見出し画像

心の帯を締め直す(フロリダDay324)

息子たちは、2歳の頃からテコンドーを習っている。2歳なんて、今思い返すと、まだとても赤ちゃんだ。

それでも、日本の道場の師範は、「お母さんがいると甘えちゃうから、見えないところに行っててください」と言い、ギャン泣きの我が子を抱えて、辛抱強く教えてくれた。

その背中には、厳しさよりも愛があった。 あの優しいまなざしに鍛えられ、息子たちはそれぞれ2歳になった日から今日まで、ずっとテコンドーを続けている。

アメリカに移住しても続けられるか心配だったけれど、こちらではテコンドーは日本よりずっとメジャーな習い事らしく、近所に素敵なファミリー経営の道場を見つけることができた。 ほぼブランクなく続けられているのは、奇跡みたいなご縁の連続だと思う。

今日は、その道場の昇級審査の日だった。
大勢の人が見守る中、視線を一身に浴びながら、型や板割りを披露する。

人前に出ることがあまり得意ではない私は、自分が息子たちの立場になったらと思うだけで緊張してしまう。 でも、息子たちは緊張よりも楽しみが勝っているようで、審査当日を楽しみにしていた。なんとも頼もしい。

試練の一日を終え、無事にすべての課題をクリアし、ふたりとも新しい帯を手にすることができた。

師範に新しい帯を巻いてもらうときの、あのキラキラした表情。 新しい課題を乗り越えて自信をつけていく姿は、言葉にしなくても伝わってくる。 その成長を誇らしく思うし、テコンドーが彼らにとって良い刺激になっていることが嬉しい。

そして、数十人の練習生が審査を受けているということは、その数だけ家族がいて、その家族の数だけ今日一日で幸せや充実感を与えているということだ。 このファミリー経営の道場の存在そのものに、心から尊敬の念が湧いてくる。

日本で会社員をしていた頃、私は「年収は高い方がいい」という硬直した価値観の中で、心豊かにわき目をふる余裕もなく、忙しさに心を亡くしていた(忙しい、という字は“心を亡くす”と書く)。

今日の道場での光景を見ながら、あの頃の自分を少しだけ省みた。

人の成長に寄り添うこと。
誰かの自信を育てること。
誰かの人生の一部を明るく照らすこと。

そういう価値は、年収や肩書きでは測れない。
むしろ、数字では絶対に表せない種類の豊かさだ。

アメリカに来て、子どもたちの世界に寄り添う生活をするようになって、私はようやく気づき始めている。 「豊かさ」は、金銭的な豊かさとはまた別次元で、むしろ忙しさの中で見失っていた中にこそあるのだと。

息子たちがテコンドーを続けていること。 道場が温かいコミュニティであること。 家族経営の道場が、今日だけで何十もの家庭に幸せを届けていること。

その全部が、私の価値観を少しずつ、静かに、やさしくアップデートしていく。

子どもたちが帯を締め直すたびに、 私自身も、心のどこかの帯を締め直しているような気がする。


板を割った分だけ、積み上がる自信

いいなと思ったら応援しよう!