呪いとイメチェン
美容室の大きな鏡には、手入れがされてないボサボサの長い黒髪で黒縁メガネ、頬は強張り、口元には力が入り、怒っているように見える姿が映る。これが私だ。
私の後ろからひょっこりと顔を出す金髪の若い女性、今流行りの洒落た服で、美容師の美紀さんはにこりと笑う。
「陽毬《ひまり》ちゃん、今日は髪型どうする?」
「あ……四月から高校生だから、イメチェンしてみようかな? と思ってまして。別にかわいくなりたいとかじゃなくて。です……」
「おおっ。陽毬ちゃんいいと思うよ? 変わりたいと思った時が、その時だと思うし?」
私は、気恥ずかしそうに笑った。
「髪型特に決めてないなら、陽毬ちゃんに似合う髪型、私にまかせてくれる?」
「あ……。お願いします」
美紀さんは笑顔で力強く頷いた。
「腕がなるわあー。じゃあ眼鏡とってね」
眼鏡を外せば裸眼視力が0.2の私は、ほぼ見えない。それでも、私はかれこれ四年程、美紀さんから、髪を切ってもらっており、人を信じない私も安心して美紀さんにまかせる。
「ところで、陽毬ちゃん。なんでイメチェンとかに目覚めた訳?」
「やっぱり変に思いましたか?」
「そりゃーだてに陽毬ちゃんと長く付き合ってないですからね〜?」
美紀さんは、美容師なだけあり接客上手だ。しかも、何より美紀さんもオタクだった過去があるらしく、本当に私の気持ちをわかってくれている。
「実は……漫画描いてて、最近行き詰まりを感じまして。よく考えたら、漫画の会話を私が体感したことなくて……。実際、友達いなくてもいいと思ってたんです。現にいませんけど。今の時代、SNSとか知らない人とかも話せますが……でも、最近気づいたんです。友達いないって事は、友達から恋愛に発展するとかそういうの、ないって事なんですよ? それは明らかに損してるなと思いまして」
「ふふふ。たしかに損かもね。陽毬ちゃんの描く漫画は友達から発展するの多いよね?」
「そうなんです! 私が恋したいというより、漫画の登場人物の気分を味わってみたいという感じです」
「ぷはっ!研究熱心な漫画家さんね〜」
美紀さんは陽気な声で笑い、慣れた手つきでザクザク私の髪をカットしていく。
「美紀さんも高校デビューしたんですか?」
「いやいや。私は美容師になるのに東京の学校に出てくる時、地元が凄い田舎なわけよ。美容師とかおしゃれな人が多いじゃない? 田舎者がこのままいけば舐められるっ! て勝手に思っちゃって……。戦闘体制ってやつ。ピンクに髪色してさ。もちろん浮いたけど。はははは」
「ピ……ピンク? すごい。でも美紀さんは、話し上手だから私みたいじゃないでしょ……」
「いやいや。本当に私も昔は、どもったりして、話すの苦手だったよ?」
「想像つかないです」
「何だろうね? 私も髪型変えて眼鏡もコンタクトに変えてね、別人みたいにイメチェンしたらね。中身は同じなんだけど、自分のコンプレックスの部分とか気にならなくなってね、少しだけ堂々とできたの!」
「わぁ。やはりイメチェン効果あるんですね!」
「うんあるね。でも、髪型変えても中身変わってないわけだから、勇気とか力をくれる感じくらいよ? でもそういう、一歩って私みたいな陰キャラには必要だったんだよねー」
「あーなんかわかります。そうなんです。一歩ってなかなか出せないですよ。私も髪型変えるだけで友達できるとか思ってないけど、少し勇気でますよね?」
「でるね。今から沢山友達作ればいいと思うよ。陽毬ちゃんの漫画面白いしすぐにできるって」
「友達には見せられないです。美紀さんだけです。リアルに見せてるのは」
「そうなの? 上手なのにもったいない。人気者になれるけどな〜」
私は、創作漫画を他人に褒められて、恥ずかしいより、嬉しくて身体がうずうずした。
「よーし出来た! 陽毬ちゃんどう?」
美紀さんに眼鏡を返された。大きな鏡に映るのは、少し茶色がかったボブヘアー。眼鏡をかけた女は目を丸くし驚いた顔をしている。
「お……全く別人のようです。始めまして」
「ぶぶっ。陽毬ちゃん冷静ーー!」
「冷静じゃないですよ。人ってこんなに変わるんだって驚いてますよー!」
美紀さんは腹を押さえて笑っている。私も美紀さんと目を合わせ無意識に笑顔になった。
鏡に映る私は、呪いが解けかのように、先程とは違う、柔らかい雰囲気になっている。
「陽毬ちゃん友達はいないより絶対いた方がいいよ! あと私は陽毬ちゃんの友達みたいなもんだと思ってるから一人じゃないぞ?」
美紀さんの言葉に胸が詰まる。自分をそのまま受け入れてくれる人がいる。今まだ見ぬ友達に早く会いたくなった。
了
