しかし、芥川版「猿蟹合戦」は、ここからが本番です。
仇討ちを果たした蟹を待っていたのは、世間の称賛ではなく、警察の逮捕でした。裁判の結果、蟹は主犯として死刑判決を受け、仲間たちも無期懲役となってしまうのです。
さらに、世間は蟹の行動を「私怨による復讐」と冷たく非難し、蟹の家族までもが不幸な道を辿ります。長男は心を入れ替えて株屋の番頭になりますが、妻は売春婦に身を落とし、次男は小説家になるも、世の中を斜に構えて見るばかり。(小説家が大した仕事でないようにかく芥川節が入ってますね。)
芥川龍之介は、お伽噺では語られない、その後の悲惨な顛末を描くことで、勧善懲悪では済まされない、人間の業の深さを浮き彫りにしているのです。
なぜ蟹は殺されなければならなかったのか?
童話であれば、「めでたし、めでたし」で終わるはずの物語。しかし、芥川版では、なぜ蟹は死刑にならなければならなかったのでしょうか?
その理由は、物語の視点にあります。童話では、蟹の視点から物語が描かれるため、猿は一方的な悪者として描かれます。しかし、裁判や世間の反応を描くことで、物語は多角的な視点を持つことになります。
すると、見えてくるのは、蟹の復讐が社会秩序を乱す行為であり、世間はそれを許さないという現実です。蟹は、私怨によって法を犯し、社会のルールを無視したため、制裁を受けざるを得なかったのです。
視点を変えれば、世界が変わる
芥川龍之介は、「猿蟹合戦」を通して、物事を一面的な視点から捉えることの危険性を示唆しています。蟹の視点だけでは、猿はただの悪者に過ぎませんが、社会全体の視点から見れば、蟹もまた秩序を乱す存在になり得るのです。
私たちもまた、日々の生活の中で、自分の視点だけで物事を判断しがちです。しかし、時には一歩引いて、全体を俯瞰することで、見えなかったものが見えてくることがあります。
固定観念を捨て、多角的な視点を持つことこそが、より深い理解や洞察につながるのではないでしょうか。
まとめ:たまには俯瞰してみよう
芥川龍之介の「猿蟹合戦」は、単なる昔話の再話ではありません。視点の転換によって物語の持つ意味を大きく変えることで、私たちに固定観念を疑い、多角的な視点を持つことの重要性を教えてくれる、奥深い作品なのです。
ぜひ一度、芥川版「猿蟹合戦」を読んで、当たり前だと思っていた世界を疑い、俯瞰で物事を捉えることの大切さを感じてみてください。きっと、新たな発見があるはずです。特に栗や臼といった道具たちの暴力性は、物語全体を覆うブラックユーモアと人間の業を描く上で重要な要素となっています。描写がなかなか面白いので是非一読ください。短いのですぐ読めます。
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