鉄道弘済会札幌七条寮

札幌へ移住した四人家族は「鉄道弘済会七条寮」の六畳一間に落ち着いた。母も働く事になったので、小学校入学前の弟は札幌市内の親戚(父の一つ上兄)宅に預けたが、なつかず、あふれる涙で中耳炎になったと両親から聞いた。
幸い、寮一階の六畳と四畳半続きの部屋が空いたので家族四人の生活が再スタートとの居室になった。弟は北九条小学校に入学してからは野球チームの捕手になった。私は家事継続。
 父は国鉄時代小樽協会(任意チーム)野球選手として活躍、冬はスキー(クロカンスキー)で活躍。冬季オリンピック(ガルミッシュ大会)の選手候補になるも選考会で金具が壊れてしまい選ばれなかったと言う。この話しは晩酌折、何度も聞かされたのだった。
 札幌の地をわが家の本籍地と定めた。